二度の修羅場 ▼ ノーブレス
俺は二学年、月雲は一学年、学校での俺たちの関係は先輩と後輩だ。月雲を職員室まで送ってから、俺は一人、二年四組の教室へ入る。
「…………」
クラスに咲いた一輪の華、破壊的魅力系女子、江本都華咲に触れたことによって、友人たちから絶交宣言を受け、教室内で孤立してしまった俺は退屈な時間をすごす毎日を送っていた。
「…………」
他にやることが見つからず、らしくもなく次の授業の予習したり、三年くらい前にブームだった興味のない文庫本を手にとったり、もしくは机に突っ伏して寝たふりを決め込んだりする。
「…………う」
――いかん、なんか涙が出てきそうだ。
江本さんとつき合い始めた三日前からずっとこの調子だった。騒がしい教室内で一人きりでいるのは、想像していたよりかずっと寂しい。今までは江本さんとの時間があったから良かった。今となっては江本さんという心の支えを失ったことで、その寂しさは三倍増した。
「……大毅」
「……ンだよ?」
だから――毎時間授業が終わるたびに俺の教室にやってくる月雲美露の相手をするのも、正直なところ、やぶさかではなかった。三限目の数学が終わった時もまたテクテクと俺の席まで歩みよってきた。
「“放課”になるたびにお前この教室くるんだな」
「……放課? 大毅、放課ってなに?」
言葉の意味がわからないのか、月雲はきょとんと目を瞬いた。ああ、そうか。『放課後』という言葉は全国的に知られているけれど、『放課』は愛知独特の方言なんだよな。
「授業と授業の合間にある休み時間のことだよ。こっちではそう言うんだ」
今でこそ慣れたものだが、俺だって東京から愛知へ引っ越したばかりのころは独特の呼び方に戸惑ったものだ。
「……ん、わかった。覚えとく」
と、月雲が頷いたのを合図としたように――
「っうがあぁぁあああああああああッッ!」
――一人の生徒が教室の真ん中で天井へ向かって咆哮した。それと、どういうわけか俺たちのことを指さしている。
「もう我慢なんねえッ! 木更津大毅ッ! テメェいつまでも調子乗ってんじゃねぇぞゴラァ!!」
“元”悪友の寿志川久二だ。ツンツンと逆立った髪が特徴の見た目も口調もチンピラ風な男である。
久二の声を皮切りにし、あたかも暴行を加えるといった風にクラスメイトたちがゾロゾロと俺と月雲の周りを取り囲んだ。
「うるせえな、久二。そして寄って集ってなんのつもりだテメェら、俺のことシカトするんじゃなかったのかよ?」
久二がグイッと青筋を立てた顔面を近づけてくる。ので――ゴツン――仇敵同士のいがみ合いを始めるように、俺たちは互いのデコとデコとをぶつけ合った。
「おうおうおうおう! おうともよッ! 二年四組、男子一同、一致団結してお前を無視しよう、そして一瞬でも隙を見せたときに一斉に襲ってしまおう、そう決めていたんだがッ!!!」
「はっ! なに言ってんだか知らねえが、テメェらが悪逆無道な連中だってことはよーっく分かったぜ!! それで、どうしてテメェらはそんな慌てていやがんだッ!!」
「うるせぇ!! オレたちゃ思いがけない伏兵にたじろいでいるところだゴラァッ!」
「伏兵だぁ? なんのことだかわからねえ――よッッ!!」
俺は押し倒そうと力を加えた。その時、久二の横から新見が勢いよく飛び出てきた。
「なあ、大毅、その子誰だよッ! 放課ンなるたびにお前に会いにくる可愛い子ッ!」
凄まじい剣幕で殴りかかってきたので、身をひるがえして攻撃をかわす。こんなヤワな攻撃でくたばる俺ではない。情け容赦なく迎撃を加えた。
「説明しろよ! 場合によっては裏切者を殺さなくちゃならなくなる!」
この間までは天然パーマ仲間であったはずの長谷川が飛び蹴りを繰り出した。奇襲だとはいえ――遅い、遅すぎる。手心のない裏拳でつき飛ばす。
「そうだぜッ! ッざっけんな! 鬼畜野郎ばっかし、いい思いしやがって! 爆ぜろ! ボケ!」と普段は大人しい寺岡までもが同調……もとい発狂している。裏拳をお見舞いする。
ああ、なんだそういうことだったのか――向かってきた奴ら全員を仕留めたのちに、ようやく理解した。
――コイツらが怒り猛っているのは月雲がそばにいるせいか……。見た目は可愛いからな、月雲、見た目だけは。
モテない野郎どもが俺が月雲と一緒にいることを嫉妬しているのだろう。もっとも、モテないという分野においては俺も人のことは言えんが……。
「はいはい、シカトしてりゃいいじゃねぇか、俺のような裏切り者のことなんざ……」
ズバリ言えば、優越感に若干ひたっている俺だった。
「そうは問屋が卸さねえんだよ! その子を……紹介しやがれ、ゴラァ!」
さすが久二だ。俺の攻撃を受けてびくともしていない。
「ふん、テメェみたいな危険人物にみすみす教えるつもりはねぇよ!」
俺たちが派手な殴り合いをおっ始める中、人見知りな月雲はといえば多数の男子生徒に囲まれ、顔を蒼白に染めていた。
「大毅、テメェ、“江本さん”とつき合ってんだろッ!!」
「うぐ……っ!」
久二が放った一言で精神面に甚大なダメージを被る。
「破壊的魅力系女子と交際しておきながら、余裕綽々とオカワリしてんじゃねェぞゴラァッッ!」
「ぐ……ぐぐう」
とはいえ、久二の精神攻撃は別段卑劣な行為ではない。単にクラスメイトたちは、俺が江本さんに失恋したことを知らないだけだ。
昨晩、俺の立てた当初のプランでは、土下座でもなんでもする覚悟で江本さんとすぐにヨリを戻すつもりだった。
だから――一度、「フラれた」と明言しておきながら、すぐにヨリを戻すといった火に油を注ぐような真似をクラスメイトたちにしたくなかった。そのため、かすかでも復縁の希望がある限り、クラスメイトたちに明かすつもりはない。恥ずかしいからという理由もある。
そんなプランが狂いに狂って、三限目が終わった今でも江本さんと接触できずにいた。というよりも、江本さんは明らかに俺のことを避けているし、休み時間になると月雲が現れ邪魔される。事情が縺れに縺れて現状に至ったわけだ。
久二に胸ぐらを掴まれたまま江本さんの方をうかがうと、後方の席で頬杖をついた彼女は俺のことをジト目で睨んでいた。
ちくしょう、この教室に俺の味方はいないのか……!
「さあ答えろ、お前たちの関係を! 前科は一犯かッ!? それとも二犯かッ!?」と久二の鋭い怒声。
「俺たちの……関係……?」
そうか! ここで俺と月雲の二人がやましい間柄でないと公言しておけば、ずたぼろに切り裂かれてしまった俺と江本さんの関係を取り戻せるかもしれない!!
よし、そうと決まれば――。久二の拘束を振りきって、椅子の上に立ちあがった。
「ちょうどいい機会だ、みんな、落ち着いて俺の話を聞いてもらいたい!!」
苛立たしげな“元”級友たちの顔を順々に見回し、たっぷりと間を開けてから一息でまくしたてる。
「この子は月雲美露っていう女の子だが、俺とコイツはお前らが考えてるような関係ではない! 苗字は違うけれど歴とした俺の従妹だ! 今日からこの高校へ通うことになった“従妹”だ! 分かるか“従妹”だ! じゅうまいだ! じゅうまい! つまり“三親等だから結婚は不可能”だ! はははははッ! だから俺たちの関係にやましいことはなにもないんだッ! なぜならば! ただの従妹なのだからなッ!」
俺の言葉を受けて、黒魔術から解放されたようにだんだんと鎮静していくクラスメイトたち。
「……そうか、三親等か……じゃあ結婚できないな!」と新見。
「……結婚できないなら……やましいことはなにもないな!」と長谷川。
「……やれやれ……結婚を前提にしたおつき合い以外は考えられないからな!」と寺岡。
思惑通りだ――。“恋愛経験皆無だからこそ”コイツらの恋愛観はとっても重たい。
クラスメイトたちの顔に穏やかな色が見え始めていた。無論、俺はコイツらと仲良くなりたいわけではない。目的は別にある。
江本さん……――これで分かってもらえただろうか?
期待しながら江本さんの方へゆっくりと視線を投じた。
江本さんは――。
「それで――“初恋の人”なのよね」
江本さん――声音が一オクターブ低いよ。
「それに――従妹は四親等よ、ばか」
まるでトロンボーンの音色のようじゃないか。
シャキン――教室の方々から得物を取りだす金属音が鳴り響いた。
「「「なんだ……。結婚できるのか……!」」」
……え、あの……刃物はダメじゃないか?
続きます。
「瞬く間のうち ▼ タービュランス」




