ニセモノ、本物、傷もの 1
その後、アルヴィンは無理やり立たされ、連行されていった。
リオンがこの屋敷にミラが誘拐されるイベントを既知だったために、こんなに早く救出されたらしい。
王族専用サロンに隠し通路がこの屋敷に繋がっており、学院に呼んであった公爵家の私兵とともに、乗り込んできたと。
アナたちからミラの行方不明を聞いたエルンストもサロンに駆けつけ途中で加わったとのことだ。
「ミラちゃん! 本当に無事でよかった!」
「ああ……無事で……よかった」
わんわん泣くリオンにぎゅうっと抱きつかれ、ミラはやっと事件が終わったと実感する。
もうミラはリオンとともに床にへたり込む。
「……ありがとう。リオンくんのおかげだね……」
「うぅー、怖かったよぉー!! ノアくんとエルくんがぁあー!! もう絶対に見たくないー」
さきほどからリオンが泣き震えていた原因がまさかの2人のことらしい。
先程アルヴィンと対峙したノアの表情はどうだっただろうか。
座り込んだままご主人様をちらっと窺う。
にこりと笑みを返され、エルンストは罰がわるそうに扉を見つめている。
「えっと……ノア様もエル兄もありがとう……ございました」
ミラの肩に顔を埋めて泣くリオンの背を撫でながら、頭を下げる。
それからミラはエルンストの名を呼ぶ。
「今回は……助けてって言えました……よね?」
エルンストが勢い良く振り向く。苦く笑うミラの顔を認めると、深いため息を吐いた。
「そもそも、助けを呼ぶようなことに巻き込まれるなよ!」
「……う。確かに……」
「……でも。まあ……頑張ったな……」
やれやれと言いたげな呆れた顔で、エルンストはミラの頭を撫でた。
しかし、すぐにその手は無言のノアにより弾かれる。
「ノア様?」
ミラとリオン、弾かれた当人のエルンストも驚く。
リオンなんてミラを抱く腕にさらに力を入れた。
「ミラは変なものを飲まされたんだ。早く医師に診せて、休ませるぞ」
そこには無表情の『氷血の貴公子』が出現していた。
素早くリオンが離れると、ノアはミラを当然のように抱えて馬車に乗せた。
リオンとエルンストにその光景を見られたが、ノアの剣幕に従うしかない。
規則正しい蹄の音を聞きながら、ミラは今こそヒロインテンプレの気絶を起こしたいと切望した。
羞恥で気絶したいのにできない。
筋張った太ももの感触や体温、いつもより濃い匂いに、心臓がおかしい。
ノアはあろうことかミラを膝に乗せたまま馬車に乗っているのだ。
当の本人は、目を伏せて車窓を眺めている。
まつ毛から散る白金の光はアメジストの瞳を囲む。とんでもなく美しい。
「……尊き色」
ふと漏れる。アルヴィンから聞かされた王族特有の色彩だ。
やっとミラの顔を見たノアはふっと口元を緩め、自分の前髪を一房摘んだ。
「うん。ニセモノだけどね……」
「ニセモノ……」
ミラはアメトリンの瞳を瞬く。
ノアが真っ直ぐアメジストの瞳を向けた。
「ミラの髪と瞳が本物」
囁くような言葉の切れ味にミラの頬が引きつる。
「……知っていたんですか?」
なんとか口にできたのはそれだけ。
小さく笑ったノアは肯定する。
「俺は前のノアの記憶を思い出したときからかな。父上なんかはミラに説教されたその日に気がついたみたい。だから、なにも知らないミラをメイドという形でうちに隠した」
「…………なるほどです」
公爵に公開説教をしてしまった自分が、メイドを続けられた理由がわかった。
しかし、ノアはどう思ったのだろうか。いきなり己の専属メイドが王族だと知って。
ミラの疑問を見透かしたように、ノアは笑みを深くした。
「むしろ俺は嬉しかった。散々年寄りに、この髪と瞳は『尊き色』の再来だ! とか言われてたからさ。あのね、元老院っていう『尊き色』の狂信者ばかり集まった組織があってさ」
『元老院』といえば、陛下と同等もしくはそれ以上の権限を有す議会だ。
公爵家と侯爵家でなる、この国の中枢機関を狂信者よばわり。
「そいつらになぜか王位継承を推挙されてたんだよ! しかも最近なんて陛下すら同調し始めてさ……」
最悪だよね、とノアは嘆息する。
「……たかだか髪色と瞳の色……しかも似通った色合いなだけなのに……」
ミラの本音がぽつりと漏れた。
白銀髪とアメトリンの瞳にどうしてそこまで執着するのか理解ができない。ゲーム上の設定だとしても。
こんなもの現代日本なら、個人の趣味でいかようにも変えられる。
同じ転生者であるノアも疑問に思ったはずだ。
「それでも、王家が近親婚を繰り返してまで継承したものを覆すことは……先祖を蔑ろにするようで……受け入れ辛いんだと思う。ましてや3代続けて、紛い物のアメジストの瞳すら生まれていないからね」
いい年をした大人たちが、ノアのこの色彩に縋ったのか。
転生者であるノアが前世の知識をもとに活躍すればするほど、彼らは伝承の正統性を盲信する。
彼はどれだけ『尊き色』の設定に傷つけられたのか。
それでもノアは銀髪の美少女が好きで、ミラのアメトリンの瞳を希望と言う。
(そん、なのって……)
喉に熱いものつまる。
今すぐ丸坊主にしたい衝動をこらえ、ミラは拳を握り、ゆっくり深呼吸する。
「だからアルヴィン殿下は私をさらったんですね……」
「ごめんね。予想できたはずなのに……」
悄然と言うノアに、ふるふると首を横に振る。
「ノア様が一番この『尊き色』に振り回された被害者です!」
「……あー、えっと、その……違うと思う。俺が一番得したと思う」
「いいえ。違います」
「……っだって、そのおかげでミラを婚約者にできた」
聞き間違いじゃなかったのか。




