02
「ご機嫌如何ですか、クルスペーラ王太子様」
「ああ、それなりだ。秘密の見合いの話さえなければね」
「それはそれは……」
大陸よりはるばる、新たな見合い相手を連れてきたという使者が来訪した。
気分が乗らないのかクルスペーラ王太子は、未だ見合い相手の令嬢を部屋に通さない。風に当たりながら、王宮のテラスから見える自慢の我が国の様子を眺めていた。本来的な人口はそれほど多くない島だが、美しい海の恵みや果実、癒しを求めて観光客が絶えない。大陸からの船は一日に三回ほどで多くはないが、よほど天候が悪くない限り定期的に物資が届き、人々がやって来る。
リゾート地として少しずつではあるが、他国で有名になって来ているのは明白で、観光による収益は島を支える柱と言えるだろう。
「こうしていると、本当に平和そのものの国なのだがな。一体、何をそんなに悩んでいるのやら」
「国の行末、国民が満足しているか……そして、納得のいく花嫁を選べるか。でしょうか」
「その提言のためにわざわざ花嫁候補会のまとめ役が来るなんて。今更……」
花嫁選びのために花嫁候補会を作り、島の若い娘たちを教育してきたが、ほとんどの者が不思議な呪いで脱落した。クルスペーラの王太子の記憶では、行方不明になった者までいたはずだ。
今では候補者はほとんどおらず網元の子孫であるヒメリアのみが残留した。
「ヒメリア様はとても美しく優しいお方です。しかし、彼女ではこの島を牽引することは出来ないでしょう。なんせ、この島は赤毛の魔女に呪われていますからな」
「その赤毛の魔女こそがこの国の初代女王陛下であるともっぱらの評判だ。即ち、オレのご先祖様でもある」
民をいつでも見守れるようにと、高台に位置する王宮は二重の城壁に守られている。伝統の馬車が行くのは整備された石畳の道。全ては、初代女王が島の富を集めて国民一丸となって作ったもの。
しかし、タブーとして揉み消された記録では国民はよそから嫁いできた初代女王に反発し、酷い形で処刑したともされている。
「長い間、この島は伝統に縛られてきた。建国のきっかけを与えてくれた中央大陸から花嫁を貰い、間接的に支配され続けている。事実上の植民地のような扱いに、オレは反発を覚えている。ペリメライドは、この国の将来の王は……オレだ」
「しかしながら、病弱な現在の王妃様に体調を崩されていた国王陛下をサポートしてくださったのは中央大陸であることも確かです。今回の花嫁選びもやはり伝統に則って大陸からの花嫁が良いかと」
「もう、我が国の民はヒメリア・ルーインが花嫁に決まったと信じているが」
南国特有の暖かな気候は人々の心も穏やかにするようで、咲き誇る花のように笑顔が絶えない。国民の笑顔を絶やさないためには、相応しい王妃が必要だ。そんなことはクルスペーラ王太子も、花嫁候補会のまとめ役も分かりきっているはず。
「まぁフィオナ嬢に会えば、きっと気に入りますよ。色とりどりの果実を選ぶように、本来は花嫁を選び放題だったはず。最後に残された果実を味見してみても罰は当たりません」
使者は笑って赤い果実をクルスペーラ王太子に差し出す。
古くから自生する果実は人々の喉を潤し、心も潤す。女性を果実に例えるのもどうかと思ったが、この島に必要不可欠な存在であることは確かだった。
「罰が当たらないようにと、大陸のレオナルド公爵から魔除けのアミュレットが送られてきたのだが。赤毛の魔女の魔法にかからなくなるのだとか」
「レオナルド様は少しばかり変わっていらっしゃる。彼も赤毛の魔女の子孫のはずですが、自らの血に複雑な想いを抱いていらっしゃるようだ。このアミュレットは、博物館の保管室に預けておきましょう」
十字架のアミュレットは素早くクルスペーラ王太子の手から離れ、丁寧にアミュレット用の小箱に収められた。あまり得意ではないレオナルド公爵からの贈り物だが、クルスペーラ王太子の身を案じての贈り物なのも事実。あっさりと手放してしまったことを後悔しつつも、不思議と心の中では迷いが消えていった。
* * *
その日の夜。
噂に違わぬ傾国の美女が、クルスペーラ王太子の部屋のドアをノックした。
例の赤い果実を味見することにしたのだ。
「キミが、フィオナ。フィオナという名には聞き覚えがあるのだけれど。オレはその令嬢に会ったことがあるのだろうか。頭に霧がかかったように記憶が曖昧なんだ。何かとても大切なことを忘れているような……」
「お可哀想な王太子様。忙しさから、きっと記憶違いを起こしているのね。今はまだ王太子様というお立場ですが、国王になってからもそれでは流石に困りますわ」
「済まない、キミほどの美女を誰かと見間違えるなんてどうにかしている」
「ふふっ私がいればもう大丈夫。国民の意識を目覚めさせる者。この島の王たる資格を持つ者は貴方しかいないのですから。さあ、波の音を聴きながら一緒にベッドの海を泳ぎましょう。ぜんぶぜんぶ、受け止めて癒してあげる」
悪魔のように妖艶に微笑むフィオナは、クルスペーラ王太子が一番欲していた台詞をくれた。
国というのは王のチカラだけでは成り立たない。それが島国であればなおのこと。だがそれでも次期国王にこだわるクルスペーラ王太子の承認欲求を満足させるには十分過ぎる殺し文句。
翌日、フィオナは女性としては最高の名誉である聖女の称号を王宮から与えられた。それは、ヒメリアの居場所が島から無くなることを意味していた。




