01
朝を報せる鳥達の鳴き声は、目覚まし時計の代わりだ。島特有の明るい日差しは、カーテンの隙間からも隠せないほど。
だが、ヒメリアの心を目覚めさせるのは日差しでも小鳥の囀りでもない。赤毛の少女の切なる呼びかけだった。
『お早う、女神様。私を見捨てた女神様。貴女は果たしてメビウスの輪のような因縁から逃げられるかしら? 嗚呼、朝の光が闇の魔法を掻き消すわ。もう行かなきゃ……蚕のように繭の中で私は絹になる日を待つ』
『待って、お願い行かないで。誤解なの! 私は赤毛の魔女を見捨てていないわ。だから、これ以上苦しめないで』
『なら、助けてよ。私をあの子を……赤毛の可愛いあの子のことを少しでも覚えているのなら!』
ヒメリアは不安な気持ちを胸に抱えたまま自室のベッドで目を覚まし、解決の見えない四周目を開始した。
「嗚呼、ついに始まってしまったのね。この島の女神様に関する古い古い夢を見たわ。何かヒントになりそうな気がしたのに、肝心なことは何も覚えていないなんて。ううん、時間が経てば何かのきっかけで思い出せるかも」
為す術もないまま、ヒメリアのループは既に四周目を迎えていた。亜麻色の長い髪をくしゃりとかきあげてため息を吐くが、俯いていては何も始まらないと身支度を始める。
ドレッサーの前に座ると、カゴの中に納められた上質な絹のハンカチが目に留まった。この島の特産品で、貴族なら一つは持っている品物だ。
「蚕のように繭の中で、絹になる日を待つ……そんなことを夢の少女は言っていた気がする」
ボタニカルの香りが鼻腔をくすぐる化粧水で肌を整えて軽く薄化粧を施す。大きな瞳はマスカラを少し塗っただけでもエメラルドの宝石のように輝き、頬は柔らかい色合いのチークをうっすらと加えただけで恋を孕んだように色づいた。艶のあるグロスがほんのり含まれた赤いリップは、果実のように瑞々しい。
(似てるかしら。古い女神様の肖像に。どんなに着飾っても、私は誰かの写し鏡なの?)
ハーフアップのまとめ髪は、パールの飾りがポイント。そして、それは女神も愛用していたとされるこの辺りでしか採れない上等の品。淡いピンクの光を放つ特別なパールだった。
さりげなく着飾ってもヒメリアは古い女神の肖像画に瓜二つだ。生き写しのような自分を見つめた後、気分を切り替えて部屋を出る。
食事のために一階へと向かうと、途中で目覚まし役のメイドに遭遇してしまう。
「おはよう、今日は貴女が起こしに来る前に起きれたわよ」
「まぁおはようございます、ヒメリアお嬢様。今日はメイドが起こす前に身支度を全て終わらせてしまったそうで。流石は次期王妃様ですわ! たった一人だけ、候補者に残っただけのことはあります」
「えっ……まだ私が王妃になると決まったわけではないのだけど」
今回のタイムリープの世界線では、まだフィオナが王妃の筆頭候補に名が上がっていないようでヒメリアは驚いてしまう。
「何を仰います! この数年、王妃候補はずっとヒメリアお嬢様一択ではないですか。ご謙遜を……以前はカシス様を始めとするご令嬢も候補者でしたが、それぞれ大陸に出ていきそれっきり。長いことヒメリア様以外の候補者はいないように感じますが」
過去を振り返りメイドの口からは一切、フィオナの名前は出てこなかった。惚けているわけでもなさそうだが緘口令が敷かれている可能性もある。
「ごめんなさいね、まだ実感が沸かないの。カシスお姉様やレイチェルお姉様がいなくなって寂しいのかしら」
「慕っていたご令嬢達が地元に残って居なくて不安になられているのでしょう。美味しい朝ごはんを食べれば、身体にエネルギーが補給されて心も元気になりますよ」
様子を探るために家族との朝食の席でも、それとなく他のご令嬢の様子を訊いてみることにした。
今朝のメニューはメインの肉料理、サラダやスープだけではなく今日はヒメリアの好きなパンケーキが用意されていた。パンケーキを飾る赤いカシスフルーツが居なくなったご令嬢を彷彿とさせて、話題に挙げやすくなる。
「ところでお父様、カシスお姉様は元気なのかしら。大陸に出てから久しいけれど」
「ああ、カシス嬢なら女だてらに遣り手の宝石商として名を馳せているようだよ。なんといっても彼女自身が、宝石に負けず劣らず美しいからね。そんなカシス嬢から、王妃候補の座を譲り受けたんだ。ヒメリアも頑張らないとな」
「そう……相変わらず元気にやっているのね。たまに、居なくなった人達のことを考えて不安になるの。私だけこの島に置き去りにされているんじゃないかって……私も大陸に行ければって」
繰り返される度に、ヒメリアが死ぬまでの残り時間は短縮されていき、幼い頃からやり直すことすら出来なくなっている。
「大陸か。もしかするとヒメリアは、レオナルド公爵様からの求婚を惜しく感じているのではないか。お前が手紙でのやり取りを長く行っているのは、レオナルド公爵だからな」
「えっそんなつもりでは、ごめんなさい」
「心の支えを持つのはいいが、やはりお前はこの国の王妃になる身。そろそろ手紙のやり取りも卒業して、今後はクルスペーラ王太子と二人三脚で向き合っていくと良いだろう」
(お父様は私が、レオナルド公爵への未練で大陸行きを希望していると思っているのね。あら、けどレオナルド公爵から求婚されているルートは残っているということ?)
リセットを繰り返す世界は壊れてしまったのではないかと疑いもしたが、壊れていない部分も僅かながら存在していることに気づく。
自室に戻りライティングビューローの鍵を開けると、引き出しには後生大事にレオナルド公爵からの手紙が仕舞い込まれていた。
「大陸公爵レオナルド様の手紙だけは、ループの干渉を受けていない? なぜ、どうして。彼の手紙の内容は、掻き消された世界の思い出もたくさん詰まっているというのに」
島国ペリメライドと深い繋がりを持つ中央大陸公爵レオナルドからの手紙は、タイムリープに左右されず全てがヒメリアの手元に残っていた。
赤毛の魔女と同じルーツを持つと噂の公爵は、柔らかい外見とは裏腹に消えない情熱をうちに秘めているとされている。残された手紙はその証拠と言わんばかりだ。
『私の情熱の炎は、赤毛の魔女ですら消すことは出来ないでしょう。彼女は魔法使いにとって最も大切な熱意を失っているからです。このレオナルドの熱意が、いずれ貴女に届きますように。時を超えて、未来の妻ヒメリアに』




