Journey's end
最後に、もうひと語りだけ──
夜空に溶ける様に彼は飛ぶ
そう、彼はまるで
夜色の天馬ようだった
銀の月を優しく抱き
彼は飛ぶ
その月の為に飛ぶことが
──彼の幸せだから
『夜色天馬ならし』
Journey's end
「って、事がありました・・っと」
しゃべり終えたベルは少しはにかんで頬を赤くしながらも、幸せそうに微笑んだ。
ピコランダからの帰還の馬車の中、たっぷりある時間の最初の話題は私がこの半月経験した事をベルに話すことから始まった。
そして、それが終わって、私はベルに「何があったの?」と聞いた。
ベルの想い。
セルヴァンの決意。
ファルゴアの行く末。
幸せな未来しか見えないその顛末に自然と笑顔になる。
私が、かつて見た未来はここに現実になろうとしている。
その事がとても嬉しかった。
ベルが私に今まで言わないで我慢してたいろんな事を、ずっとセルヴァンが聞いてベルを支えてくれてた。
帰ったら必ずお礼をいわなくちゃね。
「だから、おねぇちゃんは安心して、ラル王子とラブラブしてよね」
照れ隠しのように、矛先をこちらに向けるベル。
「もちろん!! でもファルゴアへ帰ったら、セルヴァンとベルがラブラブするのたっぷり見るからね。
観察してニヤニヤするからね。」
もう!といって膨れるベル目が会って笑い合う。
今思うと、ラルに会うまでの私はきっと、焦ってた。
ベルが、私が遠くに行くように感じてたみたいに、この国を背負う為にどんどん成長していくベルが凄く大きく見えて。
私自身はいったい、なんなんだろうって──どうなっていくんだろうって不安だった。
私が、この国の為に役立てる様に、そして──ベルがセルヴァンを想うみたいに、私も想い会う素敵な人とめぐり合いたいって、そう思ったと思う。
だからお見合いしまくったんだ。
思い返せば、それは何かに追い立てられるように過ごしていた日々だった。
ラルに会って──ラルを好きになってわかった、
今までの『好き』って憧れだったんだなって。
ベルがセルヴァンを想うように、お母様がお父様を想うように。
私もそんな人を見つけたい……そんな、憧れ。
私達外見はちっとも似ていない双子。
私はベルの母と同じ、蜂蜜色に近い茶色の瞳の癒しに憧れた。
太陽のようなその明るい性格を眩しく思った。
ベルも同じように感じていた事を知って、ベルがもっと近くに感じた。
「私達……やっぱり双子だね」
そう言うとベルは微笑んで
「似たもの同士だね」
私達にしかわからない距離感。
そして、お互いの進む道が違うようで、不思議と重なる。
なにより、今、私たちは──とても幸せだった。
馬車はいくつかの国境を越え、見慣れた風景になっていく。
もうすぐ──永かった旅は終わる。
私は、彼との約束を思い返す。
* * *
私達がピコランダを立ったのは、慰労パーティーの翌日という慌ただしさだった。
魔法便でベルにファルゴアから緊急帰還の便りが届いたのだった。
なんでも、近隣の国に盗賊団が出没し、荒らしまわっていたそうだ。その盗賊団の一部がファルゴアへ逃げて来たのだそうだ。
最強伝説を更新中の王がいる国に逃げ込んでくるとは、はたはた運がない盗賊団である。それを捕まえて、しかる後隣国に引き渡す事になったのだという。
ここで、お母様がファルゴアへの悪意を摘むために力を使う事になるので、引き渡しの際に同行するらしい。
それで、留守居の為にベルへの帰還が命ぜられた。
私の状況次第でなるべく早く帰還してほしい。という事だった。
基本、平和なファルゴアにめったにない危機的状況だ。
そう、これぐらいで危機的状況な我が国──その辺りの危機の規模もピコランダとは雲泥の差のような気がする。
そして、まったくもって目が覚めてから元気な私も、ピコランダに残る理由もなく──帰還の途に就いたわけなのだった。
それはもちろんラルと一緒に居られるものなら、一緒にいたい!!!
やっと叶った想いが溢れてたけど……でも。
パーティーが終わり、ピコランダのワルツを存分に楽しみ、お開きになったその時、ベルへの魔法便が届いたのだった。
もうちょっとゆっくりできると思っていたのに、ベルは不満気にしていたが内容的には帰還せざるをえない。
理由だった姉はすっかり元気で、楽しそうに想い人とワルツを踊れるほどに回復している。
王や王妃は、病み上がりという理由で引き留めてはくれたが、建前上、アル王子のお見合いは流れたので、本当は帰国しなければいけない。
帰国の手配をピコランダ側でという話にもなったけど、ただでさえピコランダは、今、大変な時期なのだ。
当のラルだって、本当は寝る間もないほどの書類整理や後始末がまだまだ残っている状態だった。
レヒューラが戻って来てくれたけど
──かといって私と、その……イチャイチャしてる場合ではないだろう。
私、そんな事ばかり考えてしまう。
って!!そうじゃなくて!
私に何か手伝えたらいいけどって話。
残念ながらレヒューラの様な頭脳はないし、私がラルと一緒に居たいという以外の、残る理由を探せなかった。
丁重に感謝を述べつつベルと帰還すると申し出た。
ラルは不満そうな顔をしていたけど、彼も自分の立場はよくわかっている。
ずるずると処理を伸ばすわけにもいかないと、冷静に判断したのだろう。
パーティーがお開きになって、ベルは気を使ってハトナとタシーを連れて一足先に自分にあてがわれた客室へ帰っていく。
王と王妃は専用の邸内馬車にのって自室へ。
アル王子はレヒューラを送っていく。
私は、そんなみんなを見送りながら──月を見上げていた。
かけ始めているけど明るい月。
ラルの色の空。
……明日には……
わかってるよ。
だけど、淋しくて、目が覚めてからずっと幸せだったから。
まさかこんなに早く離れなきゃいけなくなるなんて。
「姫、飛びますよ」
そう、優しくこの夜空に溶けるようにラルが言う。
私は、声がでなかった。声を出すと、
……きっと泣いちゃう。
無言で両手を突き出して、ラルの首が届くところまで降りてくるのを待った。
そんな子供っぽい仕草に、フッと彼は目を細める。
そして、屈んで私に抱きつかせて、横抱きにしてくれる。
空を飛ぶ。
私だけの夜色の天馬。
離れたくないよ。
空にいる間、私はずっと彼の首筋に顔を埋めていた。
あっという間に終わってしまった空中散歩。
私の部屋のベランダに降り立つ。
彼が私を下ろそうとするけど
……私は首を振った。
優しくため息をついて彼は、私をベッドまで連れて行く。
無言の私達。
夜色の衣装を着た二人。
月明かりだけがお互いの輪郭を浮き上がらせる。
あとは、闇に溶けて。
……そのまま一つになってしまいそうだ。
ベッドに私を静かに置くラルの息が──熱い。
私の唇は彼の首筋に脈打つ血の流れが、速くなっているのを感じる。
ゆっくりと離れて見つめ合う。
眼鏡の奥に深く青く揺れる瞳。
吸いこまれる様に唇は重なる。
熱い吐息が絡みあい、今までにないほど激しくラルの舌が私を翻弄する。
私も答えて深くなるそれに、小さく歓喜の声が混じる。
甘い疼きが体中を駆け巡る。
これから起こる事に期待して
「ラル」
彼の名を呼ぶ。
のに……彼は急に体を起こした。
途端に冷たい空気に触れる唇に私は不安になり、一緒に起き上がる。
するとちょっと眩暈がして、体が傾ぐ。
それをラルはすっと受け止めて優しく抱きしめた。
「病み上がりだからな……無理はさせられない」
掠れた声が聞こえる。
荒い息を、抑え込むように。
……必死につぶやかれた言葉。
私は彼の背中に手を回して、その見た目より広くがっしりした背中を撫でる。
そして心を覗いた。
そこに渦巻く欲望は、私が思っている以上の熱さと強さを持っていた──それが嬉しい。
私に対する気遣いが必死にその欲望を抑え込もうとしている。
「無理じゃないよ……」
離れたくないって想いと、彼の欲望を叶えたいという想い。
私がそうなりたいという想いが口をついて出た。
このまま一緒に居たい──でも、もうすぐ会えなくなる。
多分、ピコランダの情勢が安定するまでは会えないだろう。
……もっと。
もっと、ラルと一緒にいたい。
それができないなら、確かな証拠を私の体に刻みつけて欲しい。
「もし……ここでタガが外れたら……お前に優しくしてやれる自信が……ない」
私を壊してしまいそうだって、それほど強く求めてくれてる。
「壊れても……いい……」
私も強く求めるから……いい。
そう思ったのに、彼は私を引き離してしっかり瞳を見つめた。
彼の瞳には、悲しみの色が浮いていた。
どうして……?
そんなすべてがおわりそうな目をするの?
「駄目だ。やっと手に入れたのに」
泣きそうな彼の心は、私が眠って起きなかった時の不安を思い出して揺れていた。
あぁ、彼は必死に葛藤していた。
2度と私を失わないように大切にしたいと思う気持ちと、激しく求める欲望がせめぎ合っている。
私は、やっと彼の心をわかった。
私も冷静でなかった。
彼が、苦しんでいるのに……私は。
「わかった」
能力を閉じて、精一杯優しく微笑む。
大切にされている事がわかるから。
彼は私の腰を手のひらで包む
「細いし……軽い……ちゃんと戻せ」
「うん」
彼の腕の中で、私はうなずく。
疑いながらも優しく運んでくれたあの夜も、すべての想いが重なりあったあの日も。
──そして、今も。彼は変わらず優しい。
「約束する、時間ができたらちゃんと甘やかす」
「うん……まってる。私の初めて……ラルのモノだから」
ギュっと腕に力が入った。
「お前は、これ以上俺の理性を奪う事言うの禁止な」
えへへ、可愛い……ラル大好き。
そう思いながら私は、ラルの髪の毛を触る。
サラサラして気持ちいい。
「こっちが落ち着いたらファルゴアへ……行く」
熱い吐息と共に耳元で囁く声。
抱き合ったまま、至近距離での囁き合う。
「竜……調べに来てね。待ってるから」
すると、あからさまにため息をつかれた。
ん?と思って眼鏡の奥の瞳を覗いてみる。
「カンがいいのか、悪いのか」
うう、だって今、心、覗いてないもん。
そっか、その事もいつか伝えなきゃだよね?
「おい」
優しい声が私を現実に連れてくる
「わぁ?」
すこし、将来の事を考えてぼーっとしてたらしい。
私って、こんなに夢見がちな感じだったけ?
やっぱり、ラルといると甘えているのかもしれないなぁ。
そんな事を思っていたら真剣な眼差しが私を捕える
「だから……お前の、両親に挨拶に行くって意味」
──トクン
心臓が跳ねる。
「兄貴の事があるから、すぐには迎えにいけないけど」
うわーどうしよう。
……泣きそう。嬉しくて……
「俺が、真剣だという事を、お前の両親にも伝えたい」
視界が潤んできた。
彼の瞳も何もかも月明かりの輪郭もふやけていく。
「だから、待っててくれるか?」
そんなの、一も二もない。
──私は大きく頷いた。
瞳からぽたぽたと涙が落ちたけど構わない
「うん!」
そういって私たちはもう一度抱き合った。
キスしたかったけど、二人していろいろ自制するために
……ただただ抱きあった。
そして迎えた翌日、ハトナとタシーの手配で急いで荷物をまとめ、王も王妃もアル王子・レヒューラ・ハトナに稽古に付き合ってくれた兵士さん達。
みんなに見送られて私達は故郷へ向けて旅立った。
最後の別れ際、王が優しく頭を撫でてくれた。
「次回こちらに来られるときは、娘として迎えたいと思いますよ」
それは、お父様とは違う威厳と安心感を持ち、いつか“お義父様”と呼べる日が来るのが楽しみだった。
王妃も、
「ふふ、娘が出来るってなんて嬉しいのかしら」
そういって細めた瞳がラルとやっぱり重なって、ついつい見惚れてしまう。
2人から暖かい言葉をもらって私は馬車に乗る。
私のエスコートはラルだ。
彼は、私の手の甲に口づけして微笑んだ。
昨夜語り合ったから、彼の瞳が何を言っているかわかる。
私も伝わるように想う
『待ってる』
小さく小さくなっていく──ピコランダの城。
劇的に私の世界が変わったこの半月。
今までと違う。
こんな気持ちで故郷に帰る。
凱旋するのは初めてだ。ラルがくれた初めてがまた一つ増えた。
大切に大切にしたい。
──永かった『当て馬』の日々は終わった。
ファルゴアで報告する。
ついに出会った私の運命の人の事を。
愛する人に見つけてもらえた事を。
ラルと私の時間はたっぷりあるから私は……彼を待つ。
近づいてくる故郷を前に、私の心は晴れやかだった。
〜Fin〜
最後までお読み頂きありがとうございました。




