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「見つけたわ。生まれ変わっても私を裏切るのね。女神ヒメリーナ……」
「フィオナ、違うわ。私、生まれ変わりなんかじゃ……」
「うふふ……じゃあ、誰の生まれ変わり? 例え生まれ変わりでなくても、ヒメナもヒメリアも女神様の子孫、網元の御令嬢であることには変わらない」
フィオナにはヒメリアの姿が見えているようで、見えていない。ヒメリア自身を認識せずに、ただの女神の血筋のものとしか思っていないのだ。話は平行線で、とてもじゃ無いが言葉で解決出来るような雰囲気ではない。
興奮気味のフィオナに慌てたのか、クルスペーラ王太子が二人の仲裁に入る。
「落ち着け、フィオナ! キミを花嫁候補から外したことが気に入らないのなら謝るよ。だが、この婚姻は国の将来を左右するものだ。中央大陸の公爵にヒメリアを嫁がせて、キミをこの国の王妃にすることは国の将来を案じて出来ない。中央大陸に権力を全て売り渡すことになるからね」
「王太子様、違うわ。この島は中央大陸のものでもなければ、ペリメライド王室のものでも無い。このペリメーラ島はかつて干渉島と呼ばれていた頃から、ずっとずっと女神様のものよ。だから、変えなくてはいけないのっ」
バシュッ!
次の瞬間、ヒメリアの目の前で光が弾けて意識は遥か遠くに飛ばされていった。何が起きたのかは分からないが、おそらくフィオナが手にしていた武器はフェイクで攻撃魔法を仕掛けるのが狙いだったのだろう。
結局、何も解決出来ないまま三周目のループは幕を閉じてヒメリアは時間の揺らぎの中に放り出された。
* * *
タイムリープが始まると、波の音と共に失われた過去の歴史が垣間見られた。恨みの元であろう初代女神と赤毛の魔女の因縁の始まりの記憶だ。
漁師の若者に嫁ぎ女神の力を失っても、ヒメリーナは自分の島を理想郷にすべく全力を尽くした。ある日、島流しの刑で干渉島へとやって来た魔女から、『ここを自分達の居場所にしても良いか』と、質問を受けてこう答えた。
『この干渉島は人間にとっての楽園であるべきなの。恩恵を受けるのは人も魔女も動物も、皆一緒。すべての生き物が平等だと分かる素晴らしい場所にしたいわ』
『本当に……いつか、私の同胞がこの島に訪れても?』
『ええ、歓迎するわ! だって私達はもう同じ島の仲間でしょ』
女神の笑顔を信じて赤毛に魔女は大陸の幼子にいつか島を訪れてほしいと手紙を出す。
この島の青く美しい空と海は全ての人に平等で、檻の中で暗い景色を眺める暮らしとは無縁である。ここは全ての生き物にとっての楽園だと。
だが、幼子が大人になる頃には手紙を寄越した魔女は既に魔女狩りで断罪されていた。手紙は代々赤毛の魔女の一族に受け継がれて、干渉島をパライゾだと信じて渡りたがったが、気がつけば女神は代替わりし、島も鎖国してしまった。
ようやく赤毛の魔女の子孫が偶然の海難事故で島に辿り着いたが、島外の者だという理由で差別に遭う。その後、運良く族長の息子に見初められて嫁ぐが、義父の命令で建国までするとやはり反感を買い処刑される。
そして、今世において。
最後の赤毛の魔女が島に王妃候補として招かれるが、やはり結果は同じ。
それどころか、魔女を救うと約束してくれた女神ヒメリーナの子孫が王妃の座を奪い、赤毛の魔女の居場所までも失わせたのだ。
『この島の何処が楽園なの! 嘘つきっ』
信仰していた女神に裏切られたと泣いて哀しむ赤毛の魔女は、別の見方をすれば誰よりも女神を信じてこの島が楽園であると期待していたのだとヒメリアは思った。
(パライゾ……楽園をパライゾと呼ぶのは、確か東方の隠れキリシタンの風習だと文献で読んだことがあるわ。赤毛の魔女はきっと女神への信仰を人々の目から隠れてでも行っていたのね。女神様なら解決出来るんだろうけど、女神の子孫は私なのよね……ということは?)
これまでのタイムリープでは運命に流されるままだったヒメリアだが、因縁の根源が自らの先祖の女神にあるとすれば、解決出来るのも子孫の自分自身なのではないかと気付く。
(楽園、この島は楽園。女神が所有する楽園に自由がないのなら、やっぱり解決策は……)
「私はやはり、中央大陸に渡るべきなんだわ。どんな手を使ってでも、例え楽園から追放されてでも……。だから、次のループではこの島を出ていけるように仕掛けて行かなくては……」
自分なりの答えが見えたのも束の間、ヒメリアの意識は睡魔と共に失われていった。記憶の海馬を巡るように波の音だけが、彼女を一瞬の安らぎへと導いていった。
「ん……ここは、私の部屋? そうか、ループしているか確認しないと……」
自室のベッドで目が覚めてカレンダーを確認すると、例の花嫁衣装試着部屋事件の二カ月の日付けに戻っていた。
(あと二カ月……たった二カ月だけど、何も出来ないわけじゃない。変えなきゃ、変わらなきゃ……何より私自身が……!)
決意を新たにしたヒメリアは早速、王妃候補から降りて大陸で神学について学びたい旨を手紙に書き、王宮へと向かう。
それはタイムリープの中で初めて、王太子に嫁ぐこと以外の人生を自らの意思で選んだ瞬間だった。
* * *
「再び、時が戻った?」
時を同じくして、中央大陸の公爵にレオナルドもタイムリープが行われたことに気づいていた。島に仕掛けた装置により派遣中の小精霊から収集したデータを解析して、タイムリープ以前の記録を辛うじて知ることが出来たのだ。
だが、そのデータもタイムリープの干渉により架空のものとしてやがて煙と共に消えた。
「如何なさいます、レオナルド様。中央大陸側からヒメリア嬢をこちらに呼ぶ為に求婚しても、クルスペーラ王太子から反発されてむしろヒメリア嬢が王妃に選ばれてしまう。フィオナ嬢は、以前にも増して魔女としてのチカラに目覚めてしまう。島に偵察に行かせている小精霊からの報告が本当ならば、そのような流れですが」
「ふむ。クルスペーラ王太子が、見た目に似合わない反骨精神のある男だということは分かった。いや、そういう男は嫌いじゃないがね。彼も優男に見えて国を背負う覚悟を持っているのだろう。だが、その気質が返って仇になるとは……」
頭を抱えるとはこういうことか、とレオナルド公爵は苦笑いをする。
「レオナルド様……?」
「私もまた赤毛の魔女を引きし者の一人。いつまでも因縁の蚊帳の外というわけにはいかない。船を用意してくれ……! 本当にあの島が楽園と呼ぶに相応しい場所か、この目で確かめにいくとしよう。無事に、辿り着ければ……だがな」
* 次章は、2023年11月開始予定です。




