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ミュルミドン

 異臭に目を覚ますと、寝所が燃えていた。

「おいっ、おいっ! ぅあっつ! 何が起こったんだ……?」

 劉音はすぐさま辺りを見回すと、軒並み家は燃えていた。

 周りに人の気配がない。死体も転がっていないのでおそらく自分を置いて避難したのだろう。もののついでに起こしてくれてもいいだろうと思いながら、劉音は出口には向かわずに酒場の中を探った。

「これくらい火事場泥棒をしても文句は言われないだろう」

質に取られていた羽織と剣を見つけ手にとると、カウンターに人影を見つけた。

「奴婢の子供か?」

「……」

「……みすみす見捨てるわけにもいかんな。足手纏いにならない範囲で助けてやる。こっちに来い」

少女の手を取って家屋から脱出すると、改めて劉音は辺りを見回した。 

 人々は逃げ惑っている。野盗が人を斬っている。

 こういう光景は劉音は山ほど書物で見聞しているし、少し前に目にしたこともあった。

 野盗と眼が合う。劉音は剣に手をかける。

 野盗は少女の存在に気づくと、劉音達と対峙し、一人が隊列から離れて行った」

「その子。寄越せ」

 高い声。髪は明るい。拙い言葉。劉音は違和感を覚えた。

「女か……?中国人か?」

「!」

 漢語で話しかけると、明らかに動揺が見られた。

「どういう事情でこんなところで賊をやってるかは知らないが、戦う分にはこちらも女といえども斬って捨てるぞ」

「その子を寄越せ。そうすればお前は追いかけない」

(信じられるものか)

 漢語で返答が返された。英語ほどではないが漢語も上手くない。女は腰のものを抜いた。

 見覚えのある武器だった。美術品として劉音はその片刃の美しい剣をコレクションしていたこともあった。

 交易品としてその剣の原産地は劉音には予測がついた。

「日本刀……日本人か」

「そうだよ!」

 女兵士は啖呵は切ったものの斬りかかってはこなかった。おそらく仲間が来るまでの時間を稼いでいるのだろう。

 向こうの狙いがこの奴隷少女であることは聞き出した。差し出して逃げるというのもありだが、この場で優先して斬り殺されないというだけでこの先の逃げ道を保証してくれるわけでもないだろう。

 劉音は少女を燃え盛る家屋の方向に向かって蹴飛ばした。

「!?」

 傭兵の女は動揺して家屋の方にかけ出そうとした。一瞬隙が生まれる。劉音は自分から間合いに入ってきた間抜けな兵隊を力一杯殴り飛ばした。

「何があったか知らないが……おい、奴婢。火傷はないか?」

 劉音は少女を起こした。

「あまり歩けそうになさそうだな……よし、おじさんにおぶさりなさい。悪い人達が襲ってくるから、安全な所まで一緒に逃げるぞ」

 少女を背負って劉音は走り出した。




「フォンターナ! しっかりしろ!」

 東洋人の謎の男に力いっぱい殴り飛ばされた女兵士は仲間の兵士の声によって呼び起こされた。

「ディム副隊長……ごめんなさい、マシン、ロスト……」

「大丈夫だ! 隊長の部隊がどうにかしてくれる! もとよりこの村は袋のネズミだったんだ。それより煙は吸い込んでないか? 火傷はどうだ?」

 ディマルトープ・ブレイカーは随分と優しく兵隊の容態を心配した。

「北の山に可能な限り商品を調達しながら登ろう。マシンはきっともう隊長が確保しているさ。合流しよう」

「……了解。それと、報告」

 フォンターナは自分を殴った謎の東洋人のことを報告する必要があった。

「マシン、東洋人と一緒。弱くない、もしかしたら、障害」


 いくら辺鄙な村といえど領主の家なりキリスト教会なり政庁はあるはずだ。仮に領民を守護する意思や能力が欠落しているとしても。

 そう踏んだ劉音は少女を連れたまま、自信のある己の記憶力と空間認識能力を頼りに領主の館を目指していた。

 いくつかの家屋に火がついているとはいえ、暗い夜に少数の野盗の目を盗んで移動することは劉音にとっては不可能ではなかった。

 領主の館とおぼしき家を見つけた。幸いにと言うべきか、その家は炎上していなかった。

 扉を開けて中に入ると、数人の村人が拘束されていた。

 村人の後ろには武器を持った見知らぬ男が数人いた。

「そこまでだ。剣を捨てな」

 背後から声をかけられた。

 劉音が振り返ると、全身派手な出立ちで、目元にマスクを付けた麦色の髪の長身の男と、十人以上の兵隊達に取り囲まれていた。

「……降参だ、降参」

 劉音は剣を捨てて両手を上げた。

「聞き分けがいいじゃないか。そういう奴は好きだよ。アリ共、こいつを縛り上げな。ご丁重にだ」

 劉音は何も抵抗せずに両手を拘束された。

 劉音文律とて政庁に引きこもって書類仕事だけをして生きてきたわけではない。腕に覚えはある。だが室内で十人以上のごろつきを相手に荒事を繰り広げて無傷でいられるとは思わなかったし、少なくともこの場に何人か生かされている村人がいる。一旦抵抗しない方が身のためだと判断した。

「団長、この娘じゃないですか?」

 兵士の一人が劉音と一緒に逃げていた少女を乱暴に掴み、マスクの男の前に引きずり出した。

「金髪で顔面蒼白のちび……特長は一致するな。君は‘マシン’かい?」

「………………」

 マスクの男は少女を引っ叩いた。

「………………」

「怯えもしなけりゃ悲鳴も上げない。どうやらこいつで間違いないようだな。お前達、連れて行け。乱暴はするなよ、乱暴に扱ってもいいけど」

 野党の兵士達に引っ張られて、無言の少女は劉音と村人達とは別の場所へと連れて行かれた。


「団長、この東洋人は殺しておいた方がいいです!」

「まあまあそういうなよディム。高い値がつきそうじゃないか」

「危険です! もののついでに運ぶにはリスクが高すぎます!」

 縛り上げた劉音の目の前で自分の生殺与奪に関わる議論が行われていた。

「お前達、奴隷商人か?」

「!」

「……ほお、こっちの言葉が上手いじゃないか」

「おおかた俺達は奴婢として売られるとみた。これだけの人数をわざわざ殺さずにふんじばっているのだからな」

「鋭いね! それだけ強くて賢いのならお前はどこに売られてもそれなりにやっていけそうだよ。俺も沢山人間を打ってきているからわかるんだ。何、心配することはないよ。王侯から奴隷までどこでも社会には贔屓もいじめもあるんだから。ちょっと肉体労働と飯の不味さに目をつむれば、今日までとなんら変わらない生活ができるさ」

「あいにくと耕さずに飯を食うことが矜持でな。ただ、あの娘は俺達とは商品価値が違うようだな」

「……」

「あの娘は買い手が決まっているのか? 俺達はもののついでに二束三文で売り払われるようだな」

「あまり首を突っ込まない方が身のためだぞ」

 野盗の団長のマスクの下の眼の色が変わったのを劉音は見逃さなかった。

「失敬。ただな、こんな寒村をわざわざ襲うのは最初からあの娘が目的だったのだろう。誰の依頼か、あるいは誰でも高く買ってくれるのかは知らないが、奇貨宝玉の流通は楽ではない。お前達、あれを差し出して買い手さんがはいありがとう、と大金を積んで取引は終わり、とは考えない方がいい」

「……その通りだな。だが俺も馬鹿でもなければ丸腰でもない。俺の兵団はちょっとやそっとの軍勢に遅れをとるようななまなかな部隊じゃ……」


ズドン ズドン


 轟音が響く。

 耳だけでなく全身で感じる震動に劉音は慄いた。

 直後、建物の一部が木っ端微塵に吹き飛んだ。

「なんだこれは……?」

 村人も野党も突然の轟音と破壊に混乱し、悲鳴を上げていた。

 傭兵団長の元に伝令の兵隊が急報を告げた。

「隊長! 敵襲です!」

「そんなことはわかっている! 兵力は? 装備は? 大砲はどこから撃たれている!?」

「ま、まだ混乱していて何も……!とにかく来てください!し、指揮を!」

「くそっ、ディム!一旦全員を集結させるぞ!」

「待て!」

 劉音が声を上げた。

「お前達を取り扱う暇はなくなっちまったよ。俺は手を下さないから不良在庫はここで埃をかぶってろ」

「今生き延びるためにはちょっとばかり値が張っても必需品を買うべきじゃないか?」

「必需品?」

「頭脳だ」

「……はっ! お前のおつむりがそんな価値かよ?」

「これでも安売りしているんだ。こちらの命もかかっているのだからな」

「………………」

 数瞬傭兵隊長は沈黙した。

「こいつの縄を切ってやれ」

「隊長、でも……」

「いいからやれ! 時間がない!」

 高速を解かれ自由になった劉音の襟首を掴み、力づくでマスクの眼前に引き寄せらせ殺気だった目で睨みつけた。

「ギュンター・カスクリルドー・ファン・ブレイカー。「ミュルミドン」の頭領だ。死兵が必要になった時は一番最初に使い捨てるからな」

「劉音、字は文律だ。しばらくよろしく、隊長」


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