51
背中にマヤのぬくもりを感じながら、俺は死んだようにぐっすりと眠っていた。
と、額に何か微かな衝撃を感じた。
誰かが指で俺の額をはじいたのだ。
俺は目を閉じたまま、とろんと眠気の残った声で尋ねた。
「うう~~~ん?誰だよ……………?」
「私よ。西 香菜子」
驚いて、たちまち俺は目が覚めた。
「えっ!?」
目を開けると、西 香菜子が俺の顔をじっと覗き込んでいた。
彼女は無言で人差し指を俺の唇に当てた。
「静かにして。井稲 真耶が起きてしまうわ」
俺はそっとマヤに気づかれないように起き上がった。
西 香菜子は俺の方を振り返りながら、無言で小屋の扉をそっと開けて出て行った。
(これはついて来いってことだよな)
俺は西 香菜子の後をついて小屋を出ると、彼女は自分が一人で寝ていた小屋に入っていた。
俺は小島に建てた4軒の小屋の中央に立ち、窓からそれぞれの小屋の中を覗いてみた。
彩香先生とジュリア、双子、そしマヤがそれぞれの小屋で眠っていた。
みんな、疲れて熟睡しているようで、突然起きてくる心配はなさそうだ。
俺が西 香菜子の小屋にいるところを見られたら、夜這いをかけてると疑われるかもしれない。
疑い?
「何もないとおもうけどな、一応さ、万が一ってことがあるかもしれないし、念のためにね………」
と、誰が聞いているわけでもないのに、俺はグダグダと言い訳じみたことをつぶやいていた。
もう一度、俺と西 香菜子以外が熟睡しているとこを確認すると、淡い期待を抱きながら彼女の小屋にそっと入っていった。
西 香菜子は一人、小屋の中央で正座をして俺が来るのを持っていた。
「起こして悪かったわね。疲れてたでしょうに」
「いや。もうグッスリ眠って疲れは取れたよ」
「飲む?」
マヤが果実酒の入ったグラスを差し出してきた。
「いただくよ」
俺はグラスを受け取り、いったんテーブルの上に置いた。
「さっき、どうしてみんなの小屋を覗いていたの?」
「いや。念のためだ」
「念のため?」
「あー、小屋の中でも油断ができないんだ。窓をすり抜けて侵入してくるモンスターもいるんだ」
「そうなの。やっぱりキミってこの異世界のこと、詳しいのね」
「まあ、西さんよりは異世界の先輩だし、エメラルド・タブレットってのを手に入れて錬金術師になれたからな」
「エメラルド・タブレット?」
俺はエメラルド・タブレットを使って身に着けた、錬金術の知識を得々と披露した。
「ギリシャ神話に出てくる12神の1人、ヘルメス・トリスメギストスがエメラルド板に刻んだ錬金術の基本思想が記された板のことだ」
「ヘルメス・トリスメギストス………」
「『錬金術師の祖』とされる伝説的な人物で、錬金術はもともと『ヘルメスの術』と呼ばれていたぐらいだ。ヘルメスは3度の転生を繰り返し、人類の進歩に貢献した偉大な賢者なんだ」
西 香菜子はもともと笑ったことなど一度もないというような女子生徒だったが、恐ろしく真剣な顔つきで俺の話を聞いていた。
「ヘルメスは最初天文学の研究に携わり、ピラミッドの建造に貢献した賢者だった。
転生して2度目の人生では、自然科学・哲学・医学・数学の賢者として多くの人間を教育した。
そして、3度目は…………」
「エジプトの都市計画に携わり、化学・医学・哲学の賢者となった……」
俺は驚きのあまり言葉が出てこなかった。
「も、もしかして……」
俺は素早く西 香菜子の手を取った。
彼女は大人しく、俺にされるがままだった。
俺の眼の前に、彼女のステータスが浮かび上がった。
「NAME:西 香菜子。JOB:錬金術師……!?」
俺は目玉が飛び出るくらいの衝撃を受けた。
「錬金術師!?西さんも錬金術師だったのかあ!?」




