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極力幼い花嫁候補二人を怖がらせないように、優しいお兄さんとして接することに決めたクルスペーラ王太子。突然違う場所に連れてこられては二人とも不安だろうと、クルスペーラ王太子自ら教会で行われるいつもの勉強会に、ゲストとしてやってきた。
「やぁヒメリアちゃん、久しぶりだね。フィオちゃんは、きちんとお話するのは初めてかな。僕は、この国の王太子クルスペーラと言います。一応、キミ達は僕のお嫁さん候補ということになっているけど、今は僕のことは歳上のお兄さん、お友達だと思ってくれればいいよ」
「お友達、フィオはヒメリア以外にもクルスペーラさんともお友達になっていいの?」
「うん、もちろんだ。そっか、ヒメリアとは本当に先にお友達になっていたんだね。安心したよ。はい、町で一番のパティシエにお願いして作ったマンゴーフルーツ入り南国ケーキだ。後でみんなで食べようね」
勉強後のお茶会のためにマンゴーフルーツがたっぷり乗ったケーキを持参して、幼い女の子達のご機嫌取りからコミュニケーションをスタートする。
「わぁ美味しそう! 流石王太子様、ここのケーキっていつも予約でいっぱいなんだって」
「ふふっ僕も王太子だからと言ってケーキ屋さんには贔屓して貰えないからね、みんなで食べるために数日前から予約したんだ」
「えぇっ? 本当に。嬉しい……ありがとう王太子様」
初めのうちは心配していた教会の司祭も、想像よりクルスペーラ王太子が子ども相手の態度に徹しているためようやく肩の荷が降りたと胸を撫で下ろした。そして、これまでは司祭も王宮関係者も知らなかったが、意外とクルスペーラ王太子という人は小さな子ども相手に話をするのが上手である。
「では、今日は王太子様も交えての聖書の勉強会です。何か質問は……」
「司祭様、子ども相手に教えるのであれば聖書の内容を直接読むよりも、イラストや図解を使用した方がイメージ出来ると思うんですが。実は僕が昔使っていた図解式のテキストを持って来たんです。こちらを今日は使いましょう」
「わぁお魚さんの絵が載ってるね。なんでお魚さんなんだろう?」
「このお魚さんは、ジーザスクライストがパンとお魚をみんな見分けたエピソードから、ジーザスの象徴、トレードマークとして使われているんだ。ヒメリアちゃんのおうちは網元さんがご先祖様だから、きっと縁が深いと思うよ」
さらに勉強を教えるのも相手の学力の合わせて指導できるため、家庭教師としても優秀だ。もし彼が王太子でなかったら、学校の先生や家庭教師などが適職だっただろう。
いつもよりも捗った聖書の勉強会に、これまで活かされなかったクルスペーラ王太子の隠された才能を周囲の人々は知った。彼が王太子として生まれず平民に生まれていたら、みんなの教師役として頼られる人生があったかも知れない。
だが、人には宿命がありクルスペーラ王太子がどんなに勉学や教えることに才能があっても、彼に求められることは国民の支持を上げることと嫁取りだった。
美味しいマンゴーケーキを三人で食べて、淹れたての紅茶を飲み、いずれどちらかの女の子を選ばなくてはいけないなどという予感は一切なく初日が終了する。
今後もクルスペーラ王太子が勉強会を仕切るつもりらしく、教会以外にも出かける計画を立てていた。
「これからは、三人で神様について学んだり、あとは図書館や博物館で島の歴史について学んでいこう。博物館には島の伝統的な蚕の資料館もあってね、昔の島のは南国蚕の糸を取って服を作っていたんだよ」
「えっ! 博物館にも行っていいんですか? 良かったね、フィオちゃん。ようやく蚕のグルグル糸巻きの本物が見られるよ」
「えへへ。私ね、ずっと蚕さんの糸巻きを見てみたかったんだ」
フィオの故郷である中央大陸でも南国蚕の存在は知られているらしく、むしろフィオはペリメライドを南国蚕のいる島と思っているようだった。
まさかその南国蚕の糸巻き機が、タイムリープ魔法の発動装置になっているとは……昔の因果の内容を知らない三人は気づくことが出来なかった。
――時の糸車が音を立てて、徐々に回り始める。




