↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次の街に行きたい旅人は、街一番の女商人に執着されて永遠に旅立てない  作者: やまなみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/9

4.女商人の異常





コロネが、一歩、俺のもとに歩んだ。




その微笑みは何も変わっていないはずなのに。


俺は、コロネの底知れぬ深淵に、引きずり込まれそうな気がした。



嫌な予感。


全身が粟立つ。




コロネが、二歩目に進む。



何も言わず、なんの表情の変化も見せず。




それが意味する所。


コロネは、俺の動揺に気付いている。




そして、俺が仮に今から逃げの姿勢を取ったとしても、それすらもコロネにとっては………。





コロネが、ゆっくりと三歩目に進む。




まずい。



「止まれ!


それ以上、近づくな!」


俺は手を広げて構え、コロネに向けた。



これは攻撃魔術の射出体勢だ。



俺の実力からすれば、この体勢からなら、コンマ数秒もしないうちに火球くらいは射出できる。




もちろん、本当にコロネを撃つつもりはない。


あくまで脅しだ。




だが、俺にとって大切な女に向けて、こんな攻撃的な対応をするのは、なるべく避けたい所だった。




それをしてしまったのは、明らかに、コロネの様子が異常だからだ。




コロネが、歩みを止める。



「…ふ…………」


コロネから、微かに笑いが聞こえた気がしたが、一応は止まってくれた。



「コロネ。


お前にこういう形で魔術を向けることになって、非常に残念だ。



だが、今のお前の様子はおかしい。


念の為、それ以上近づくのは止めてくれないか」




「ふ…ふふ…………」



今度は、よりはっきりと笑いが聞こえた。



そして、また、歩みを再開してくる。



「コロネ!」


俺が声を張り上げても、止まる気配がない。



それどころか、その歩みは明らかに早くなっている。



コロネが俺のもとに、近づいてくる。




「バカ!

冗談じゃねえんだぞ!」



俺は警告するつもりで、コロネに当たらない程度の弱い炎を掌から射出した。


最小限に威力を抑えた攻撃魔術だ。



だが、コロネは止まる気配が微塵もない。


俺が危害を加えることがないと、心の底から信じているのだ。



「だから、止まれっつってんだろうが!


くそっ!」



俺は警告射撃を諦め、別の魔術の用意をする。




俺には、かつて旅の途上で命を救ってくれた恩人から教わった魔術がある。


あいにく俺とは魔術適正の相性が悪いらしく、詠唱を省略できないし、効力も弱くなりがちな魔術だが…。



少なくとも、今の状況では一番適している。




『気高き護りの光よ、彼方より来たる悪逆から血族を守りたまえ』



俺が唱えると、俺の周りに半透明の光の膜が展開され、俺の周囲数メートルを取り囲んだ。



さながら光のドームのような膜に、俺は包まれている。



「………」


コロネは光の膜の近くまで歩んできたものの、固く頑丈な光の膜に阻まれて、それ以上俺に近づくことができない。


それでいて、他の攻撃魔術のように相手に危害を与えることもない。


コロネから距離を保つには、これが最適だった。




コロネは、光の膜にその綺麗な手を当てて、反対側の俺をじっと、見つめてくる。



ひとまず、コロネが近づいてくるのを止めることはできた。


だが、コロネが何を企んでいるのか、俺には未だに分からない。



「コロネ。


お前が何をしようとしているのかは分からない。



だが、俺はこれでも一応、危険な旅をしてきたし、この街に滞在するようになってからも、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた男だ。


身の守り方も、一通り備えているつもりだ。


特に、危険から逃げることにかけては、俺はそんじょそこらの奴らに遅れを取らないと自負してる。



だから、俺を捕らえようなんて事は、無理なんだよ」



コロネが愛おしそうな手で、光の膜をなで回す。


それでいて無理やり押し通る素振りはなく、ただ、俺だけを見ている。


俺がどこまで行っても、その目は俺を見ているような気がした。



「なあ、いい加減やめようぜ。



お前がこんなことに時間をかけるのはもったいないよ。



お前はまだ若いし、これから商売人としても、女としても、輝かしい人生が待っているじゃないか。




それに比べりゃ、俺なんてなんにも持っていない、ただのチンケな旅人だ。


俺は、お前にそこまで執着されるような価値はないんだよ。


いい加減、目を覚ませ」



「………」


コロネの目が変わることはない。


俺を網膜に焼き付けるかのようだ。


目を覚ますどころか、最初から正気だといわんばかりに。




正直、ずっと前から分かっていたことだが、ここまで言ってもコロネは諦める気配がない。



何かの企てがあるのだろうが、今日に至ってはもはや、会話さえ成立しない所まで来てしまった。



それならば、致し方ない。




残念ではあるが、円満に別れることは諦めよう。



俺はここで、コロネを完全に振り切ることにした。



「分かった。


お前の気持ちが変わることがないのは、よーく分かった。




本当はもっと綺麗な別れ方をしたかったんだが。


このままズルズルとこの街にいるほうが、お互いのためにならないからな。




俺は今日…というより、今この瞬間から、この街を去るよ。


追っても無駄だ。


俺は全力で逃げるからな。




……それじゃ、俺は行くから。


お前には、本当に今まで、色々と世話になったな。


…幸せに生きてくれよ」



不本意ながら、今生の別れのつもりでコロネに宣言した。


俺はコロネに背中を向けて、屋敷から去ることにした。





しかし。



俺が一歩、コロネから離れようとしたとき。




「ふ…ふふ…ふ…。


ふふふ…あはははははははははははは!」





コロネが、常軌を逸した笑いを響かせる。



「…!」


俺はコロネの振る舞いに嫌な予感を抱きながらも、振り返ることはないようにした。



この急な笑いも、俺の動揺を誘うための企みだろう。


そう思ったのだ。




だから、俺はコロネの言葉に耳を貸さず、会話もせずに部屋を出ようとした。


別れはもう言った。


これ以上話すことはない。




俺はコロネの笑い声を頭から振り払い、応接室の出口のドアに手をかけた。



その瞬間。





「あと、5分です」





コロネは急に笑いを止め、極めて短く、それでいて意味深げな事を言った。


先ほどの笑い声とは真逆の、淡々とした機械的な言い方。



「…は?」



俺はつい、振り返ってコロネの言葉を確認してしまった。


ほんの少し前まで、どんなことをコロネが言ってきても、全て無視するつもりだったのに。




コロネの言葉に、つい釣られてしまった。


コロネの思惑通りに。




だが、俺は直感的に、確かめなければならないと思ったのだ。




「あと5分とは、何が起きるまでの時間だ?」と。




そうしなければ、俺は一生後悔する。




そんな本能からの直感が、俺の歩みを完全に引き止めたのだ。




「…コロネ。


お前、何のことを言ったんだ?」



俺はコロネの真意を問う。


それに対して、コロネはいたずらな笑みを浮かべる。



「何って…あと5分を切ったんです」



今日初めて、俺の言葉にまともな回答が返ってきた。


だが、まだ要領を得ない。



「いや、それはもう聞いたよ。


俺が聞きたいのは、『あと5分で、何が起きるんだ?』ってことだ」



「………」



「コロネ。

いい加減、だんまりは止めてくれ」



「………………」



「コロネ!」






コロネは、まるで他人事かのように、淡々とした口調で、こう答えた。







「…あと5分で、私は死にます」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。