06
バルティーヤ邸で行われた宝石会は幻のダイヤモンドをお披露目したのち、何事もなく無難に幕を閉じた。初日から親しくなったフィオナとヒメリアは、次の約束をしてそれぞれの馬車に乗り込み帰路につく。馬車の中でヒメリアの母親は、バルティーヤ卿から品の良いサファイアのアクセサリーセットを購入して、満足そうだった。
「ヒメリアにも将来のために、ネックレスやピアスのセットを買っておいたから。今から少しずつ揃えていけば社交界デビューした際に、困らないでしょう?」
「お母さん、ありがとう。けど、あの大きなダイヤモンドを本当に冠として使っちゃうのかな。重そうだし、動きにくそうだけど」
「ああいう大きな宝石のついた冠は、殆ど座りっぱなしのお姫様や儀式の際に王族が使うだけなのよ。あの冠をつけてダンスを踊ったり、会場を歩き回ったりはしないのよ」
大きすぎるダイヤモンドは支えになる金属も重いだろうし、ダンスなどはせず動き回らないのを前提に身につけると聞いて、ヒメリアは納得した。
「けど、大人の人達はあのダイヤモンドの呪いのこと、気にならないのかな? 以前の持ち主はギロチンで処刑されちゃったって、フィオナちゃんが言ってたけど」
「……実はね、ヒメリア。大陸で価値が高いとされている宝石の類は、大体がその王妃様の持ち物なのよ。何でもかなりの宝石愛好家で、国民のお金で自分が贅沢をしていたとか。だから、革命が起きて宝石が回収されて、結果としてその王妃様の持ち物ばかりが市場で高く取引されているの。ただ、それだけよ……」
「ふぅん。じゃあ、市場の高いものは殆どその王妃様から回収しているから、呪いを気にする人もいないのね」
(あれっ? でも、殆どの高価な宝石がその王妃様の持ち物なら、他の宝石にも呪いがかかっているはず。けれど、曰く付きとして有名だと言われているのは、あのダイヤモンドだけ。何でだろう)
実のところ、王妃様がギロチンに処せられたときに王族としてのせめてもの見栄として、身につけられることが赦されたのが幻のダイヤモンドの冠だった。王妃の首が落ちる瞬間に冠からダイヤモンドが外れたとされており、その逸話が『曰く付き』『呪いのダイヤモンド』と呼ばれる所以である。
もう少しダイヤモンドについて話したかったが、眠気がヒメリアを襲う。まるでもう、そのダイヤモンドの話題は出すなと神が止めているかのように。
まだ幼いヒメリアは、遅くまで続いた宝石会の疲れで家に着く前に馬車の中で眠ってしまった。だから、幻のダイヤモンドの話はそれ以来しばらく聞かなかったし話さなかった。
* * *
それから、一ヶ月の時が経った。
花嫁候補会の殆どのメンバーはすっかり呪いのダイヤモンドの存在を忘れていたが、その輝きに取り憑かれてしまった者がいたらしい。
バルティーヤ邸で厳重に保管されていたはずのダイヤモンドだが、博物館の特別展示のために輸送した際に紛失したという。正確には、密輸グループは、宝石会の情報を得た匿名の依頼人から頼まれて輸送車を襲って強奪したという話だ。
幸い、博物館関係者が密輸入グループを追いかけて、ダイヤモンドは回収されたが、バルティーヤ卿の評判は地に堕ちてしまう。
『まぁ! 大陸から預かった大事なダイヤモンドですのに、この責任をバルティーヤ卿はどう取るのかしら?』
『管理不行き届きということで、預かり人としての資格を剥奪されて、新しい管理者を探すとか』
『偶然とはいえ、博物館で展示されている最中だし、そのまま博物館の運営に預けるのが妥当かしら?』
『けど、そうするとカシス嬢はクルスペーラ王太子の花嫁候補からは、外されるんじゃない? まぁ仕方がないか』
何の因果か、カシス嬢から幻のダイヤモンドの所有権を奪ったのは、彼女を散々女豹だの娼婦だの陰口を叩いていた博物館運営の御令嬢レイチェルだった。正確には、レイチェルの家が運営する博物館が管理するだけなのだが、本人達からするとまるでダイヤモンドの所有権が王太子に嫁ぐ権利とイコールであるかのように錯覚していた。
「許さない、許さないわよ。レイチェル……! どうせ、密輸グループに強奪を依頼したのだって、レイチェルの家に決まっているわ! 私のこと、たくさん悪口言っておいて。そればかりか、王妃になる権利まで奪う気なのね。絶対に、奪い返してやるっ。そして、レイチェル……あんたの命も……いずれっ」
狭い島国の中で宝石商としても貴族としても信用を失墜させられたカシス嬢は、次のダイヤモンドの管理者となる家の娘レイチェルに強い憎しみを抱くようになる。そして博物館からダイヤモンドを奪い返して、娘レイチェル嬢を消してしまおうと画策するのであった。




