瞬く間のうち ▼ タービュランス
「くそがッ! 四親等つーことは結婚できるのか! やっぱりやましいじゃねぇかゴラァ! 妬ましいじゃねぇかゴラァ! 羨ましいじゃねぇかゴラァ!!」
「それに加えて初恋の人だとッ! なにがやましい関係ではないだ! 騙しやがって、死刑確定じゃねぇかッ!」
「この学級にハーレム王国を築こうとするだなんて、ゲス野郎め! もう二度と口きかねえからなッ! いや、一生口をきけない体にしてやっからなッッ!!」
神妙だった態度を一変させて、寿志川久二を筆頭にヒートアップしていくクラスメイトたち。彼らの手にはハサミやカッターナイフ等々、人を殺せるタイプの刃物が握られている。刺し違えてでも裏切り者を仕留めようとしているらしい。
くそ、従妹は四親等だったのか、知らなかったぜ。
「……大毅、私たち結婚できる」
物騒な得物を取り出す男たちも男たちだが、月雲は月雲でおぞましい言葉を口にしていた。
そんな中――男子生徒をかき分けて、指をさしながらこちらへずんずんと歩いてくる少女がいた。
「どうやら、その痴女はあんたに好意があるみたいねッ!」
――江本さんだ。彼女が歩くと弾けるように男子生徒は道を開ける。神々しく俺たちの前に君臨した江本さんを見て、月雲は意気地をなしたのか背中にサッと隠れた。
「……大毅、この人、怖い」
「……ア?」
江本さんが冷酷な眼差しで月雲を見下ろす。
「ナニコイツ、カマトトブッチャッテ……」
ついに江本さんの口調から抑揚がなくなった!
これはフルスロットルの前兆だ!
「ああああああああああッ! こいつムカつくわッ! 大毅のことなんて、ゴミ屑だでホントもうどうでもいいけどッ! 私の代役に選んだのがコイツだってのがいただけないわ! しかもなに!? 恋人気取っちゃって、従妹だかなんだか知らないけどさ、あんたが大毅のなにを知っているっていうのッ!?」
「私、大毅のこと、たくさん知ってる……!」
どうしてだか、ムッとなった月雲が一歩踏み出した。
「はあ!? 私のほうが知ってるのよ!」
「……大毅のことなら、私の方が知ってる……!」
なんだろう、この奇妙な展開は……。
「幸せ者だなぁ! テメェはよぉッ!」
祝福するといった朗らかな笑顔で、ヘッドロックをかけてくる悪友の寿志川久二。さすがに命を取るまではせず、ある程度の手心は加えてくれているんだろうけど、どうしてだか頭蓋が割れるように痛い。十個の部活動をかけ持ちしているコイツの腕力は異常に強いのである。やはり油断ならない男だ。
「胃がよォ! 胃がよォ幸せなやつをみてるとムカムカするんだよなァ! 江本都華咲の心をつかんだ代償、加えて、とても可愛い従妹と淫らな関係にある代償として、一本くらいへし折ってもいいよなァ! “首の骨”一本くらいならいいよなァ! この裏切り者がァッ!!」
前言撤回、こいつには確固たる殺意がある。
こうなりゃ、力で沈黙させるしかねえ……!
「破ッ!」
「ぐ! さすが腐っても大毅だ! やってくれるじゃねえか!」
久二のかけたヘッドロックを軽く解錠して、顔面に容赦なく裏拳を叩き込んでから、俺は前方を向く。
教室の中央では、江本さんと月雲の殴り合いのインファイト……ではなく、むしろ殴り合いよりも恐ろしい罵り合い(一方的な)が……俺をテーマにした恥ずかしい口論(一方的な)が繰り広げられていた。
「大毅ってばね、照れた時はね、見た目によらず顔を真っ赤にするのよ。ちょっと甘い言葉を投げかけただけでたじろいじゃってさ。すぐに鼻の下を伸ばすの」
というか、なに言っちゃってるの? 江本さん?
ほお……と、教室の方々から歓声があがる。
江本さんが俺のことをよく観察してくれていたのは嬉しいけれど、そんなことをクラスメイトの前でさらされると、いかんせん恥ずかしくて今すぐにでもこの教室から飛び降りたくなる。
ハハハ、江本さん、きっと分かってやってるんだろうなー……。
「私がちょっと腕を持ち上げただけで、チラリと見える脇に焦点を当てるような純情で可愛いド変態なの! 学校にまでエロ本を隠し持ってくるくらいのド変態なの! こんなこと、発情期を迎える前の大毅しか知らないアンタは考えもしなかったでしょう!」
「江本さん! これ以上はやめてくれ!! 生きていくために必要な精神を失っちゃいそうだから!」
そんな思惑のもとで腕をあげていたのか、道理で脇チラチャンスがやたら多いと思ったぜ!
「大毅という男はね、関節キスすらする勇気のないヘタレなの!」
くそう! すべて事実だから否定できない!
「江本さん!! もうやめてくれぇええーーーーッ!」
「あいつはああ言ってるけど、本当は罵られて喜ぶド変態なのよ!」
あれ? どさくさに紛れて事実無根な捏造も入ってない?
万が一、誤解を招かないようにここで明言させていただくが、俺こと木更津大毅は女性から罵倒されて喜ぶようなド変態ではない。
天地神明に誓えるさ、俺はドエムではないと……!
ああ……と、教室の方々から歓声があがった。
「おいテメェらッ! 残念そうな目で人のことを見るなッ! 得心がいったと言わんばかりに嘆息するなッ! くそう! 二人ともやめてくれ! こんな醜い争いがなにをもたらす! 江本さん! やめ……! やめてくれ!」
「これで分かった? あんたの知らないこと私はたくさん知ってるの! あなたはお役御免よ、だで早いとこ自分のクラスへ戻んなさい! この、根暗少女!」
ちょびっとだけ罵り癖のある江本さん、エンジンがかかると彼女の顔はすっごく輝きだす。こうなったら彼女の暴言は止まらないことなど誰でも知っているから、誰もが止めようとしない。なにより罵倒ゼリフを吐き散らすと彼女はより一層美しくなるため、ほとんどの生徒が見とれてしまうのだ。
月雲の鼻先に指をつきつけて、江本さんはさらに毒を吐き散らした。
「あんたさ、休み時間のたびに教室はいってくるけど、あれれ~、もしかして友達いないんじゃなーい!?」
「……っ!」
「あ! 本当にそうなんだ、可哀想にね~! 知り合いが大毅しかいないなんて、そりゃ毎時間会いたくもなるわ! 一番大事な自己紹介もしかして失敗しちゃったのかしらん!? ふふふ、あんたにはお似合いよ~! 三年もの長い長い月日、ドブ色の学園生活を送るといいわ~!」
図星だったらしく月雲の背中がぷるぷると震えている。
さすがに可哀想だと思い始めてきたので、月雲を援護してやろうと近くによった。
「そりゃそうよね、人に好かれるはずないもんね~。あんたみたいな、ど・へ・ん・た・い」
と、その時――。
「……ふん」
滅多なことでは感情を表にしない月雲が口元をゆがませて小さく鼻で……嗤った?
「こほん、大毅は――」
「……な、なによ?」
月雲は演説するかのように咳払いをいれたあと、まっすぐと江本さんに顔を向けてしゃべり出した。
「――昔、ペットボトルのキャップに名前をつけてた」
「…………!?」
「…………!?」
「「「…………!?」」」
「それも一つや二つじゃない、何百個のペットボトルのキャップを蒐集して、一つ一つに名前をあてがっていた。なんならその時の写真を見せてあげてもいい」
先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように、静まり返ったクラスメイトたちが俺へ視軸を置いた。
「お前……ばかな、どうして……それを、知って……」
予期せぬ相手からのボディブローごとくの暴露発言に、俺の頭は途端真っ白になる。
両親しか知らないはずの俺の秘密だ。両親が他界した今、誰も知らない秘め事となったはずだ。なのにどうして――。
まさか生前の母さんが長野の叔母さんにしゃべったところから情報が漏れたのか……! 親戚間をつなぐ情報網は思いのほか太い……!
「長野に来た時、大毅は自作のカードゲームを畳に広げて一人きりで遊んでた。オリジナルのルールを作っていた。それに一緒にする対戦相手なんていないから、一人きりで慌ただしく戦っていた。畳の上を行ったり来たりしていた」
俺の過去を知ってか、江本さんが大きくたじろいでいた。
「そ、そんな……の嘘よッ! だって、大毅はおおらかで、活発で……スポーツ万能な……あの大毅が……そんなに陰気なわけ……」
「大毅は、小学生三年生なのに、お母さんのおっぱい揉んで喜んでたらしい」
「「ぎゃああああああああああああああッッッッッッッ!!!!!」」
俺と江本さんは声を揃えて、教室内に絶叫を轟かせた。教室内はもはやひっきりなしなパニックに……。男子生徒、女子生徒の悲鳴が入り組んだ合唱が奏でられる。
「い、いやいやいやいやいや、で、でもよ、小三で母のおっぱい揉むのは普通じゃ……」
「「「…………マジかよ……っ!」」」
……ないみたいだな。クラスメイトの冷たい目で分かった。
「……大毅の――」
「な、なあ、月雲! もうやめてくれ!」
「…………だ、だいきの――」
人前だから緊張しているのか、月雲の体と声は小刻みに震えている。こんな大人数の前でしゃべることなど慣れていないのだろう。
それでも――
震えながらも――
逃げ出したい思いに駆られながらも――
逃避したい気持ちを堪えて――
――必死にまくしたてる。
月雲――お前ってやつは――
――なんて迷惑な根性だよォ?!
「おい、月雲、これ以上俺の過去を暴露するのは……」
「大毅の――オチ●ポは七年前アメンボサイズだった。それと大毅は小三でオ●ニーを覚えたらしい」
「ぐはああああああああッッッッッ!!!!!!」
なんで――どうして――なぜ――そんなことまで知っているッッ!!
「だ、だだだだ……」
横を見やれば江本さんの整った美顔がゆがんでいた。江本さんがこれほど狼狽えている姿など一度も見たことがなかった。
それが――破壊的魅力系女子、江本都華咲が喫した初めての敗北だった。
「大毅のばかああああああああああああッッッ! 死ねぇええええええええええええッッッ!!」
そう絶叫を轟かせると、涙を顔いっぱいに湛えた江本さんは教室から走り去ってしまった。
アハハハハハハハハ……。
これ多分、取り返しつかない。
次回
「早く打ってよ ▼ フルストップ」




