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9. 親友との決別【キース視点】

 まさか親友と同じ女性を好きになるとは思わなかった。


 赤髪のアイツが夕陽を背に剣を振る。


 あれはいつだったか……

 夕陽を背に剣を握る奴と、夕陽に照らされ短剣を握る彼女。

 美しい金髪が風になびき、陽の光を受けキラキラと輝く。強い意志を宿したコバルトブルーの瞳を見つめ美しいと感じたのは、いつだったか……


 リアムとアイシャが剣を交わす。

 夕陽に照らされた二人の表情を物陰に隠れ、ジッと見つめていたあの頃。


 ボロボロになったアイシャをリアムが抱き上げ芝生の上にソッと下ろし、奴が何かを耳元で囁くと、それに屈託なく笑う彼女。

 そんな二人のやり取りを見つめ胸がドス黒い感情で埋め尽くされていった。


 憎っくきアイシャにリアムまで奪われたと憎悪を燃やし、彼女を助けるリアムをも恨んでいたあの頃。このドス黒い感情は、親友を奪ったアイシャに対するものだと思っていた。


 でも今ならわかる。

 あれは、お互いを信頼し、強い絆で結ばれた二人に対する嫉妬心だったと。紛れもなくリアムに嫉妬していたのだと……


 あの頃から俺はアイシャを憎む心の奥底で、愛しいと思う気持ちを眠らせていたのかもしれない。





 ひとり剣を振るリアムにゆっくりと近づく。


「久しぶりだな」


「キースか。お前がこんな辺鄙な所に来るなんて珍しいな。確か、副騎士団長補佐になったんじゃなかったか? 色々と忙しいだろうに……」


「お前こそ最近は騎士団にも顔を見せてなかったよな? もう辞めたかと思っていたよ」


 剣を握る手を下ろし、何の感情も読み取れない瞳とかち合う。


「なぁ、久しぶりに手合わせしないか?」


 俺は、持っていた模擬刀のうちの一本をリアムへと投げ渡す。


「………………」


 無言で投げられた模擬刀を掴んだリアムは、自身の剣を鞘に納めると脇に投げ、渡された模擬刀を構えた。

 数メートルの間をあけ、リアムと対峙する。


 仕掛けたのは俺が先だったか……


 剣と剣が打つかる甲高い音が辺り一帯に響き渡る。


 どやら、奴の腕も鈍っていないようだ。受けた剣の重さに、リアムの本気を感じる。


 撃ち込まれた剣の衝撃を力任せに跳ね返すと、一瞬よろめいた奴の胴体目掛け剣を払うが、ひらりと宙を舞ったリアムを捉える事は出来ない。


 虚しく宙を切る剣。


 すかさず伸びてきた剣先を辛うじて交わし、距離をとる。


 一進一退の攻防に時間だけが過ぎていく。


 呼吸が乱れ、じっとりと流れる汗と暑さに体力が徐々に削られていくのを感じていた一方、奴もまた息が上がり、肩で呼吸をしている有様だと気付いていた。


 場に流れる空気感からお互いに限界が近づいている事を悟る。


 あと一撃……


 間合いをジリジリと詰めながら、相手の隙を伺う。


 一瞬、奴が剣先を下げたのを見て、一気に間合いを詰め、渾身の一撃を振り下ろしていた。


 キィィィ一ーーーンッ


 模擬刀が宙を舞う。


………俺の負けか?


 見上げた先にリアムの顔が見える。


「どうやら引き分けのようだ」


 倒れた俺の目の前に折れた模擬刀を握り見せるリアムが屈み込んでいた。


「相変わらず、真っ直ぐな剣技をする。昔と変わらない……

正々堂々というか、バカ正直というか」


「そういうお前は相変わらず嫌な攻め方をする。姑息というか、卑怯というか。俺は、ああいう攻め方は好かん」


 過去一度もリアムに勝てた事はなかった。


 いつも飄々とし、真面目に剣を練習するところなど見たことがなかった。それなのに騎士団の模擬試合では簡単に勝ち進む。


 当時はリアムこそ剣の天才だと思っていた。


 嫉妬もしていたのだと思う。何でも卒なくこなし、前を行くリアムに嫉妬し、追いつきたいと足掻いていた。しかし、リアムも陰で努力を重ねていたのだと今ならわかる。練習を怠った者に、あんな剣(さば)きが出来るはずがない。


 差し出された手を掴み、起き上がる。地面に胡座(あぐら)をかき座ると、隣にリアムも足を投げ出し座った。


「アイシャと婚約するのか?夜会の招待状が届いた」


「あぁ……」


 長い沈黙が落ちる。


「アイシャを幸せにしてやってくれ。彼女が傷つく事がないように守り抜くと誓ってくれ」


 何だよ…それ……

 アイシャを幸せにしてくれだと……

 お前はアイシャを愛しているのではないのか?


「お前はそれでいいのか? お前だって、アイシャを愛しているのだろう?」


「……あぁ。たまらなく好きだよ。誰にも、キースお前にも渡したくないと思う程に愛している。

アイシャは私にとって特別な存在なんだよ。私の人生を変えたのは間違いなく彼女だ。貴族の(しがらみ)に囚われ、自身の夢を諦めかけていた私に言った彼女の言葉が全てを変えた。私はアイシャの柵に囚われない自由な考え方や、夢を実現させるために行動出来る強さに惹かれたのだと思う。そしてあの屈託のない眩し過ぎる笑顔に。

私は、彼女の笑顔を自身の手で奪ってしまった。許される事ではない。今、アイシャはキースの側で昔みたいに笑っているのだろう?」


 アイシャは俺の側で笑っているのだろうか?


 無理をして微笑むアイシャ。彼女の心には今でもリアムがいる……


「あぁ。アイシャは俺を愛してくれている」


「……そうか」


 前を見据えた奴の顔には何の感情も浮かんでいない。まるで全てを諦めたかのように淡々と語るリアムに苛立ちが募る。


「……なぜ…何故なんだリアム‼︎‼︎ お前は本当にそれでいいのか⁈

俺にアイシャを奪われていいのかよ‼︎‼︎」


 リアムの胸倉を掴み立ち上がる。


「お前のアイシャへの想いは、そんなものなのか‼︎‼︎ 俺に奪われてもいいのかよぉぉぉ……」


「奪うだけが愛じゃないだろ……

アイシャの幸せを願い、身を引く愛もあるんじゃないのか」


 リアムが俺の手を掴み引き剥がす。


「キース、アイシャを頼む」


 踵を返し、リアムが立ち去る。


 段々と小さくなる奴の背を見つめ思う……


 俺はリアムのようには思えない。愛する女性の側にいてこその愛ではないのか……


 俺はずっとアイシャの側にいる。



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