どん底のシルヴィア
「ちょっとあんた」
二年生になってすっかり影が薄くなったシルヴィアが今日もひっそりと帰ろうとすると、彼女を呼び止める人物がいた。
シルヴィアが面倒くさそうに振り向くとそこに立っていたのはエマだった。いつものように周りには数人の取り巻きを連れている。
「よくも皆のことを騙してくれたわね? 結局不正をしていたのはあんただったんでしょ?」
「……」
シルヴィアが無言でいると、エマは苛立った表情をする。
少し前まではレミリアに向いていた敵意が今は完全にシルヴィアに向いている。
「来い」
そして有無を言わさず裏庭に連れていこうとする。彼女の取り巻きがシルヴィアを囲むように移動するため、逃げることも出来ない。
シルヴィアにとってこれまで内心で利用しやすいコマとしか思っていなかったエマにこんな風にされることは屈辱でしかなかったが、今の彼女では歯向かうことは出来ない。
誰か助けてくれる人はいないか、と周囲を見回してもクラスメイトたちは「いい気味ね」などと笑うかそそくさと離れていくのがオチであった。
結局、シルヴィアは屈辱に思いつつも黙って唇を噛むしかなかった。
「この前までクラスの女王様って顔してふんぞりかえっていたのにすっかり落ちぶれたね。恋人面していたオルクにも見捨てられて」
「誰があんな奴」
元々あいつのことが気に入った訳ではない。ただ家柄が一番良かったから受け入れただけで、恋人と思っていた訳ではないのに見捨てられた、と言われると腹が立つ。
「ふん、強がって。分かってる? 今のあんたはクラスの誰も助けてくれない存在なのよ?」
裏庭に到着するとそう言ってエマは嘲笑する。
シルヴィアはひたすら唇をかみしめることしか出来ない。
「見張りお願い」
この前ミラを囲んでいる最中に邪魔されたことを苦々しく思うエマは、手下の一人を見張りに立たせた。
そして改めてシルヴィアの襟元を掴んで問い詰めた。
「分かっているの? あんたのためにレミリアをいじめたけど、結局大間違いで恥をかいて終わっただけじゃない!」
「……別に私はやれとは言ってないわ」
「口答えするな!」
パシンッ、と音がしてエマの平手がシルヴィアの頬を叩く。元々他人への攻撃性が強いエマだったが、それだけにシルヴィアに騙されてレミリアを苛めたうえにアルフに逆襲されたことを苦々しく思っていた。そしてもはやシルヴィアに味方する者は誰もいないと見てとるとすぐに矛先を彼女に向けたのである。
そんなエマの単純さを馬鹿にして利用していたシルヴィアだけに彼女に逆襲されることは屈辱だったが、力を失った上に不正をしたことは事実なので何も反論できない。ただただシルヴィアは屈辱に堪えるしかなかった。
が、叩かれても期待通りの反論を見せないシルヴィアがおもしろくないエマは別の角度からも彼女を侮辱しようとする。
「ふふん、あなたの婚約者も今はレミリアとよりを戻そうと必死よ。どんな気持ち?」
「別に、あんな奴なんて元からどうでも良かった」
「そう!」
エマはその答えが気に入らなかったのか、シルヴィアを地面に突き飛ばす。シルヴィアはなされるがままにその場に尻餅をつく。
そこへエマの取り巻きの一人が水の入ったバケツを持ってくる。
それを見てエマは嫌な笑いを浮かべる。
「エマさん、持ってきたよ」
「ありがとう。ねえ、もしあんたがクラス全員の前で『私が不正をしました』って頭を下げて謝るなら許してあげるけど?」
今のところシルヴィアが何かをしたという証拠は出てきていない。それなのに謝れば不正を自白することになる。
だからエマはシルヴィアが絶対に同意しないと分かっていてそう要求しているのだろう。
「誰がそんなこと」
「そう」
シルヴィアが拒否するとエマはバシャン、と勢いよく頭から水をかけた。
全身がずぶ濡れになった挙句、中には泥が入っていたため顔や髪に泥がこびりついた。風が吹いて来ると濡れた体を撫でて寒気が走る。それを見てエマは満足そうに笑う。
「ふん、いいざまね」
「エマさん、先生がこっちに歩いてきます!」
そこへ見張りの女子が走ってくる。それを聞いてエマはちっ、と舌打ちした。
「運が良かったわね」
そう言ってエマたちは走り去っていく。シルヴィアも近くの茂みに隠れて教師が通り過ぎていくのをやり過ごしながら服の裾をしぼる。
ばれればエマは怒られるのかもしれないが、シルヴィアにとってこのような姿を第三者に見られるのは更なる屈辱だった。




