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幻のダイヤモンドは大陸の宝石連盟から特別に預けられたもので、宝石商としての格が高いことが認められた証だという。おそらく、この幻のダイヤモンドの管理を任されている宝石商という肩書きが、他の商人達から嫉妬と羨望の眼差しを向けられる理由となるのだ。
「オマセちゃんは、宝石にも興味があるのかな? じっと見つめて、どうしたんだい」
「フィオナちゃんは、宝石が好きなの?」
「ああ、クルスペーラ王太子様。それにヒメリア。このダイヤモンドって、大陸だと曰く付きで預かりたい宝石商が少ないんじゃないの? 本当に、この国に入れて大丈夫かなって」
最近まで中央大陸で暮らしていたフィオナが、この幻のダイヤモンドを曰く付きと言っているのだから、それなりに噂や証拠がありそうだった。どんなに毒舌でオマセさんと言われているフィオナでも、非力な小さい女の子であることには違いない。あまり下手なことを言うと、フィオナの身が危ないだろうとクルスペーラ王太子は小声で質問する。
「曰く付き、どういうことだい。カシス姉さんは随分と自慢げだったけど」
「この幻のダイヤモンドの前の持ち主って……不幸な亡くなり方をしているんじゃないかなって」
「前の持ち主?」
正確には宝石連盟の所属者を転々としているのだから、前の持ち主というのは最後の個人所有者のことを指すのだろう。最初はピンと来なかったヒメリアだが、ふと商船を所有する父の話していたことを思い出す。
『いやぁ。王妃様がギロチンに遭った曰く付きのダイヤモンドを運んで、肝が冷えたよ。船が難破したらどうしようって』
ここは島国であるため、海外からの輸送はどうしても海を経由して船に頼らざるを得ない。最近では飛空艇などでも物資を運ぶようになったが、海に囲まれたペリメーラ島では船で品物を運ぶのが一般的だった。
「お父さんが言ってた最近船で運んだ曰く付きのダイヤモンドって、多分あの台座のやつだわ」
「へぇ……私が乗ってきた軍の船と、大体おんなじ時期にそんなものをバルティーヤ家は引き取ったのね。それだけ、大陸と付き合いが深くなったと言うことかしら……」
「我が島の貴族は王家との繋がりが深くて僕とも親戚が多いし、さらに言えば大陸からお嫁さんを貰っているわけで、バルティーヤ家もコネクションはあるんだろう。でも、フィオナちゃんがやって来たあたりなら、フィオナちゃんの面倒を見る役目を見込まれて、その辺から大陸との付き合いが深くなっているのかもね」
まるでクルスペーラ王太子に嫁ぐのは最初からカシス嬢と決まっていて、フィオナは政治的な付き合いで引き取っただけのような扱いだ。
納得がいかないと言う表情のフィオナと、自分のだらしが無い付き合いが外部にも漏れていて頭が痛いクルスペーラ王太子、状況を把握するのでようやくのヒメリア。
ダイヤモンドの見学は保護者が優先で、最後の列だった三人にようやく順番が回ってきた頃には、もう他の人々はダイヤモンドに開きているようだった。お酒を飲み交わしたり、雑談と称して難しいビジネスの話をしたりと、交流を深めている。
せっかくのダイヤモンドが目立たなくなるのはカシス嬢としては悔しいのか、銀色の冠を手にして台座の前で皆に呼びかけ始めた。
「ねぇ、ここにイミテーションの冠があるんだけど、仮でダイヤモンドを嵌めてどなたか試着してみない?」
大胆な発想に会場の人々が、ざわつき始める。殆どが花嫁候補会の関係者だが、その冠はまるで未来の王妃が被るもののように見えた。
「大切な宝石に傷でもついたら、宝石連盟から怒られるんじゃ無いか?」
「けど、仮止めしてみないといざ冠にする際に、困るでしょう。だから、今から試してみてもいいと思うのよね」
流石に幾らするのか分からない高級品を気軽に触りたいと言うものはなく、結局カシス嬢が自ら冠にダイヤモンドを嵌めて試着してみせた。
『おぉっ! 見事なものだ。王妃が被るのに、相応しい輝きだ』
『まるで、カシスお嬢様が王妃になる未来が、決まってしまったようだわ』
頭上に輝く冠と豊満な胸を見せつけるように、我が物顔でパーティーホールの中心で笑うカシス嬢。
(嗚呼、そうだったんだ。カシスさんが最初のループで亡くなったの原因は、このダイヤモンドの呪いを受けたからなんだ。じゃあ、今回のループでもカシスさんは……)
タイムリープの記憶を持つヒメリアは、カシス嬢が最初のループで亡くなったことを鮮明に覚えており、他の人達とは違う不吉な印象をカシス嬢に抱く。そしてまた、因果の果てからやって来た魔女の集合体であるフィオナも、カシス嬢の図に乗る姿を馬鹿な女と軽蔑した目で見つめていた。




