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俺は灼熱のマグマの海に足から飛び込んでしまった。
マグマの中に足首までズボッとめり込んだ瞬間、今までの人生で一度も経験したことのない凄まじい激痛が俺の体の中を駆け巡った。
俺の身体は炎に包まれ、肉が焦げてどす黒い煙が上がった。
吸い込んだ熱風が喉を焼き、肺を焦がし、息もできなくなった。
(し、死んでたまるかあ!)
俺はインベントリーから土を出して登ろうとしたが、視界が真っ赤で何も見えなくなった。
(ケーキ作って待ってますから)
脳裏に今にも泣きだしそうな美衣奈の顔を浮かんできた。
(待て待て!まだ、走馬燈を見るのは早いぞ!)
俺は声が出せないので心の中で「T」と唱え、運良く右手に握っていた石の剣を斜めに振った。
うまく術式詠唱画面が開いたのかどうかも分からなかったが、俺は心で叫んだ。
(CALL 豆腐小屋!)
術式の結果はどうなったのだろう?
俺は無我夢中で手を伸ばした。
指先に何かが触れた。
ドアノブだ!
俺はドアノブを両手で掴むと、身体を引っ張り上げようとグイッと腕を曲げた。
ドアノブにぶら下がりながらドアを開き、そのまま小屋の中にドサッと倒れこんだ。
「うおおおおおっ!!」
俺は全身を包む炎を消そうと、黒樫の木のフローリングの上を転がりまわった。
俺は必死に「火消しの術式」を心の中で叫んだ。
(PATTERN 23 !)
と、俺の全身を包み込んでいた炎が一瞬で鎮火した。
火消しに成功したのだ。良かった!
実はこの「火消しの術式」は、失敗すると逆に大炎上してしまう両刃の剣だった。
目の前は真っ赤で何も見えなかったが、俺のHPを表すゲージだけは感じた。
ゲージが見る見るうちに短くなってゆく。
もうあと残りひと目盛りというところでゲージは停止した。
「ハアッ!ハアッ!ハアッ……!た、助かった!」
俺は床の上で大の字になって、じっとHPゲージが回復していくのを待った。
HPゲージが半分ほど回復した頃、ようやく視力も回復してきた。
(小屋の基礎に石を敷き詰めて置いたおかげで命拾いをしたな)
黒樫のフローリングの床は、かなり熱を帯びてきたが燃えはしなかった。
しかし、白樺の材木で出来た小屋の壁からは白煙が上がり、今にもドッと炎を吹き出しそうだ。
「CUT ON !」
俺は右手で白樺製の白い壁を全て取り除いた。
壁があったところにはドアと窓にしていたガラスブロックだけが残った。
「FILL IN!」
ドアと窓ガラスを回収すると、俺は溶岩の高熱を遮断するために足元に縦30ブロック、横40ブロックの岩を3重に敷き詰めた。
この頃には、俺のHPゲージもようやく元通り満タンになっていた。
頭上を見上げると、5ブロック程上空は地面に覆われていたが、所々に大小の穴が開いていた。
時折、マグマが溶岩溜まりから噴出し、その時、地面の穴から火の粉が外にまで飛び出している。
どうやらここが俺が探していた目的地のようだった。
俺は地上に溶岩の池が広がっているのを想像していたが、まさか地面の下に大空洞があり、そこにマグマが溜まっているとは思わなかった。
このあたり一帯はカルスト台地なんだろう。
石灰岩の大地が雨水や地下水で浸食し、鍾乳洞ができたところにマグマが噴出してきたのだ。
天井の穴から満月と星空が見える。
もう、完全に夜になってしまった。
今さら地上に戻っても、モンスターに襲われるだけだろう。
「よし!今夜はここで野営しよう」
俺の名は暗黒カエル男。
転んでもただは起きぬ。
俺は熱で燃えないように四方に石壁を4段積み重ね、完全に石でできた豆腐小屋を溶岩溜まりの上に建てた。
(我ながら、こんな溶岩溜まりの真ん中に小屋を建てるなんて狂気の沙汰だな)
と、天井の穴から俺の気配を察知したのか1匹のゾンビが襲い掛かって来た。
ゾンビはマグマの中に落下し、たちまち燃え尽きていった。
「バーカ!バーカ!こんなところに落ちるなんて、ゾンビはやっぱりオツムが足りないなあ!」
俺はソンビが穴から落ちて、焼け死ぬところを見て嘲笑った。
ついさっき、自分もマグマに落ちて死にかけたことなどすっかり忘れている。
嫌なことはすぐに忘れる!
元々、覚える気もない。
これが俺の長所なのだ。
「おっ!また1匹、愚鈍なゾンビ野郎が落ちてきたぞ」
何か紺色の水着を着たゾンビが落下してゆく。
「きゃああああ!」
ゾンビが叫び声を上げた。
「い、いや!あいつはゾンビじゃないぞ!?」
うちの学校指定のワンピース型スクール水着を着用し、ゴーグルまで付けた金髪ボブカットの女の子だった。
これが本当のマグマダイバーだ。




