03
『クリスさん、フィオリーナちゃんっ。結婚おめでとうっ』
『幸せにねっ』
リィイイン、ゴォオオオオオンッ!
祝福の鐘が島中に響きます。
島民達は初めて女神のお告げに逆らい、族長の息子クリスと赤毛の少女フィオリーナの結婚式を執り行いました。本来の花嫁候補だったヒメナは結婚式には姿を現さず、憂う者もいましたが、それを忘れるほど新たな族長の婚姻は盛大でした。
(私、こんなに幸せでいいのかしら。例え私が赤毛の魔女だったとしても、この魔法の力で島を導いてみせるっ!)
フィオリーナは花嫁になれた喜びに浸りながら、これまでのことを振り返ります。
* * *
族長の息子クリスは、褐色の肌に絹糸のような銀髪と碧眼の美青年でペリメーラ島の娘達にとって憧れの存在でした。将来この島の代表者となる彼に嫁ぎたがる娘は島中の殆どと言っても過言ではありません。中央大陸から流れてきた移民のフィオリーナも、族長の息子クリスに憧れる者の一人です。
(あぁ、クリス様。あのお方が私の恋人だったらどれだけ幸せだったかしら? けど、私の想いは届かない……だって彼にはもう……)
そう……彼には既に、網元の娘ヒメナという恋仲の女性がいました。クリスがまだ幼少の頃、海に溺れて苦しんでいたところを網元の娘ヒメナが発見し命を助けたのです。
「ヒメナ、君こそが僕の運命の女性だ。幼い頃に僕の命を助けてくれた恩を忘れたことは一度も無い。頼む、僕の妻になってくれ」
「クリス、嬉しいわ。二人で幸せになりましょうね!」
夕陽が落ちる海岸で婚姻の約束をし、誓いの口付けを交わす二人の仲を引き裂くことは難しそうに見えました。ですが、この島で暮らすようになってからずっとクリスを恋慕っていたフィオリーナは諦めませんでした。いや、諦められませんでした……と言った方が正しいかも知れません。
フィオリーナにはクリスにある恩がありました。彼女の仕事である南国蚕のお世話には段階があり、蛹の蚕から繭を取る際に熱い湯に入れる作業があります。ある時、フィオリーナは湯に直接手を触れてしまい火傷をしてしまったのです。
『フィオリーナ、南国蚕の様子はどうだい? おや、その手……火傷しているね。これ以上酷くなると良くないから、軟膏を塗ってあげよう』
『クリス様……私もなんかの為に、こんな貴重な薬を……すみません』
『ふふっこんな時は、すみませんじゃなくてありがとうって言うんだよ』
『ありがとう……クリス様』
(クリス様、たった一度の恩のためにヒメナさんと結婚してしまうなんて。何故、私が頼れるこの島の男はクリス様しかいないのに)
島では珍しいよそ者という設定のフィオリーナは、同世代の若者の間では孤立した存在でした。ふと自らの手を見ると、南国蚕を湯に入れる際に出来た火傷の跡が目立ちます。本来なら嫌な思い出のはずですが、クリスが手当てしてくれたことを思い出せる大切な跡でした。
洋服づくりに役立つ南国蚕の世話係を任されて、島の大人達からは信用されていましたし、他の若者のように外で遊んだりはしません。他の南国蚕の世話係達は、嫌な雑用は全てフィオリーナに押しつけて遊びに行ってしまうのが定着していました。
『フィオリーナちゃん、ちょっとオレ達夜中にビーチでハメ外して来るからさぁ。大人達に上手く誤魔化しておいてくれよっ』
『面倒臭い南国蚕の世話、ちゃんとしといてよね!』
『はっはいっ。畏まりました!』
赤毛の少女フィオリーナはどこまでいってもよそ者なのです。そんな彼女の孤独に優しく寄り添ってくれたのもやはり、族長の息子クリスです。
『やぁフィオリーナ。南国蚕の世話、大変じゃないかい? はい、椰子の実ジュースの差し入れだよ』
『クリス様っ。そんな、私なんかに……こんな高価なものを。ありがとうございますっ』
『ふふっ喜んで貰えて良かったよ。それにちゃんと、ありがとうって言えたね。その椰子の実ジュース、幼馴染みのヒメナも好物でね……』
(クリス様、やっぱりヒメナさんのこと。貧しい南国蚕のお世話係の私と網元のお嬢さんのヒメナさんを比較なんかしても、意味ないのに。ヒメナさんにとって椰子の実ジュースなんか、高級でも何でもないはずだわ。けど私にとっては……)
クリスの優しさにすっかり惚れ込んでしまったフィオリーナ。ある日、恋人ヒメナの存在を知っていながらもフィオリーナはクリスに思い切って告白をしてみました。
『すっ好きです。クリス様……貴方がヒメナ様を想っていると分かっていて、こんな告白をする私を許してください。けど、私……後悔したくないっ火傷の手当てをしてもらってなら、ずっと……私は……!』
『フィオリーナ、君の気持ちは嬉しいけど僕は……』
クリスがフィオリーナの告白を断ろうとした瞬間、フィオリーナの内なる魔女が囁きました。
【汝、この呪文を唱えよ。男、我の虜になれ】
すると、クリスは少し迷いながらもフィオリーナの手をそっと握ってこう返しました。
「フィオリーナ、実は僕も君のことが以前から気になっていたんだ。ヒメナには悪いが、やはり自分の気持ちを偽ることは良くないよね。今度、父上に相談して君との仲を認めてもらおう。女神様のお告げが降る前に……」
「クリス様、嬉しい……私、私……!」
すっかりフィオリーナの虜になったクリスは、ヒメナを裏切りフィオリーナの手の甲に口付けました。それはフィオリーナがずっと気にしていた例の火傷の跡がある方の手です。
(私、やはり赤毛の魔女だったのかしら? 恋の魔法が使えるなんて知らなかったわ。けど、こんな形でクリス様を得られるなんて……本当にいいのかしら)
一見するとフィオリーナが魔法によってクリスをモノにしたように思えますが、恋の魔法は脈のない異性には効くことはありません。ですがその事実は、魔女に目覚めたてのフィオリーナには分からないことでした。




