#91 援軍と恩返し
次郎吉が死にそうになった瞬間だった。何者かが雷速で飛んできて、ボクティネを蹴り飛ばした。
「お前は」
「ふぅ……命ギリギリだったわね? 鼠小僧。あなたが閃光と雷速のソーサリーファクトを使ってくれて助かったわ」
現れたのは怪盗キャリコだった。彼女は遠目で二人の戦いを目撃し、割り込むタイミングを計っていた。本当だったら、次郎吉が逃げ切った後で魔道車で次郎吉を回収するつもりだったのだが、次郎吉の命が詰みそうな状況になってしまった以上、こんな割り込み方となってしまった。
「どうしてお前がここにいるんだよ」
「話は後。じいやがこっちに向かってきているから魔道車に乗り込んで。こいつの相手はあたしがするわ」
「あぁ~……腕折れていたいな~……ヒヒ!」
流石に雷速での攻撃を受けたら、一溜まりもないはずだが、人の命を奪わない程に制御されたことでボクティネは一命を取り留めた。その代わりに腕が変な方向に向かっている。それでもこいつは人殺しを止めれないらしい。無事だった片手に短剣を構えると襲い掛かって来る。
これに対して怪盗キャリコは鞭でボクティネに攻撃を仕掛ける。流石に武器のリーチ差は圧倒的に鞭のほうがある。これに対してボクティネは身のこなしで鞭を回避する。
しかしキャリコもまた鞭を愛用してきた者だ。鞭を自在に操りボクティネに距離を詰めさせない。本来ならダメージ覚悟で距離を詰めたら、終わりだ。だがソーサリーファクトの鞭なら一度のダメージで勝負が決まる可能性がある。だからボクティネからすると下手に距離を詰めれない状況となった。
だがこのまま距離を詰めることが出来ない攻防を続けているとボクティネのほうが持たなくなる。先ほどの雷速からの一撃での身体へのダメージに加えて次郎吉との連戦な上にボクティネはまだ子供だ。スタミナ勝負ならキャリコのほうが分がある。なので捨て身の覚悟でボクティネは勝負に出るしかない。
「はぁあああああーーー!」
短剣を構えてボクティネはキャリコ目掛けて突撃する。
「ふっ!」
これに対してキャリコは鞭をボクティネの腹に巻き付けて拘束する。これに鞭から電気ショックを放てばキャリコの勝ちだ。しかしボクティネの目的は次郎吉の暗殺である。キャリコと勝負する必要がない。なのでボクティネは鞭で攻撃を弾けないこの状況で次郎吉目掛けて短剣を投げようとした。
腰に巻き付けられた瞬間、手までは拘束されまいと動いたボクティネの判断は流石の暗殺者といったところだ。しかしそれを認識したキャリコは鞭を振り、強引にボクティネを横に移動されたことで短剣を投げたコースをずらした。その結果、短剣は次郎吉の横に突き刺さる。
一瞬の思考と行動の攻防はキャリコに軍配が上がった。
「終わりよ。反省しなさい!」
「ぎゃああああああ!?」
怪盗キャリコが鞭のソーサリーファクトを起動させると電気ショックがボクティネに襲い掛かり、ボクティネは意識を失う。流石に雷速の一撃を喰らった状態で既に体がボロボロだったので、この電気ショックは耐えられなかったようだ。
「伊達に王都のソリスを相手にしてきたわけじゃないか」
「そうよ。こう見えてあたし結構強いんだから」
鞭を回収して自慢げに自分の強さを誇るキャリコであった。
その後、ファリース侯爵の執事が魔道車で駆け付けて、ボクティネはその場に放置してその場から急いで移動する。相手にキャリコたちのことは知られていないので、逃げ切れる算段だ。
一応ボクティネを拷問してプリマ王女の居場所を聞き出すという手もあったが次郎吉はボクティネは何も知らされていないただ次郎吉の命を狙うためだけに派遣された暗殺者だと決めつけた。確証はないが実際に戦った次郎吉はそう感じており、実際にそれが事実だった。
依頼主からすると失敗した結果敵に情報を渡す結果になるのは避けたいというのが本音だ。だから仕事に必要な情報だけを渡して不必要な情報を渡さないのは裏社会では基本と言っていい。
結果として命を取らない主義の二人は山道に放置すれば次郎吉の位置を補足していた相手がボクティネを発見するに違いないと踏んだ。ただ任務に失敗した彼の命が無事かどうかは相手側の問題となる。ウィンバース宰相が軍国主義なら恐らくボクティネは助かることはないだろう。優しければ最後のチャンスぐらいは与える可能性はあるだろうが何も知らずにスパイのところで働いていた一般市民を容赦なく殺害を命令している奴であることを考えると助かるのは望み薄だろう。
魔道車に乗っていることもあり、ここで一息付けた次郎吉は魔道車の中で怪盗キャリコがここに来た流れの話を聞くことにした。
「あなたのことを知ったきっかけはラピーシア王女の側近の女騎士さんが最近の国の動きを話す過程で聞いたの」
「側近の騎士? あぁ……もしかしてあいつか? 確かルルとか言われていたか」
「あら? 知っているのね。彼女と彼女が信頼している騎士が今、あたしたちとラピーシア王女を繋いでくれているの。でその彼女からラピーシア王女があなたに依頼した仕事の内容を話してそれを聞いたあたしたちは……あ、あぁ~……えーっと~……」
助けに来たと言いたいが言えないキャリコが言葉に詰まると執事がフォローに入る。
「あなたから受けた恩を返せるチャンスだと考え、向かうことにしたのです」
「そう! それよ!」
執事のナイスフォローを受けたキャリコだが、次郎吉は冷静に返す。
「恩って仕事の依頼だぞ? 報酬も貰っているし、恩もくそもないだろうが」
「確かにあれは仕事でした。しかし仕事を受けてくれた恩があるのは事実です。それでお嬢様の命が助かり、ファリース家の未来が続いたなら我々は仕事の報酬以上の恩を返したいと思うのは不自然でしょうか?」
「はぁ……不自然ではあるが俺っちがそれを批判する資格はねーな。俺っちも受けた恩を返そうとした実績あるし、お前たちを責めれる立場にはねーよ。それに助かったのは事実だしな」
「そうよ。素直に受け取っておきなさい」
次郎吉もアーベルトから受けた恩を返そうとしたことがあるので、キャリコたちがしたことを強くは言えない。なので話を先に進めることにした。
「それで? お前たちはどうするつもりなんだ?」
「あなたが受けた仕事を手伝いたいと思います。もちろん報酬はいりません」
「おいおい……相当な命懸けの仕事だぞ? 流石に無料というわけにはいかねーよ」
「それならファリース家の代わりに侯爵になった貴族に対して仕掛けたいと思っているからその手伝いでどうかしら?」
キャリコの提案を次郎吉は考える。
「明らかにこっちのほうが危険性は遥かに高いが命懸けで難易度がくそ高いというところは同じか?」
「あちらはこちらが仕掛けてくるはずだと分かりきってますからね」
「だな」
何せファリース家の代わりに侯爵になった貴族はほぼ間違いなくキャリコと次郎吉の情報を持っている。これに対してウィンバース宰相がシルファリッド王国から二人の情報を得ない限り情報を持っている可能性は低い。
そこを見ると難易度の高さは大差ないように次郎吉には見えた。流石に地位は宰相のほうが上で現在ウィンバース宰相はバルバリス王国の軍隊を指揮できる立場にあるので、そこを考えるとやはりウィンバース宰相のほうが難易度は遥かに高いだろう。そこを考えて次郎吉は案を出す。
「流石に釣り合いが取れていないからそれに加えて何か報酬を俺っちが出せば問題ないだろ」
「決まりね。ちょうどあなたに盗んで欲しい物があったから嬉しいわ」
こうして二人の共闘の契約が結ばれたことで次郎吉は話を元に戻す。
「仕事の話になったがよく俺っちの場所がわかったな?」
「それはビオラ殿からの情報ですよ。あなたに渡した情報からあなたの行動を予想してそれに掛かる時間とあなたの足取りは新聞に載っていましたからある程度予想することが出来た感じです。あなたもそれぐらい予想出来たはずでは?」
「まぁな……正直行動を誤魔化せる時間はないと俺っちは考えている」
「でしょうね。お嬢様に起きたことがプラム王女の身にも起きる可能性は非常に高いと思います。いや、あれより酷いことが起きるかもしれません」
完全に操り人形とするなら精神を殺しにかかるはずだ。彼女の精神がどれだけ強いかわからない以上、急ぐしかない。しかしここでキャリコの口から悪い話じゃないことを聞く。
「幸い王族派の貴族たちが各地で騒いでいてその対処もしないといけないから思った以上に時間の余裕はあるかも知れないわよ?」
「我々が今、向かっている場所もその貴族のお一人の場所です。彼に連絡を入れてこちらの目的を話したら、協力してくれることになりました」
「流石侯爵にもなると他国にも影響力があるか」
「お父様の外交努力の賜物だけどね」
死んでから大人の偉大さを感じるというのはなんとも皮肉なものだ。せめて子供の感謝の気持ちが大人に届いていることを祈るのみである。
そんなわけで次郎吉たちは協力者のところに向かうことにするのだった。




