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ヒメリアが王太子の花嫁候補に選ばれてから、三年の歳月が過ぎた。当初は大勢いた花嫁候補も一人抜け、二人抜け……気がつけば、ヒメリア以外は王太子の親戚筋である令嬢がわずかに残る程度となっていた。
ルーイン家の庭園では夫人が午後のティータイムを愉しみながら、娘の玉の輿が日に日に近づいていることに歓喜を感じているようだった。
「あれからもう三年、ヒメリアももう十歳になったわ。当初は一番幼いヒメリアが不利に感じていたけど、他の御令嬢は社交界デビューを控えて焦っているみたいだし。王太子様を諦めて、大陸に渡る子も増えたわね」
「結局、残られたのはもともと親戚筋の御令嬢だけですか。これはもう、結婚相手はヒメリアお嬢様に決まりですな。奥様、これでルーイン家は安泰ですぞ」
初めてヒメリアが花嫁候補の立食パーティーに呼ばれた時に、まとめ役のご令嬢が語っていたことが本当ならば。実質、島内での花嫁候補はヒメリアでほぼ確定と言ってもいいだろう。少なくとも、話を細かくヒメリアから聴いていたルーイン夫人と爺やはそう考えていた。
島内でのと限定しなくてはいけないのは、王宮内部で大陸から花嫁を貰うべきだと考える派閥が潜伏しているからである。
「ふふっ。爺やったら、気が早いわよ。けど、あとは大陸から来ると言う例の少女にさえ勝てれば、ルーイン家は王族と繋がるのね」
結婚は勝ち負けではなく、本来ならば好きな相手とするものだが、王家との婚姻となるとそう単純なものではない。
だが、親の贔屓目抜きで予想以上に美しく成長していく娘に惚れない男などいないという自惚れが、ルーイン夫人の心を強くしていた。
「客観的な目で見ましても、ヒメリアお嬢様はわたくしどもの想像を上回る品の良さ、美しさを持っております。まだ十歳の少女ですが、彼女が教会で聖典を読む姿は麗しく、祭司ですら圧倒されているそうです。女神か聖母の生まれ変わりなのではないか、と」
「親の私ですら以前は我が娘という感覚で見ていたけど、時折本当に神格が宿っているのではないかと思うくらい遠く見える時があるわ。でも、それでこそ王妃になるのに相応しいと思うのよ」
「はい。まさに天使の生まれ変わりの如き存在、と讃えられるクルスペーラ王太子とお似合いかと」
そして、絶世の美少年と謳われるクルスペーラ王太子と並んで引けを取らない美貌は娘のヒメリアにのみ宿るのだと信じていた。だから、どのような美少女が大陸から渡って来ようとも、その努力は無駄になるのだとルーイン夫人は考えていたのだ。
* * *
その日、中央大陸より巨大な船がペリメーラ島に着港した。正確には、その黒い船の正体は旧帝国軍が所有する戦艦だった。流石に多種多様な船に慣れている島民も、巨大戦艦にはなかなか遭遇しない。興味本位もしくは野次馬根性で、港へと様子を見に来るものも多く、普段よりも人で賑わいを見せる。
王宮の衛兵達が出迎えとして列をなし、歓迎のラッパを鳴らしている。軽快な音楽はストリートの方まで聴こえていて、無関心を装っていた人達まで今回の戦艦到着について話題を持ち出すようになっていた。
『しかし、物々しい戦艦がこの辺境の島にやって来た理由が王太子様の花嫁候補を護衛するためだけとはねぇ。いやはや、恐れ入ったよ』
『噂だと、次の王太子様の花嫁候補は消去法でルーイン伯爵家の御令嬢になると言われていたけど。こんなにチカラを入れて王宮側がお出迎えするんじゃ、今回も大陸からお嫁を貰うのかな』
『けど、これ以上大陸から花嫁を貰ってはそのうちこの島は大陸の領土になってしまう。今回ばかりは、やはり伝統あるルーイン家の御令嬢の方が良かろうて』
この戦艦騒動はとある人物をペリメーラ島へと無事に辿り着かせるためだけのもの。王太子クルスペーラの花嫁候補となる少女の為だけに、巨大な戦艦は用いられたのである。それは花嫁候補である少女即ち、赤毛の少女フィオに向けられた機体の大きさを示しているようだ。
宰相に連れられてようやく最後に、白いワンピースを身に纏った赤毛の少女フィオがペリメーラ島の土を踏む。
「……なんて、広い空。空ってこんなにも青くて、外はこんなに大きかったんだ。ここがペリメーラ島、私が暮らすことになる新しい世界……!」
大人達の思惑とは裏腹に、少女フィオは何も知らない様子。フィオはまるで外の世界を初めて見たような口ぶりで、ペリメーラ島の澄んだ青に感嘆の声を挙げていた。




