首都デフェンドの大聖堂
フォルティス国教の大本山である、首都デフェンドの中央にそびえる大聖堂は礼拝がない時間帯、誰でも入れるようにと礼拝室を開放している。
私はお父様が育った教会の中を見てみたかったので、フィロスに連れてきてもらった。
2000人が入れるという広大な礼拝室は、三方の壁と天井がステンドグラスでできていて、色とりどりのやわらかな光が美しい。
礼拝が無い日の午前中だからか、ほとんど人もおらず、前列の椅子に座り祈っている信者さんらしき人が数人いるくらいで、静かだ。
正面には、ユニコーンに片手を置きもう片方の手に杖をもった女神の像が祀られている。
フォルティス国の国教は女神フォルティシアを祀っている宗教だ。愛と豊穣の女神、と聞いている。
ゆっくりと女神像を見るため、礼拝室の前の方に歩を進めていったら、ちょうど、お祈りを終えたらしい上品な老嬢が椅子から立ちあがって通路に足を踏み出し、目が合う。
「アクシアス様?」
老嬢の口から意外な言葉が出てきて、はっとする。
でも、老嬢は、私がドレス姿で女性であることに気付いたのだろう。
軽く首を振って、すれちがいざまに静かに頭を下げて通り過ぎていった。
歩く姿勢といい、雰囲気と言い、貴族だと思われる。
「…君の父上の名前を言っていたようだったが、追うか?」
フィロスが、そっと耳元で聞いてくれる。
「…ううん。いい。」
少し迷ったけれど、首を振る。
もしかしたら、お父様のことを知っている人かもしれないけれど、勘当されたお父様に関わり合いを持ちたい人はいないはずだ。私が接触することで迷惑をかけるわけにはいかない。
荘厳な礼拝室をゆっくりと見て満足した私は、フィロスと一緒に大聖堂を出る。
大聖堂を出て数歩も歩かないうちに、後ろから遠慮がちに声をかけられた。
「あの…・」
振り返れば、先ほど礼拝室ですれ違った老嬢だ。
いぶかしげに首をかしげる私に、老嬢が遠慮がちに話しかけてくる。
「ランドールからいらした貴族の方とお見受けします。突然、申し訳ございません。あまりにも、わたくしが知っている方の面影をお持ちですので。あの、お嬢様はアクシアス・プラエフクトウスという方をご存じありませんでしょうか。」
フィロスが、少し警戒して、私をかばうように前に立つ。
「それを知って、どうなさるおつもりか?」
「アクシアス様が今、どちらにいらっしゃるか、知りたいのでございます。…申し訳ございません。ご挨拶がまだでした。わたくしは、アクシアス様の礼儀作法の家庭教師をしておりました、フィフス・リリスと申します。」
「リリス…フォルティス国の、伯爵家か。」
「はい、さようでございます。あの?」
「私はスナイドレー公爵。こちらは。妻のソフィア。」
「ランドールの公爵様でございましたか、お声をおかけして、大変、失礼をいたしました。」
フィフス・リリス老嬢が見とれるほどに見事なカーテシーをとる。礼儀作法の家庭教師をしてきただけある、優雅な動作だった。
「あの、フィロス?わたくし、リリス様とお話をしてみたいわ?」
フィロスはしかたなさそうにうなずき、フィフス・リリス老嬢に、近くでお茶はいかがかと声をかけてくれる。
彼女は快諾し、自分の行きつけのティーサロンに案内してくれた。ここなら、誰にも話を聞かれないから、と。
「それで…。アクシアス様を、奥方様はご存じでいらっしゃいますでしょうか。」
リリス老嬢が遠慮がちに、ティカップにそっと手を添えながら、聞いてくる。
「ソフィアと呼んでください。…アクシアスは、わたくしの父です。もう16年前に亡くなりました。」
はっとしたように、リリス老嬢が目を瞠る。
「そうでしたか。もしや、そうではないかとは思っていましたが…。教皇閣下に勘当されたことは伺っております。でも、勘当された後の話が、この国には全く伝わっていないのです。おそらく、緘口令が敷かれていたのでしょう。…そうでしたか。やはり、亡くなられていましたか…。」
リリス老嬢が肩を落としうつむいてハンカチを目に当てる。しばらく、小さく震えていたけれど、やがてすぐにまっすぐ姿勢を正す。
「お見苦しいところをお見せしました。申し訳ございません。…あの、恐れ入りますが、アクシアス様に、最後のご挨拶に伺いとうございます。どちらに埋葬されたか、お教えいただくことはできませんでしょうか。」
両親のお墓がランドールの首都ランズの郊外の小さな町にあることを教えた。
「その町に1軒だけ、食堂があります。その食堂のおばさんに聞けば、お墓まで案内してくれるはずです。」
「ありがとうございます。ランドールへの入国許可を得られ次第、行ってみますわ。」
「あの、よろしければ、父のこと何か、少しで良いので、教えていただけませんか。わたくし、3歳で父を亡くしたので、どのような人か良く知らないのです。」
「よろしゅうございますよ、ソフィア様。」
リリス老嬢が、少年時代の父のことを話してくれる。
将来の教皇となるべく育てられたため、自由があまりなかったらしい。それでも、我儘を言うこともなく、努力と勤勉を好み、物静かだけれど、意外と芯が強く、自分が決めたことは絶対にやりとげようとする頑固なところもあった少年だったと、教えてくれた。
「困難なことも避けずにいろいろ挑まれておりましたが、いつもご自分で解決されていました。あ、でも、ランドールに行く前に、一つだけ、挫折を味わっていらっしゃいましたっけ。」
「挫折、ですか?」
「はい。この首都に王立動物園があるのですが、そこにいるユニコーンを1頭、逃がしてあげてほしいと王宮に直談判されて、失敗したのですよ。なんでも、ユニコーンの王とか?人語をしゃべるとか?…ちょうど、その頃、教会と王宮は対立しておりまして、教皇になるかもしれない少年の訴えを王宮は全く聞かず、門前払いされていました。今まで、自分がやりたいことで失敗したことがなかったため、ユニコーン1頭も自由にできないのかとアクシアス様はショックを受け、大変、落ち込んでいらしたので、よく覚えております。」
「ユニコーン…。」
ふと、バッグに仕舞って持ち歩いている父のブローチを思い出し、取り出す。
「その、ブローチは!」
リリス老嬢が目を瞠る。
「お父様のブローチだと、ユニコーンからもらったのですけれど。」
「ユニコーンから?いえ、それには触れないでおきましょう。はい、確かに、アクシアス様のブローチです。正確にはアクシアス様のお母様のブローチです。アクシアス様がまだ小さいころ、お母様に可愛がられていたころ、アクシアス様がねだってお母様からいただいたブローチです。」
「可愛がられていたころ?」
はっとしたように、リリス老嬢が口をつぐむ。
「申し訳ございません。話すべきではないことまで、話してしまいました。」
「いいえ。…あの、お父様は教皇閣下とどのような関係にあったのでしょうか。」
「それさえ、ご存じなかったのですか。…アクシアス様は、教皇閣下の直系の孫に当たります。ランドールに留学する前は次代の教皇として指名をされておいででした。」
…そんな身分の人だったんだ…。
それなのに、なぜランドールに留学してきたのかしら。




