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ついに、魔女の集合体を一人の少女に宿らせるための儀式が決行される日が来た。月明かりがよく見える王宮の屋根裏部屋で、床に魔法陣を描きフィオを横たわらせた。魔導師達は黒いローブを目深に被っていて、顔こそ分からなかったが、そのうちの一人は教会に出入りしている者だとフィオは声で分かってしまう。
(悪い魔法使いのうち一人は、教会に出入りしている王宮の人だ。嗚呼、普段は神様にお祈りしているくせに悪い魔法に手を染めて、本当は神様を裏切っていたんだ。だから、神様はフィオ達全ての魔女のことを嫌っているんだ)
他にも何人かの魔導師達がフィオについて話しているが、クルスペーラ王太子のお付きやヒメリアの屋敷で働いているものなどのようで、花嫁候補会の関係者のうち数人が魔導師として暗躍していたことがよく分かる。いつか、その時が来たらフィオを生け贄に捧げて、悪魔の化身である魔女の集合体を喚び起こそうとしていたのだろう。
時が満ちた証拠に、生け贄となるフィオの手の甲には、呪いの紋様がくっきりと浮かび上がっていた。
「おやおや、この子……手の甲に随分と立派な呪いがかけられているのですねぇ」
「これは前世の因果だな、一体どう言う理由で因果が出るのかは不明とされているが、統計では前世の古傷が紋様になるとされているそうだ。きっとこの子は前世で手の甲部分に傷か火傷を負ったのだろう」
魔法陣の上に寝かせられているフィオは、朦朧とする意識の中で『何故、手の甲の火傷のことを知っているの』と呟く。今世でフィオが、手の甲に火傷を負ったことは一度もない。けれど、魔女に目覚めたフィオ派自分が前世で南国蚕の世話をしている最中に火傷をしたことを思い出した。
* * *
フィオは前世ではフィオリーナという名前だった。南国蚕の世話をするのが中央大陸から流れ着いた身寄りのないフィオリーナの仕事で、蛹の蚕から繭を取る際に不注意で火傷をしてしまったのだ。だが、ただの火傷の跡ではこのような呪いの紋様にはなることはない。
この火傷の跡は、ペリメーラ島の族長の息子であるクリスとの恋の因果でもあった。
『フィオリーナ、南国蚕の様子はどうだい? おや、その手……火傷しているね。これ以上酷くなると良くないから、軟膏を塗ってあげよう』
『クリス様……私もなんかの為に、こんな貴重な薬を……すみません』
『ふふっこんな時は、すみませんじゃなくてありがとうって言うんだよ』
『ありがとう……クリス様』
今のフィオよりも幾つか年上のお姉さんだったフィオリーナは、その時に族長の息子に片想いしてしまったのだ。彼には既にヒメナという婚約者がいたにも関わらず……フィオリーナは魔女のおまじないでヒメナからクリスを奪った。
* * *
前世のことを少しずつではあるが、思い出してしまったフィオは、本当に自分は赤毛の魔女だったのだと痛感する。
(私はフィオリーナの生まれ変わり、クルスペーラ王太子はクリスの生まれ変わり、そしてヒメリアちゃんはヒメナの生まれ変わり。ごめんなさい、ヒメリアちゃん。せっかくお友達になってくれたのに、結局私と貴女は恋敵だったんだね。普通の女の子に生まれて、ヒメリアちゃんと普通のお友達になりたかった)
普通になろうとしたのはフィオだけではない。フィオに情を移してしまい、ごく普通の家族になろうとした魔導師夫妻はもうこの世にはいない。フィオを生け贄にするには、普通や平凡な幸せは邪魔でしかなく、頼る人を失ったフィオの心はあっという間に暗闇に呑まれた。
「では、儀式を始めます。呼び水となるのはこの魔女の歴史が描かれた古い魔導書。全ての人の心に眠る赤毛の魔女のイメージこそが、集合体の正体。そして、その万能たる魔女をここに目覚めさせましょう」
喚び声に応えるように。一冊の書物から美しい赤毛の女性が現れてフィオを見下ろす。そして、フィオの首に手をかけて……その中に自らの魂を入れ替えた。
(うう、苦しい……助けて)
月が彼女と彼女の前世、そして魔女の集合体の魂がフィオに入って行くのを見つめていた。
始まりのループはそこで幕を閉じてしまう。時間がゆっくりと巻き戻っていく、完全な魔女であるフィオナが花嫁候補としてクルスペーラ王太子と出会うために。
だが、魔女フィオナも黒魔導師達も気づいていないことがあった。このタイムリープは、前世の因果を引き継ぐヒメリアにも記憶を残すということを。
因縁の友であるフィオを失い、ヒメリアの魔女との戦いが幕を開けようとしていた。そして、ループは二周目へ。




