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扉の隙間から白い手  作者: 金切 白花
扉の隙間から白い手
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第一話 無音の奇異な存在。

 突然だが、俺は幻覚が視える。

どんなものが視えるかというと、例えば視界の隅に黒い男が立っていたり、無数の仮面が鏡に映ったり。そのような幻覚を視る時というのは大抵、ストレスを感じていたり、不眠が続いて体調が悪い時だ。一時期は非常に症状が重かったのだが、いま現在は治療の甲斐あって生活への支障は少ない。幻覚と現実の区別がつかないということもなく、一日一日を静かに過ごすことができている。


 今ありえないものを視ているんだと分かるのは、俺の視る幻覚には、音が伴わないという特徴で判断できる。例えば今、天気は晴れだとして、俺の目には雨が降っているように視えるとする。その幻覚の雨には音が伴わないのだ。周囲の音を注意深く聞いていると、「ああ、雨は今現実には降っていないんだな」と判断することができるという具合だ。


 もう一つの特徴なのだが、幻覚には触ることができない。現実の雨は俺の手をつたい落ちていくものだが、幻覚で視る雨は俺の手を素通りして地面に落ちていく。


 そのような感じで、俺が普段視る無音の奇異な存在が、果たして現実なのか幻なのかを手探りしながら毎日を生きている。

 

 そもそもはっきりと自分が異常であることを理解したのは、就職してしばらくしてからだった。その時は家族にも職場にも迷惑をかけたが、今はなんとか治療を続けながら一人暮らしを営むことができるまでになった。そのときの家族の支えや職場での理解ある同僚、病院のサポートに感謝してもしきれない。


 だが、俺の体調に関係なく視え続けている幻覚がある。


 顔がはっきりとは視えない小さい女の子。

花柄の入った白いワンピースを着て、サンダルを履いた可愛らしい女の子。よく俺が視る風景の中を走り回ったり、足をプラプラさせながら椅子に腰かけていたりしているのだ。そしてふと気付くと、ひまわりの花束を持って俺の後ろに立っていたりする。


 その女の子は、必ずといっていいほど体調に関係なく頻回に現れる。しかし不思議と、他の幻覚を視たときに感じる怖さや気持ち悪さを感じるということはない。


 俺はこの女の子を知ってる。

しかし、いくら思い出そうとしても俺は名前はおろか、顔さえも思い出すことができない。確かに俺は、この子と会ったことがあるはずだ。なんとか思い出そうと努力しているが、考えれば考えるほどに、頭の芯からじわりじわりと重い頭痛が沸き起こる。その痛みを繰り返し味わうたびに、いつしか無理に思い出さなくてもいいのではと諦めるようになった。


 その諦めは、痛みのせいなのか。それともいつまで経っても、思い出せないからなのか。



 さて。

ここ一、二年はまずまずの体調で申し分ない。しかし、俺は最近、身の周りで起こる不審な出来事に悩まされている。俺の住むマンションの部屋に誰かがいる(・・)みたいなのだ。しかし、確たる証拠もないので精神病者である俺の妄想なんかじゃないかと思っていた。……いや、自虐が過ぎるか。俺の勘違いと思っていた。

 

 だが今朝のこと、眠りから覚めた俺は流石に血の気が引いた。

綺麗に整頓していた部屋の中が、嵐のあとのように荒れていたのだ。ラックから落ち、床にぶちまけられたCDと文庫本。ズタズタに切り裂かれたカレンダー。逆さに置かれた置き時計。壁際の姿見には、蜘蛛の巣のようにひびが入っている。そして、俺の顔が写る位置がマーカーか何かで黒く染まっていた。その姿見の前に立つと、俺の顔が黒く塗りつぶされるように見える。


 不意に、俺の背後でガチャリとコンポのスイッチが入る。

 

流れ出す不穏なピアノの旋律。ベートーヴェンのピアノソナタ。ノイズ混じりの「月光」が俺の肌を恐怖で撫でていく。心臓を通して、全身の血管が脈を激しく打つのが分かる。だが対照的に俺の手足は異常なほど冷え切っていた。さらにゾクゾクと首筋の毛が逆立つ。


 そして。……部屋の扉がゆっくりと動いた。


 その隙間から白い手がおいでおいでをしている。瞬間、白い手がするりと蛇のように動いて引っ込んだ。



 ……明らかに誰かが俺の部屋にいる。これは幻覚などではない。


 繰り返す。

 これは幻覚などではない。

差し込み投稿です。第0話って感じでしょうか。

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