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扉の隙間から白い手  作者: 金切 白花
扉の隙間から白い手
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第七話 花の匂いと綴られた記憶。

 たった今閉じられたドアを視つめる。俺は驚きと恐怖で息をするのを忘れていた。

 しかし、ドアから遠ざかる足音が聞こえた時に俺は硬直から解けた。ドアに駆け寄り、壊れんばかりに開く。 


 正体を暴いてやる。絶対に逃がさないッ!!

 もつれる足を懸命に動かして廊下を走りだした。

 

 走りに勢いが乗ったその時、俺の目の前に壁が立ちはだかった。

 曲がり角だ。立ち止まろうと踏みとどまるが、勢いを殺せない。俺はあえて曲がり角の壁にぶつかりながら走る向きを変えた。


 大きな音と共に左肩に痛みが走り、埃と砂が天井から降ってくる。衝撃で肩にかけていたショルダーバッグがずり下がり、地面に落ちてしまった。

 それを拾う余裕なんてない。ただひたすら追いかけるのに必死だった。


 玄関に向かって逃げる相手を追い続ける。 荒くなっていく息が喉に痛い。相手の姿を捉えることができず、ただ廊下をばたばたと走る足音が聞こえるのみだ。


 ガラガラッ


 遠くで玄関が勢いよく開く音がした。


「……待てッ!!」


 荒い息を抑えつけ、何者かに向かって叫ぶ。

 廊下を走りぬけて玄関にたどり着き、玄関口の段差をひとっ跳びして外に出た。前に向かって転びそうになり慌てて両足で踏ん張る。


「……なんっつう足の速さだよ」


 驚いた。

 近くには誰もいない。乗ってきた自転車は入り口に停めてありそのままだ。どこに行った……?




 胸に手を当て息を整える。

 吸う息が鼻孔を通り過ぎた時、辺りに残るように漂う微かな花の匂いを感じた。


 嗅いだことのある甘い匂い。俺はこの匂いを知っている? 


 この匂いが、俺を喰い入るように視ていたあの人間の残り香、つまり体臭だったとしたら。

 扉の僅かな隙間から俺を視ていたその誰かは、俺の知り合いか、あるいは会ったことのある人間ということになる。俺の親しい知り合いは、両手で数えて足りるくらいだ。

 そしてその中に、俺の後をつけて不気味に視てくるなんて犯罪まがいのことをする人間はいないはずだ。あれはいったい誰なんだ。

  

 段々と、夕焼けに染まる玄関先でぐるぐると思考が回る。だが薬漬けになった俺の脳みそでは簡単に答えが出るはずもなく。


 俺は、ショルダーバックの中にある携帯電話を取り出そうと手を伸ばした。しかし、その手は何も掴むことはなかった。

 先ほど壁に激突した時にバッグを落としたことを思い出して、俺は自分の間抜けな失敗に苛立ちを覚えた。

 

 取りに戻るため玄関に向き直ると、女の子が玄関の中、敷居の前で立っていた。両手をだらりと力なく垂らして、じーっとこちらに顔を向けたまま微動だにせずに。

 玄関を境にして、外は明るく、中は薄暗い。闇に紛れる女の子と、夕焼けに変わりつつある光に溶ける俺が相対していた。




 家の中に戻るため、敷居に近づくと女の子は静かに無へと消えていった。それを見届けて俺は前に進む。家の中は走り回ったせいで屋内は埃がさっきよりも飛び回っていた。


 特に理由はないが、書斎に戻る前に客間に寄ることにした。そして、部屋の隅でさっき見つけた発泡スチロールを覗き込んだ。

 中身は汚いタオルを切って雑巾にしたもの2枚と、タコ糸のロールが一つ。後はオイルの少なくなったライターだった。これは、回収しておくべきだろうか? 

 とりあえずジャケットにしまい込んだ。


 書斎に向かいながら、ない頭を使って俺は考える。先ほど遭遇した人間は、俺の部屋を荒らした人物なのかもしれないと。そのような可能性は考えたくなかったが、もしそうだとしたら。


 ストーカーのように、マンションから実家まで付いてきているとは考えたくもない。

 ……考えすぎかもしれないが、両親は大丈夫だろうか?念のために早めに連絡をとったほうがいいかもしれない。心の中に、ざわざわと不安が折り重なっていく。

 廊下を歩いて、ショルダーバックを落としたところまで戻ってきた。バックについた埃をはたき、開けて中身を確認する。


 携帯電話が、ない。


 慌てて懐中電灯を使って中身を確認する。しかし、どこにも見当たらない。自転車の鍵と実家の鍵、マンションの部屋の鍵はあった。


「嘘だろ……」


 懐中電灯で薄暗闇の廊下を照らす。しかし見つからなかった。


 再びバックの中に注目する。すると、身に覚えのないメモ用紙が一枚入っていたのに気づいた。

 手のひらに収まる小さなメモ用紙には、こう綴られていた。



「あの夏の夜を、死んだ私を。

 貴方は覚えていますか? 」

 


 がらんどうの、できそこないの頭に頭痛が響く。ところどころ欠けているまばらな記憶。

 

 向日葵。


 痛み。


 笑顔。


 罪悪感。


 夕焼け。

 

 後悔。

 

 繋いだ手。


 暗い海。


  

 心の、無意識の領域に閉じ込めていた記憶が表層に出てこようと暴れる。意識の外から、罪悪感、後悔、痛みが俺の身体を突き破ろうと。

  

 ……ああ、壊れる。心がバラバラになってしまうッ!! 嫌だ。思い出したくないッ!!


 頭が張り裂けそうになったその時。


 たんたんたん


 誰かが階段を上る音が聞こえた。

なにかしらのご意見、感想受け付けてます。


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