#73 臆病なアライグマの獣人
サヤの村に到着してから次郎吉たちは平和なひと時を過ごすことになる。これはシルファリッド王国の人たちが完全に次郎吉の動向を見失ったことを意味している。ただ第二王子オレガ・シルファリッドはビャク王国に潜伏した可能性が高いとは思っていた。
これは鼠小僧がゼルガード伯爵暗殺事件に関与している可能性が高いことと人間が獣人を奴隷から解放し、共闘した情報を奴隷島で逮捕した暗殺者たちから得ていたことから導かれた答えだ。
しかしそれを調べようと密偵を放ったとしてもバレたら、不法入国でビャク王国から抗議の声が出る。シルファリッド王国からするとビャク王国と戦争になっても勝てる自信はあるがビャク王国と戦争している最中にバルバリス王国から宣戦布告されると非常にまずい状況となるので、動けないというのが現状だ。
バレなかったとしても相手は獣人だ。しかもシルファリッド王国は獣人の知識がほぼなく、奴隷島の逮捕者から謎のとんでもない力を使う獣人がいたという情報を得たことで動けないという状況となった。
そんなわけで次郎吉のソーサリーファクトが順調に進んでいる中、次郎吉が地下の作業場から出ると何者かが次郎吉に突撃してきた。
「ぐは!? なんだ!? ん? 誰だ? お前?」
「ジロキチさん! ボクを弟子にしてください!」
「は?」
次郎吉に突撃してきたのは男の子のアライグマの獣人だった。髪型はは短髪で髪の毛の色は灰色。尻尾は黒と灰色が交互になっているところが特徴的で両方の目の下には黒い太線があり、頬からは細い髭が数本伸びていた。
次郎吉は知らないが顔に派手でない先住民のタトゥーをしているように見えるが目の下の太線は生まれつきの肌の色である。
そんな彼だが次郎吉とは初見であり、いきなりの弟子入り発言に困惑していると事情を知っているプラムが慌ててやって来た。
「す、すみません! 旦那様! カナリ君! いきなり人に突っ込んだりしたらダメでしょう?」
「う……ご、ごめんなさい……つい興奮して自分を抑えることが出来ませんでした~」
「はぁ~……プラム。この坊主に何をしたんだ?」
「えぇーっと……ソーサリーファクトの説明をしていたらこの子が興味を持ちまして、そして旦那様の自慢をしたら突撃した感じです」
実に簡潔な説明だった。一応話の流れを最初から見ていこう。まず最初はアライグマの獣人であるカナリが次郎吉とプラムが村を守るために何か凄いものを作っているという情報をエメリが自慢げに話しているところを聞いたのが始まりだ。
しかしカナリは臆病な性格で自分から話しかけることが出来ず、でも事実確認をしたいので、数日ずっと次郎吉とプラムの様子を伺っていた。流石に素人がそんなことをしていたら次郎吉とプラムにはすぐバレる。結果としてプラムに話しかけられたことで二人の家の中に入ることに成功する。
そこでプラムが電球の代わりになっているソーサリーファクトを実際に見せて、ソーサリーファクトが魔法が使えない人間にも使える機械であり、自分も触って使えたことでカナリは興味津々となる。
そんなカナリの姿が子供の時代の次郎吉と少し被って見えたことでプラムは次郎吉がソーサリーファクトを手作り出来る技術者だと教えてしまう。その結果、今の状況に至る。
「というわけです」
「なるほどね……それで弟子入りの話になるわけか」
「そうなるわけです! それでボクを弟子にしてくれませんか?」
次郎吉も椅子に座った状態で話の流れを聞いてどうしてそうなったのか理解した。そして次郎吉はカナリの弟子入りに返事をする。
「結論から言うと無理だな」
「どうしてですか! ボクが獣人であなたが人間だからですか!」
この悲痛な叫びが今の獣人と人間の関係性を表していると次郎吉は思った。
「はぁ……そんなことは関係ない。俺っちもソーサリーファクトの魅力に取りつかれてこの世界でも五本の指に数えられる魔道技師に弟子入りしたからな。お前さんの今の気持ちはよく理解出来るんだよ」
「ジロキチさんはそんな凄い魔道技師の弟子さんだったんだ……でもそれなら尚更どうしてボクはダメなんですか?」
次郎吉は質問されたので弟子を取ることが出来ない理由を話す。
「まず一つ。今の現状だと弟子を取る余裕がない」
「旦那様も急いでこの村を守るソーサリーファクトの開発を寝る時間を削ってまで急いでいますからね」
「そ、そんなに危ない状況なんですか?」
「村の戦士たちも毎日外を警戒するぐらいには大変な状況だ。因みにこの話は他の子供たちや大人には言わないようにな? もし話したら弟子入りのチャンスが二度と来ないと思ってくれ。信頼っていうのはそういうところから生まれるもんだ」
「わ、わかりました! 誰にも絶対に話しません!」
次郎吉のこの発言は弟子入りのチャンスが残されていることを意味していることにカナリは気が付いて次郎吉と約束をする。これを守れないとカナリは次郎吉からの信頼を失い、守ることが出来たら信頼を獲得できる。つまりこれは次郎吉からの一種のテストだ。
魔道技師はそれぞれの技術に対して守秘するのが普通である。自分の開発した技術が同業の魔道技師に知られて売りに出されたら本来得られる収益が半減することになる。これは現代の技術者でも同じだ。
当然守秘するためのセキュリティをソーサリーファクトに仕込むわけだが、それを突破するのも魔道技師の腕の見せ所となる。次郎吉が魔法が吸収するソーサリーファクトの技術を盗めたのはセキュリティを突破したからである。
「よし。約束したからな? 絶対に守れよ? それで他の理由については俺っち個人的な事情がある。さっきも話したが俺っちが継承した技術は世界でも最強クラスの技術だ。人に寄るだろうが俺っちの師匠も俺っちもこの技術の危険性をよく理解している。だから簡単には教えられないし、寧ろ俺っちの代で無くなるなら無くなったほうがいいと思っているほどなんだよ」
「そ、そんな……勿体なく無いですか?」
「勿体ないと言えば勿体ないだろうな。実際にこれからこの村の人たちはソーサリーファクトの恩恵を嫌でも知ることになるだろう。ただ便利な物には同じように悪用方法もあるもんだ。もちろん正しく使わなかった人が一番悪いがそれを開発した技術者も無責任とはいかないんだよ。お前さんも技術者になりたいと思うなら俺っちのこの言葉をよく考えてみるんだな。俺っちも仕事があるから今日はここまでだ」
「は、はい! わかりました! 考えてみます」
そういうとカナリは家から出ていく。それはまるで先生が宿題を出して子供が宿題を頑張る姿のようだ。それを見ていたプラムが次郎吉に質問する。
「カナリ君をどうするおつもりですか?」
「俺っちの技術の全てを教えることは出来ないが魔道技師の基本ぐらいは教えていいとは思っている。実際に獣人の中にも魔道技師がいないと今作っている結界のソーサリーファクトの保守点検出来る者がいなくなる可能性があるからな。ただそうなると俺っちの技術がずっと残り続けることになるから頭を抱えている最中だ」
「なるほど」
アーベルトの技術は次郎吉の代で無くせても次郎吉のソーサリーファクトが残るならアーベルトの技術もまた残ることになる。この問題にどう答えを出すかが次郎吉の課題となっているのだった。




