07
「では、また近いうちに会いに来るよ。シスターマリア、今日はありがとう。おや……年明けの鐘の音だ。今年もよろしく」
「レオナルド公爵。こちらこそ、今年もよろしくお願いします!」
年明けの鐘が鳴り響く中、レオナルド公爵と新年を迎えて上機嫌のヒメリア。
だが新年早々、修道院は大忙し。
神様へのお祈りに訪れる人々の対応、今年の運勢を神様の言葉で導いてもらうフォーチュンクッキーの配布、孤児院の子供達との交流会など。
暖炉の熱であたたかな空間の談話室では、フォーチュンクッキーを配布中。ボックスの中から多数あるフォーチュンクッキーを無造作に選び、ワクワクしながら包みを開ける。クッキーに挟まれた小さな紙にはありがたいお言葉があるはずだ。
「シスター、ハッピーニューイヤー! 今年のフォーチュンクッキーちょうだい」
「ハッピーニューイヤー。じゃあ、この箱の中から選んでね」
孤児院の子供たちも列を作り、次は小学校高学年の男の子の番。ガサガサとフォーチュンクッキーを選ぶと、何やら不満げな表情。あまり嬉しいお言葉では無かった模様だが……。
「えぇと……勉強に励むと吉、遊びはほどほどにしましょう。夜更かしは禁物です……って、何これ? これ神様の言葉じゃなくてシスターが考えたんじゃないの?」
「ふふっ。どうかしらね? 一貫校への受験の許可を貰えたんでしょう。でも、夜更かしは健康にも影響するから早く寝なきゃダメよ」
「はぁい。あーあ、けど、そろそろ孤児院を卒業して全寮制の学校を受験する時期なのか。受かるかなぁ? このまま孤児院に残ってチビ達の面倒を見た方が幸せかなぁ」
中央大陸では、孤児院からも成績優秀者は中高一貫の全寮制学校に通うことが出来る。教会は学校では補いきれない知識をサポートする意味もあるのだが、それはいずれ孤児院で育った他の子供達との別れがやってくることも意味していた。
(私が修道院に入ってから、孤児院の子供達の中で卒業する子もいたけど。今いる全員が巣立つまで私はこの仕事を続けられるかしら?)
こうして慌ただしく正月は過ぎていく。毎日が行事の連続で、あっという間に一月七日になってしまった。
ようやくの夕刻の休憩時間に、カレンダーを見つめてヒメリアことシスターマリアはため息を吐いてしまう。現在休憩中のシスターは三人、チャイティーとビスコッティで小腹を満たして、少し休んだら次の仕事をしなくてはいけない。
「もう一月になってから一週間が経ってしまうのね。今年はいつもより年初めのイベントが多かったし、日曜日と重なっているからお祈りに来る人の対応と被ってしまったし。何だかずっと休めない一週間だったわ。シスターマリアはどう思う?」
「主は人々の暮らしに安息日を設けるように……と日曜日はお仕事を休んでもいいという決まりを作ったのに。神に使える修道女には安息日なんかないのかしら……とこれじゃあ主への愚痴になってしまうわね。いけない、いけない……!」
ヒメリアはまだ見習い期間のシスターだが、修道院で年末年始を過ごすのは初めてではない。けれど、前回の年末年始よりも今年の方が精神的に疲れてしまったのは何故だろうかと、ふと思いを巡らす。
「そんなことないわよ、二人とも。今日の夕飯の献立は、東方由来の七草粥。お祭り騒ぎで疲れている胃腸を休めるためのとっておきの薬膳なんですって。せめて、お腹の中は安息日を設けてあげないとね」
「七つの薬膳が一度に味わえるってこと?」
「実は身近な大根とかも、七草の一つらしいわよ。私達、気づかずに薬膳料理を食べていたのかも。夜のお祈りが終わったら、みんなで頂きましょう」
夜半、シスター達はオートミールやシリアルとも異なる東方の伝統料理『お粥』を初めて実食。
(東方の七草粥、疲れた胃にしみて心まで癒されるわ)
最近は東方地域とも交流を深めていて、さまざまな未知の料理も紹介されるようになった。今回の七草粥は健康の伝統行事のようだし、まだまだ知らないことだらけだと思い知らされる。薬膳のおかげなのか、風邪を引きそうだった体調もすっかり良くなり久々に安眠出来た。
* * *
翌日、ようやく正月ムードが落ち着き朝のミーティングでは今後の予定表が配られた。
「今月初めは新年の行事で大変でしたが、今週はちょっとだけ落ち着きます。ただし、翌週は来訪者が多いのでまた忙しくなりますよ」
「教会の入り口に飾るマリア像設置の相談、ペリメライド国出身のレイチェル嬢が来訪。翌日はレオナルド公爵が今年初めての視察訪問、どちらも担当はシスターマリア。子供達へのお話し会はその後が良さそうね……」
去年の終わりにもレオナルド公爵は視察に来ていたので、ヒメリアは辛うじて平静を保ていた。年末ということもあり、それほど長い時間滞在出来なかったが。多少なりとも、顔を合わせる機会が増えるのは意味があるのだろう。だが、花嫁候補会で一緒だったレイチェル嬢がやって来るという情報は初耳である。
「レイチェルさんといえば、ペリメライドの博物館経営の御令嬢だけど。今は大陸で古美術について勉強しながら、新人彫刻家が手がけた聖像を紹介する仕事もしているのよね」
「ゲスト二人はシスターマリアとご縁が深いし、レイチェル嬢に会うのは久しぶりなんじゃない? いろいろ思い出話に花を咲かせるのもいいと思うわよ」
「ええ。花嫁候補会時代にはあまりいい思い出はないけど、レイチェルさんは子供だった私に優しくしてくれたわ」
そして、彼女はヒメリアだけではなくフィオにも親切だったと胸がチクリと痛んだ。タイムリープを共に経験した戦友でもある。
――まだ因果の糸は完全に切れていないと、ヒメリアは心に思うのだった。




