世界に一つだけの望
世界に一つだけの望
この男の名前はマリン・ノート・ザック海の様に雄大な男になれと両親がつけてくれた名前だ。しかし、マリンというのは良く女に使われる名前だ。よく昔はそれでからかわれていた。
その日も友人にマリンは名前のことでからかわれ、あまつさえ両親のことまで馬鹿にした友人に堪忍袋の緒が切れたマリンは、つかみかからんばかりに友人に言い返した。
「俺の名前を馬鹿にするだけならまだしも、マジで俺の怒りに火をつけたな。」
そう、マリンが言った瞬間友人の頭の上に火の玉が発生し、髪の毛を燃やしだした。何が起こったのか分からない友人はあわてだし、マリンもその様子を見て、怒りが収まると、消火しなくてはと考えた。
「水をかけろ。やけどしてしまうぞ。」
そうすると、火の玉と同じように、友人の上から大量の水が突然発生し、髪の毛は少し焦げてしまい、顔や手なども少しやけどを負ったが、無事に消火することができた。
「ごめん。その火傷、俺のせいだよな。どうにかして治療できたらいいのに。」
三度目の奇跡で、マリンは自分の言葉が魔法の力であることに気づく。髪の毛は流石にもどすことは叶わかなったが、火傷のあとは綺麗になり、元気な友人がそこに横たわっていた。周りもあまりにも色々なことが目の前で起こったため、どう対処して良いのか分からず、ただ唖然としたり、混乱するばかりであった。
その出来事があった後、マリンは王宮から呼び出しがあり、魔法の専門機関である、宮廷内の魔術のトップ宮廷魔術師長と面会することになった。
「ふむ、ではマリン殿が希望し、言葉にだすとこれらの現象が起こったのですね。」
「はい。魔術師長様。これはやはり魔法なのでしょうか?」
「そうです。こんなおとぎ話を聞いたことはありませんか?神の側近と呼ばれた一万年以上前の英雄サーツンの話です。その者は、偉大な魔法の力を宿し、その者がここに泉を作るといえば、そこからは冷たい水が湧きだし、死にかけた友人を一瞬で治療したといわれる。」
「その話は、貴族だけでなく、民衆にまで知られるとても有名な昔話でございますので、もちろん知っております。しかし、あれはおとぎ話であり、神話なのでは?」
「公爵家の御子息であられるマリン殿にならお話することが叶います。それにその英雄の血を引き強く表れているとなれば当然お話することが義務でございましょう。」
魔術師長は、王家の血筋が元々その英雄サーツンの子孫であること、また公爵家の次男であるマリンにもその血が混ざっていること、一万年という時を経て先祖がえりをしたのではないかという推測まで語って聞かせた。
「では、私は、サーツンの正式な後継者として王宮第一学院を卒業後は王の側に召抱えられることになるのでしょうか?」
「そうなります。学院を卒業するまでの半年という微妙な時期ですので、宮廷も卒業をまって正式にマリン殿を招くことになるでしょう。ただ、マリン殿の魔法はそれこそ英雄の力であるため、どのような力を持っているのか測りかねること、また、その力が他国に悪用されないとも限らないため、監視を兼ねた護衛を側に置くことをお許しください。」
「私は公爵家のものとはいえ、ただの学生です。その様に魔術師長様に頭を下げられても困ります。」
マリンは、公爵家の貴族とはいえ、次男ということもあり、貴族ぶった考え方が好きではなく、個人としての力量を尊敬されるならいざ知らず、こうして年配の者から頭を下げられるのは好きではなかった。
「では、将来の英雄となるマリン殿に頭を下げさせてください。どうか、王宮を、民を御救いください。」
そこまで言われてマリンも断ることができずに、将来の王宮入りを決め、こちらからも色々と援助を頼むと宮廷を離れ自宅に帰るのだった。
「マリン様おかえりなさいませ。」
「エスカ。ただいま。」
自宅に着いた時に迎えてくれたのはエスカ・ラスカ・セドライトというメイド服を着た女性だ。伯爵家の娘でマリンよりも二つ年上なのだが、昔からマリンとの交友もあり、伯爵家を継がないことが決まっているため、宮廷に奉公にとなった時に、宮廷では無く公爵家へと、本人とザック家の希望もあって今はマリン専属に近いメイドとなっている。
「エスカ。食事のあと俺の部屋に来てくれるか?大事な要件があるんだ。」
「それは、学院での騒動のことでしょうか?」
「ああ、朝事件があったばかりだというのにもう知らされているんだね。」
「はい。何でも、英雄サーツンと同じ自由に世界を操る魔法だとか。」
「まさかそんなことまで噂にあがっているとは、情報公開主義も困ったものだね。」
「いえ、マリン様がお帰りになられる前に教官の方がいらしゃって、詳しい話を説明してくださったのです。」
「そうか。それより、その様っていうのどうにかならないのか?俺も昔みたいにエスカ姉さんと呼ぶから。」
「そんなことはできません。私の身分はマリン様よりも低いですし、今はメイドとしてマリン様に仕える身ですから。」
「はいはい。分かったよ。」
マリンが身分制度を嫌う理由はエスカにあるのかもしれない。小さい時は姉のように世話を焼いてくれた優しいエスカが、成長すると段々身分のことを気にし、メイドとして家に入ってからは、以前のように気安い関係をやめてしまったのが大きいだろう。
夕食後、約束通りに部屋に来たエスカにマリンは自らお茶を入れ、お菓子を用意すると、二つあるイスの片方を引きエスコートする。
「メイドが主人にこのように扱われるのは困ります。」
「女性に対して紳士でいろと教えたのはエスカ姉さんじゃないか。」
押し問答をしていても話が進まないのでエスカは席に着くと、お茶には手を触れずに抗議をあげた。
「それでも、困るんです。」
「今日は、公爵家とか主人とかじゃなく、ひとりの男としてマリン・ノート・ザックとしてエスカ姉さんにお願いがあって呼んだんだ。そうかしこまらないでくれないか?」
「それは・・・」
「まぁ、困るのも無理ないか、ただ、これだけはメイドとしてじゃなくエスカ姉さんとして答えてほしいんだ。」
そう言うと、マリンは、胸のポケットから一つの小さい箱を取り出した。
「本当は学院を卒業したらと思っていたんだけど、宮殿にいったら、卒業後は忙しくなることが分かったから、先にきちんと話しておきたいんだ。
俺と結婚してくれないか?」
箱の中には、箱よりもなお小さな指輪が光っていた。小柄なエスカのサイズに合わせたその指輪は、小さいけれど、公爵家の次男が用意しただけあって、とても繊細な技巧がなされており、高級品であることが分かる。
「お受けすることはできません。」
エスカはそう言い、お辞儀をすると、マリンの制止も聞かずに部屋を出て行ってしまった。
「そんな・・・」
”世界を自由に操りすべてを生み出す力がある”といわれている魔法に目覚めたマリンにも、人の心は操ることはできなかったのである。
『マリンの馬鹿。魔法で私の気持ちを向かせるなんてサイテーよ。この気持ちが本物だったらマリンと結婚できるなら幸せだったのに。』
エスカは部屋から出た後、自分のために用意されている部屋に駆け込むと、ベットにうつ伏せ、静かに涙を流していた。
エスカにフラれたことにより、人の気持ちは自分の思う通りにはできないことを悟り、その他にも魔法でできないことがあるのではと考え、色々と試していたマリンは、結果、人のこころだけが自由に操れないことに気づく。厳密にいえばまだたくさんあるかもしれないが、魔法の存在に気づいて卒業までに時間もないので、できないことが一つでも分かっただけでも、良いとした。
その後のマリンは、魔法の力を借りながらも、唯一自分の思い通りにならない人の心をつかむことに一生懸命になる。困った人がいれば助け、友人から相談されれば親身になって受け答えをするうちに、英雄の力と人柄から周りからの信頼を勝ち取っていった。
しかし、周りから好かれればその分だけ、エスカは魔法の力が強いと思いこみ、マリンの周りに美しい女性が集まることに嫉妬をするも、これは魔法の力のせいであると決め付け、マリンからの求愛を断り続けた。
パ〜パパッパ〜ン♪
ファンファーレと共に、英雄サーツンの正式な後継者として、マリンは王に正式に御目通りをするため、赤いじゅうたんを歩く。
「マリン様万歳!!英雄万歳!!」
近年王家の力が衰え、周辺国からの侵略が頻繁に行われて国力が疲弊してきたこの国に英雄の後継者としてマリンは国民全員から祝福されていた。
「エスカ姉さん。綺麗だよ。」
「なんで私のような召使を同伴なさるのでしょうか。」
「散々説明したけど、俺はまだエスカ姉さん意外と結婚する気はない。だから、正式な場所でエスカ姉さんを見せることによって、周りからの求婚を減らしたいんだ。」
小声でそんな会話をしていると、マリンたちは、王の謁見の間へとたどり着いてしまった。そこは1000人は人が入れるほど大きな広場となっていたが、それでも人が入りきれずに今はせまく感じられた。
「御目通り感謝いたします。この度学院を卒業して正式に王宮に仕えることになりました。マリン・ノート・ザックでございます。」
膝を折り、最高の礼を取って優雅に王の前に頭を下げるマリンの様子に会場は、英雄の後継者と呼ばれる少年の若さにあなどるもの。英雄の力を持つにも関わらず臣下としての礼をとったマリンに好意を抱くもの様々であった。
「面をあげてこちらを見よ。英雄マリンよ。そなたほどの力があれば、王など軽く打ち滅ぼせるというのにそのような礼を取られては、余の心は穏やかではない。」
「いえ、私の魔法は完璧ではありません。それに、ひとりの臣下にできることは、国の権威たる王の力に比べればなんと小さいことかと考えております。」
このマリンの発言に、会場中がどよめいた。今まで侮りさげすんでいた高級貴族の年配たちも、マリンの欲の無い人柄に好感を抱きつつあった。
「ふむ、王の権威と言ったが、そなたは世界を操る力を持つといわれている。今も会場の皆はもちろんのこと、隣に座る余の娘までがそなたに心奪われておるではないか。」
「お父様。臣下とせずとも、わたくしの未来の夫として迎えてはいかがでしょうか?公爵家として身分もしっかりしたお方ですし、マリン様ならわたくしも。」
英雄のお披露目のはずが、王女の発言により、マリンが臣下としてだけでなく、次期国王となる可能性すら見え始めたことに貴族たちはあわてだす。元々公爵家と交友があったものはまだ良いが、次男であり、当主も次の当主となる兄が顕在であったため、マリンとは交流が深かった貴族は少ない。半年前の騒動から取り入ろうと画策してきたが、無欲なマリンの前にあまり芳しくなかったのは間違いないだろう。
すると、マリンはここに来て初めて頭をあげ、王へと目を向けた。
「私は、王の臣下として国の繁栄に携わることはいといません。しかし、王女様の求婚はお受けすることはできません。それは、私の魔法の唯一の弱点にも関わってきます。」
「何?王家に入るということを断るというのか?してその弱点とは?」
「元々公爵家は王家の血縁にございます。ですから、王家に入ることを拒むのでは無く、王女様の求婚だけお受けすることができません。私の魔法の弱点は、人の心を操ることができないことにございます。」
会場がざわめきだす。こうもきっぱりと王女からの求婚を断ったことにもあるが、何よりも魔法の弱点をこんな公の場で自ら説明したことによる動揺であろう。
「心を操れんと言うが、会場の皆はそなたに対して良い感情を持っているように思うが?」
「私は、この魔法の存在をしってからこの半年間、ずっと最大の弱点である人の気持ちを手に入れるために努力してまいりました。魔法の力で何度操ろうとしても無理だと気づいた私は、それならば、魔法の力以外で人の気持ちを手に入れるしかないと考え努力してまいりました。」
王は、ゆっくり頷くと、会場を見渡した。マリンがこの日のためにどう謁見をすれば周りから良い感情を持ってもらえるのかを考え一生懸命努力した結果が、この会場の反応であることがわかり、英雄として本当の意味での大切なものを少年の中に感じた。
「そなたの言い分あい分かった。しかし、それほどまでにして手に入れたかった人の気持ちというのは、そなたの隣にいる美しい女性のためのものなのか?」
「はい。私は、どんな万能な力よりも、栄誉よりも大切なものがここにあります。エスカ・ラスカ・セドライトという女性を手に入れるためならどんな努力も惜しみません。」
若さゆえの発言、若さゆえの無欲だったが、会場からも王からも、そんなマリンの姿は輝いているように見えた。
「ふむ。では、王宮としてはそなたに忠誠を誓ってもらうためにもそなたの恋を応援せねばならぬな。王女も理解してもらえるな?」
「はぃ。」
王女はしぶしぶといった様子ではあるが、頷いた。
さて、今まで勘違いをして求婚を断ってきたエスカはというと、マリンの話を聞いて、困り果てていた。今の気持ちが真実自分の想いであることは納得できたが、知らなかったとはいえ、何度も断ってきたことに恥ずかしさと相まってどうしたら良いものかと考えあぐねていた。
「エスカ姉さん。きっと、良い男になって見せるから、その時は俺の求婚を受けてね。」
「馬鹿。今だってマリンは良い男だわ。」
混乱していたこともあり、つい昔のような物言いになってしまった。
「ありがと、そう言ってくれるなら指輪受け取ってくれるとありがたいんだけどな。」
マリンは、王の方に向けていた体を今度はエスカに向き直ると、膝をついたまま半年前出したときと同じ箱を差し出した。当然その中には小さな指輪が入っている。
「こ、こんな場所で断れないじゃないの。」
「えへへ。卑怯かとも思ったんだけど、そうでもしないとエスカ姉さんって頑固だから受け取ってくれないでしょ?」
「どうりで、おかしいと思ったのよ。求婚を避けるだけなら私じゃなくてもいいはずだもの。」
「そういうこと、ちょっと予定とは違ったんだけど、エスカ姉さんの気持ちを聞きたい。いつも受け取れないと言うだけで俺のことを嫌いだって絶対に言わないでしょ?本当に嫌だったら言ってくれていい。でも、少しでも望があるなら受け取ってほしいんだ。」
『少しなんかじゃないわよ。私だってマリンのこと大好きで、弟みたいに思っていたのが、いつの間にか背も抜かれて男の子としてしか見れなくなってたんだから。』
「幸せにしてね。」
エスカが、マリンの手から箱を受け取ると、マリンは公衆の面前であることも気にせずに、エスカを抱きあげると、自分の半分ほどしかない小さな手に指輪を通した。
「我が王家は、マリン・ノート・ザックとエスカ・ラスカ・セドライトの永遠の愛を応援することをここに誓う。」
本来神の前で誓うのだが、それは正式な結婚式の時までとっておき、今は、代理として王に二人の恋を誓うのだった。
FIN
素敵なお話になってよかったです。背景描写を限界まで削って、マリンとその周囲の気持ちだけを真っすぐみなさんに伝えてみました。
よろしかったら再転の姫君はもちろんのことブログやBBSの方にもいらしてください。