不埒な果実の ▼ マイクロスイッチ
そうこうしているうちに(または気絶から目を覚ました時には――というのが正しいかもしれないが)登校時刻となった。始業までには時間があったのだけれど諸事情があり、余裕を持たせて家を出ることにする。
「くそ……いてぇ、まだ頭がいてぇ。まさかあの短期間のうちに口内炎が三つもできるとは思わなかったぜ」
「……私、四つできたよ」
などといった口内炎自慢トークを繰り広げながら俺たちは二人並んで学校を目指す。目的地である溝川橋高校は俺のマンションから歩いていける距離にあった。
かかる時間は徒歩で十分くらいだ。そのため、二三分歩いただけで坂道の上部から校舎のてっぺんが顔を覗かせるのだが、その坂こそがなによりも難敵だった。
傾斜角が二十五パーセントはゆうに超えるんじゃないかと思えるほど傾いており、歩いて登るだけでも足腰の負担が半端ではない。生徒たちから「閻魔の坂」とも呼ばれるこの坂道は、門前払いするかのごとく数多くの遅刻者を泣かせてきた。噂によれば途中で登るのを諦め、欠席した者までいると聞く。
特に気絶起きの体で傾斜した坂をのぼるのは、なかなかにきつい。普段こまめに体を鍛えている俺ですらこんなにキツいんだから、それが女子となれば尚さらだろう――と隣を見れば、こんな坂道など苦にもしないといった風に月雲はヒョコヒョコと歩いていた。山育ちであるためか意外と健脚の持ち主だ。
陽光に照らされた月雲はスカートをひるがえし、コイツにしては楽しげな表情をしながら坂道を登っていく。また転校初日といった初々しさもあり、今の月雲は色んな意味でキラキラと輝きを放っている。
――が、心を落ち着かせてよくよく見ると可憐なのは外見だけであり、中身はやはり月雲だった。この登校風景を実際に見てもらえれば、誰も彼も猫もシャクシも変質者だと認めるはずだ。
とことこ、シュタ!
「…………白」
「…………」
とことことことこ、シュタ!
「…………青と白のストライプ」
「……なあ、月雲」
とことことことことことこ、シュ……。
腰をかがめた不恰好な姿勢で月雲が俺を見上げた。
「……なに?」
近よりがたい(たくない)真剣な声色だ。
「俺にはお前が、風が吹くたびに女子生徒のスカートの中を覗こうと腰をかがめているように見えるんだが、気のせいか?」
「……いや、気のせいじゃない。私、風が吹くたびに女子生徒のスカートの中を覗こうと腰をかがめている」
常々変態だ変態だとは思ってはいたが、なぜ女子生徒のスカートの中を覗いているのか……意味が分からない。……いよいよ理解できない。どんな原理のもとに行動しているんだろうかと、興味すら湧き出す始末だ。
「……はぁ。なんでだよ……?」
「ズボンはいている人間のパンツは、物理的接触をしないと拝めない。だから必然的に妥協案が採用された」
「悲しきかな……お前も相手も女子生徒だぞ。女子高生が女子高生のスカートの中覗いて、なんの得がある?」
「…………大丈夫。私、“両刀”だから」
「一般的な基準でいえば、それ大丈夫じゃないからなっ!」
「……ある人の影響で両刀になった」
「だれだっ! ンな悪影響をお前に及ぼしたのはっ!!」
「あの人は私の理解出来ないレベルの人。私より超弩級な奇人。ドン引きレベルの人間」
「ば、ばかなっ! そんな人間が存在してたまるか!」
まぁ――さすがに月雲を上回る変態がいるとは思えなかったので、今の発言は月雲の冗談だろうと受け取った。
つうか――自分が変態であることに、ちょっとは自覚あるんだな。
とことことことことことこ、シュタ!
「………………せ、清楚な見た目のわりに……過激な紫。……淫乱女の可能性あり」
毎度のことながらコイツにつき合っていられない。
そうだ、もう放っておこう。
片目だけを閉じて視界の左半分にあえて死角を作り、月雲の姿を視覚から消失させた。チュンチュンとさえずるスズメの声に聴覚を没入させる。こうやって、彼女の言動はことごとく無視してしまおう。
これで安心かと気を抜いた矢先、月雲が制服の袖を引っ張ってきやがった。
「……なんだよ?」
「……どこに行くの? 学校はあっちじゃ……」
「いやな、これから俺は淡い希望を拾いに行くんだ……。淡い淡い希望をな……。なんならお前は先に学校行ってもいいぞ」
いつもあの子が待ってくれている駅前のコンビニ――江本さんとの待ち合わせ場所に立ちよってから学校へ行こうと決めていた。俺の足は学校とは別の方向へ向けられている。
俺たちはどうせすぐにバレるだろうという思案のもと、交際していることを隠蔽せずに、俺たちは仲むつまじく学校へ通うようになった。そう、早く家を出た理由はここにある。九割九分九厘の確率で待ち合わせの場所に江本さんがいないと予想されるが、それでも確かめるくらいはしたかった。
「……嫌。私、大毅についてく」
「いいのか? 昨日会ったお姉さんがいるところへ向かうんだぞ?」
「……分かった。私、先に学校行ってる」
昨夜のこともあって人見知りの月雲は江本都華咲に恐怖心を抱いているようだった。相変わらずのビビり具合だ。こんな調子で転校初日、本当に大丈夫なのかと心配になってくる。それに――。
「おい、ちょっと待ちやがれ、月雲」
「……なに?」
「……そっちじゃない。学校は真逆だ、見えてんだろ、あの建物だよ。今までずっと坂道上ってきたのに、どうしてまた下ろうとするんだ?」
コイツもしや……変態なだけではなく料理音痴な上に方向音痴でもあるのか。
もしそうだとすれば――なかなかに救いようがない!
「ああ、もういいや。……お前も一緒に来い」
月雲を一人にしておくことが出来ず、結局俺は連れていくことにした。
そうして俺たちは江本さんとの待ち合わせの場所まで足を運ばせてから――――…………………………………………………………………………――――学校へ向かった。瞳からこぼれた雫を誰にも見られないよう指先でそっとぬぐいつつ――。
「……あの人、いなかったね、大毅」
「……グ、せっかくごまかそうとしたのに口にするんじゃねえっての!」
次回から新キャラクタが登場します。
彼の特徴をひとことで述べますと――変態です。
よろしくお願いします。
「爽やかな鉄拳 ▼ ノンシャラン」
明後日。




