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ただいまの先に〜帰る場所〜  作者: 凛花


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第二話 Maple


次の週末。


仕事帰りのサラリーマンたちで賑わうバーのカウンターで、祐介と2人、酒を飲んでいた。


「……お前、いきなり殴りかかるのはダメだろう」


「ああ。あいつの顔見たら、体が勝手に動いた」


カラン、とグラスの氷が静かに鳴る。


「……あいつ、変わってなかったよ」


「……」


「忘れてなかった。のうのうと生きてるわけじゃない」


「……わかってる」


琥太郎は、グラスを揺らしながら続けた。


「あの店、二年前に独立したばっかりらしい」


「……」


「店の名前、見たか?」


「……いや」


「……Maple」


祐介が眉をひそめる。


「……は?」


「施設の庭に、楓の木あっただろ」


「……単純すぎんだろ」


「あいつらしいだろ。英語苦手なくせに」


祐介の表情が、少しだけ緩む。


「笑ったな」


「笑ってねーよ」


ふ、と琥太郎は笑った。


「俺らさ」


空になったグラスを指先で揺らしながら、静かに息を吐く。


「あの頃、大人になったら何したいって、よく話してたよな」


祐介も、記憶を辿るように目を閉じた。


「ああ。お前は絶対父親の会社は継がねぇって、ずっと言ってたな」


「今もその気はねーよ」


琥太郎は肩を竦める。


「お前は医者になるって言ってた。ちゃんと叶えちまうんだから、すげーよ」


「あいつは……」


2人の声が、自然と重なる。


「「人が集まる場所を作りたい」」



施設の庭。


大きな楓の木の下で、何度も聞いた言葉だった。


「……叶えたんだな」


祐介がぽつりと零す。


「ああ」


琥太郎は、少しだけ嬉しそうに笑った。


「今度、あいつの店で飯食おうぜ」


「……不味かったらクレーム入れてやる」


「素直じゃねーな、お前は」


「何がだ」



将来のこと。


不安なこと。


大人になっても、集まろうって約束。



夜は、静かに更けていった——




数日後。


カランカラン


「いらっしゃいませ! ……あ、この前の」


夜、閉店間際のMaple。


最後の客と入れ違いで、祐介が店に入る。


「……祐介」


柊が、少し驚いたように目を細めた。


祐介は何も言わず、カウンター席に腰を下ろす。


「はい、どうぞ!」


ドン、と少し強めに水が置かれる。


顔を上げると、この前のバイトの少女——鈴が、警戒したようにこちらを見ていた。


「鈴、大丈夫だから」


柊が苦笑する。


また掴みかかると思われているらしい。


「奥でまかない食ってろ」


鈴はちらっと祐介を見る。


まだ少し警戒したまま、言われた通り店の奥へ引っ込んだ。


「……今日、琥太郎は?」


「残業」


「そうか……」


祐介は、カウンターに置かれた手書きのメニューを見る。


動物や植物のイラストが、ところどころに描かれていた。


「……甘いのばっかだな」


「若い女の子に人気ある店だからな」


「お前、その歳で女子高生に囲まれてんのか」


「語弊のある言い方すんな」


げ、っと顔をしかめる祐介に、柊も少しだけ表情を和らげた。


「何にする?」


「酒はねぇのか?」


「あるけど。飲むのか?」


「ああ。とりあえずビール」


「うちはBARじゃねーぞ。飯は?」


「飯は今度、琥太郎と食いに来る。抜け駆けだって言われるからな」


柊がふっと笑い、冷えたビールをカウンターへ置く。


「鈴、それ食い終わったら看板消して、レジ閉め頼む」


「はーい」


奥から、気の抜けた返事が返ってくる。


「……いいのか?」


「ああ」





「え!? 祐介さんって、お医者さんなんですか!?」


まかないを食べ終えた鈴が、カウンターに身を乗り出す。


「……そうだ」


鈴は疑わしそうに目を細める。


「えー、証拠は?」


祐介は呆れたようにため息を吐き、財布からIDカードを取り出した。


「ほら」


「矢吹……祐介」


じっとカードを見つめたあと、鈴がぱっと顔を上げる。


「……ヤブ医者だ!」


「矢吹だ」


「え、だからヤブじゃないですか!」


「お前、病気しても診ねぇぞ」


「家で飼ってるベルが最近便秘なんですけど、診てもらえますか?」


「俺は小児科医だ。獣医じゃねぇ」


「えー!」


祐介が呆れたように眉を寄せる。


「ほら。子供は早く家帰れ」


その言葉に、鈴がむっと頬を膨らませた。


「私の家、ここですもん! ね、柊ちゃん!」


祐介が、一瞬だけ黙る。


「……柊ちゃん?」


低い声で繰り返す。


柊は頭を押さえた。


「店長って呼べって言ってるだろ、鈴」


「えー」


「あと大人を揶揄うな。こいつ、すぐ本気にするんだから」


「誰がだ」


「お前だよ、ヤブ医者」


「診ねぇぞ」


鈴がけらけら笑う。


柊は小さくため息をついた。


「ほら、閉店準備してこい。看板ちゃんと消せよ」


「はーい!」


ぱたぱたと奥へ駆けていく背中。


扉が閉まる。


少しだけ、店の中が静かになった。


祐介が低い声で聞く。


「……どういうことだ」


柊は、火をつけていない煙草を指先で弄びながら答えた。


「居場所、ねぇんだと」


「……親は?」


「いる」


短い返事。


「でも、帰りたくねぇ家ってのもあるだろ」


祐介はグラスを傾け、しばらく何も言わなかった。


「ここは迷子センターか」


呆れたような声。


柊は鼻で笑う。


「ちげーよ」


そう返して、少しだけ視線を逸らした。


「……なぁ」


「なんだ」


「美月、元気か?」


祐介の目が細くなる。


「気になるなら、自分で確かめろ」


「できねーから聞いてんだろ」


低い声。


その言葉に、祐介はしばらく黙った。


「……お前がここにいるって教えてきたのは、美月だ」


柊の手が止まる。


「……あ?」


「鈴のバイト先に来たらしい」


静かな声だった。


「お前を見つけて」


「——俺たちに連絡してきた」


柊の視線が揺れる。


「……なんで、鈴——」


祐介は静かに続けた。


「美月は今、教師やってる」


「……教師」


「神崎鈴の学校のな」


沈黙。


柊が小さく息を吐く。


「……世間、狭すぎだろ」


「神崎鈴は、遅刻、欠席、早退の常習犯」


祐介が淡々と言う。


「家にも、あまり帰ってねぇらしい」


柊は黙ったまま、煙草の箱を指先で転がした。


「……あいつがそういうの放っておけないの、お前が一番よく知ってるだろ」


静かな声だった。


でも。


その言葉は、思っていたよりずっと深く刺さった。


「それで、様子見に店まで来た」


祐介が続ける。


「……そして、お前を見つけた」


柊の指先が、わずかに止まる。


「……」


「美月、言ってたよ」


祐介は小さく笑った。


「“笑ってた。良かった”って」


その瞬間。


柊の喉が、小さく詰まる。


責められると思っていた。


怒られると思っていた。


なのに。


あいつは——


まだ、


自分の幸せを願っていた。



「ご馳走さん」


二杯目のビールを飲み終え、祐介は席を立つ。


「帰るのか?」


「ああ。今度は琥太郎と昼間来る」


「……ああ。待ってる」


バタン。


店を出た祐介は、灯りの消えた看板を見上げた。


——Maple。


ふ、と小さく笑う。


その表情は、少しだけ穏やかだった。


「……飲み足りねぇな」


そう呟きながら、祐介は夜の街へ消えていった。



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