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医務室にて

 しばらく時間が経ち、それまで嘆いていたウィンクルムがやがて静かになった。

 そしてむくりと体を起こした。

「────すまない」

 大きく息を吐いてから、ウィンクルムが目の端についていた涙の雫を指で払った。

 落ち着きを取り戻した彼女は、リルフィリアに向き直る。

「あの少年──ハート君はどこにいるのだろうな」

「はい……」リルフィリアが心配そうな表情で頷く。

「ここは学校と言ったな。誰かいるのだろうか?」

「そうですね……」リルフィリアが答えに迷う。

 窓から覗き見えるに、外はもうすっかり夜になっていた。しかし、夜の時間に、学校の先生はいるのだろうか?

 それにそもそも、自分たちはなぜ学校に運ばれたのだろう?

──自分がここの生徒だからだろうか?確かにビブリアには町医者ぐらいしかおらず、それよりむしろ、日中は学校医がいて大きな医務室のあるここのほうが設備が整っているとも言える。

 それでも、とリルフィリアは完全には腑に落ちない部分があった。

「誰も来ないし……君はこの建物のことはわかるか?」

「あ、はい」

「外に探しにいってみるのはどうだ?」そう提案するウィンクルム。

「そうですね」リルフィリアは頷いた。

「ああでも…」とウィンクルムが自分の病衣を見る。

「このままの姿ではなんだな──せっかくきれいにしてもらって悪いが、もとの服に着替えさせてもらおう」

「あ、じゃあ私も……」

 そうして二人はベッドのそばに畳んで置かれていたもとの服装に着替え直した。

 騎士装束に着替えながら、それにしても、とウィンクルムは自分の体のいろいろな箇所の動作を確かめていた。

 深刻なダメージを負ったはずの体が問題なく──なんなら調子がよいほどに──動くことにウィンクルムが驚く。

 この少女──リルフィリアの回復術のおかげなのだろうか。

 回復術自体は今までウィンクルムも、王都での訓練や魔物討伐の遠征で負傷した際に経験したことがある。

 しかしここまで、傷どころか体調までが全回復する回復術は経験したことがなかった。

「ウィンクルムさん?」

 気がつくと、不思議そうな顔でリルフィリアがこちらを見ていた。

「────ん、ああ、すまない」ウィンクルムは何事もないように次は自分のアーマープレートを身につける。

 そうして支度が済み、二人が医務室の外に出ようとした時だった。

 ガチャと医務室のドアが開く。

 やっと誰かが来たと、二人が医務室のドアに顔を向けた。

「あっ、先生」

 部屋に入ってきた人物を見て、リルフィリアが声を出す。

 入ってきたのはこの魔法学校の主任教師の一人で、炎属性の魔法を専門とする女性教師であった。

 その手には、上部に拳ぐらいの大きさの赤色の『魔石』が据えられた黒色のステッキ──魔法の杖が握られていた。

「目が覚めたか」

 女性教師が静かな口調で言った。

「あ、はい……」

「そうか」女性教師はそれだけ返して口を閉じる。

(……?)

 リルフィリアが知る普段の彼女はクールで物静かという印象だが、今日は一段と感情がその顔に見えない。

「あの、私たちと一緒にいた男の子のこと知りませんか?ハートっていう……」

 リルフィリアが彼女に問う。

「──大丈夫だ」

「え?」

 女性教師はそれだけしか言わなかった。要領を得ず、リルフィリアが首を傾げる。

「──すぐに会わせてやる」

 続けて女性教師は棒読みでそう言った。その瞳は虚ろで精気がない。

 何かおかしい──

 二人が異様な雰囲気を察知したとき、どたどたと騒がしい足音を立てながら、多数の何者かが医務室に乗り込んできた。

 その姿は普段『ビブリア』を守っている兵士のものだった。

「誰だっ!!」

 ウィンクルムがその兵士たちに向かって怒鳴る。

 しかし、彼らはそれに構わず、リルフィリアとウィンクルムめがけて殺到してきた。

「下がれ!」

 ウィンクルムが左腕をリルフィリアに伸ばし、彼女を自分の後ろへと退ける。

 兵士たちは素手でウィンクルムに突進してきた。

──なんだこいつら!?

 理由はわからないが間違いなく自分たちに狼藉を働こうとしていると察したウィンクルムは瞬時に臨戦体勢に入る。

「はっ!」

 兵士たちの先頭で、真っ先にウィンクルムに手を伸ばしてきた者の腕を掴み、ウィンクルムがその兵士を背負って投げ飛ばす。

 宙をくるりと飛んだ兵士が、大きな音を立て、無人のベッドに墜落するときにはウィンクルムはすでに次の標的を見据えている。

 次に掴みかかってきた敵の腕を滑らかな手捌きでいなすと、ウィンクルムはその兵士の首元に手を当て、また同時に兵士の脚に自分の脚をひっかけた。

「ふっ!」

 ウィンクルムが力を込めると、上下にそれぞれ反対方向の力をかけられた兵士は、くるりと体を回転させ頭を床に打ち付けた。

 瞬く間に二人の敵を沈めたウィンクルムに、新たな兵士が物怖じもせず近接する。

 ドッ!

 兵士をかわしたウィンクルムが、兵士の腹部に己の膝を突き上げる。

 ゴッ!

 そして、膝蹴りに身を丸めた兵士の頭部に、アーマープレートで防護したウィンクルムの肘打ちが炸裂した。

(体が──動く!)

 騎士であるウィンクルムは組討──鎧で身を固めた重装備の敵を相手に、敵を倒して組み伏せる近接戦闘術にも精通していた。

 それでも、訓練してきたこれまで以上に体が動き、相手の動きが手に取るようにわかる。

 兵士たちが遅いのか、それとも自分の調子がよほど良いのか──ウィンクルムは自分でも驚く身のこなしで、ベッドが並び決して広くはない足場のなか、背後のリルフィリアを守りながら、襲いかかる兵士たちを的確に撃退する。

 そうして医務室に入ってきた兵士七、八人倒したウィンクルムであった。

 だが──

「動くな」

 抑揚のない声を聞き、ウィンクルムがその方を見ると、女性教師が杖を掲げた腕をこちらに向けていた。

 杖の周囲に赤色の光の粒子──炎属性の魔法力が漂っている。

 こちらに向けて火炎魔法を放とうとしているのがわかった。

「やめろっ」

 すかさずウィンクルムが、倒れてぐったりしている兵士を自分の前に抱えあげる。

 兵士の体を盾にしながら、人質という意味でも女性教師に示したつもりだったが、女性教師はこちらに向ける杖を納めない。

 味方ごとやるつもりか──部屋のなかで火炎魔法を使おうものなら、ここにいるもの全員が焼き払われる。

 構わず火炎魔法を放とうとする相手の分別のなさにウィンクルムが奥歯を噛み締める。

「待ってください!」

「──!」

 すると、後ろにいたリルフィリアが、危険を顧みず前に進み出た。

「下がっていろ!」ウィンクルムがリルフィリアを制止しようとする。

 しかし彼女は退かなかった。

 進み出たリルフィリアが女性教師と対峙する。

「私たちを、ハートに会わせてください!」

「なっ……」

 リルフィリアが真っ直ぐした眼差しで女性教師に訴えた。

 そんなの、こいつらが聞き入れるわけがない──ストレートすぎるその発言に、ウィンクルムが息を飲む。

 すると、女性教師が向けていた杖をすっと下げた。

「──ついてこい」

 女性教師が踵を返し、歩き始めた。

「……」

 それにまずリルフィリアが続き、驚くウィンクルムが渋い表情で抱えていた兵士を下ろしてリルフィリアを追う。

 廊下に出ると、そこにまだ控えていた他の兵士たちに二人は囲まれた。

(まだこんなに……)

 その数に驚くウィンクルム。

 彼らは手出ししてこなかったが、二人を逃がさぬようにその周りを囲む。

 いざとなればすぐにリルフィリアを庇える距離でウィンクルムは彼女の傍についた。

 そして、その一団は女性教師を先頭に廊下を進み出した。


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