7. 破滅の足音【グレイス視点】
『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎える事となる。これは避けられぬ運命である』
これで邪魔者は消え去り、わたくしはヒロインとして、大好きな乙女ゲームの世界に返り咲く。
ノア王太子から『さきよみの力』を披露するように言われた時は内心マズい事になったと思ったが、結果としてアイシャを始末出来る予知をしたのは我ながら上出来だった。邪魔者を排除しつつ、白き魔女としての力も示す事が出来るなんて、一石二鳥のアイディアじゃないか。
後は、ドンファン伯爵に命じ、さっさとアイシャを殺して仕舞えばいいだけ。いつものように……
ただ、アイシャだけを殺すとなるとドンファン伯爵側に疑いを掛けられる可能性が残る。そこで登場するのがリアムよ。
リアムが私の婚約者になった事で、リアムに捨てられたアイシャは性格に難ありの阿波ズレ令嬢として社交界で噂されている。リアムを恨んでいたアイシャは、恨みを晴らそうと彼を呼び出す。しかし、返り討ちに合い彼の持っていた剣で刺され倒れるが、最後の力を振り絞り立ち上がったアイシャは、彼女が死んだと思い背を向けていたリアムに短剣を突き刺す。そして二人は絶命しましたとさ。
……なんてシナリオはどうかしら?
我ながら良い策ではないか。
私が目指すハーレムエンドに赤髪のリアムがいないのは寂しい気もするが、仕方ない。
彼は今でもアイシャを愛している。
ヒロインであるわたくしに靡かない男なんて死んで当然だ。
最押しのキース様もノア王太子もアイシャさえ死んでしまえば目を覚ますはずだ。
本来あるべき姿に戻った乙女ゲームでは、わたくしがヒロインなんですもの。彼らが私に夢中にならない筈がない。
悪役令嬢アナベルと婚約したノア王太子も真実の愛に目覚め、ヒロインであるグレイスを愛する様になる。アナベルを追放し、わたくしが王太子妃となり、傍らに愛人としてキースを侍らせる未来が始まるのよ。
……あぁぁぁぁ、あのスチルが見られないのは少し残念だわ。
玉座に座ったノア王太子の膝に座り、右手をキースに、左手をリアムに取られ口付けを受ける美麗なシーン。
金、青、赤の攻略対象者に傅かれたグレイスの恍惚とした表情。あのシーンを再現出来ないのは非常に残念ではあるが、本来あるべき乙女ゲームの姿に戻すには、必要な犠牲だ。
『トントン』
「ドンファン伯爵、失礼するわ」
今朝方、やっと王城から解放された私は馬車に乗り、ドンファン伯爵家へ帰って来ていた。
執事のセスから王城へ呼び出された日からドンファン伯爵が執務室に篭りっぱなしだと聞いた私は、私室でアイシャ殺害計画を練り上げ、ドンファン伯爵の執務室へと向かった。
「それで、お前はどんな予知をノア王太子の前で披露したんだ?」
椅子に座り執務机に頬杖をつき、仄暗い瞳を向け、睨むドンファン伯爵と目が合う。
……あら? この男はどうしちゃったのかしら?
いつもの舐め回す様ないやらしい目つきは鳴りを潜め、暗く澱んだ瞳を向けられる。目の下の隈は濃く、今までの傲慢で自信に満ちた姿は見受けられない。
別人の様に変貌した姿を見て、嫌な予感が脳裏をかすめる。
何かマズい事でも起きたのだろうか?
「ノア王太子に披露した予知ねぇ……
実現するのは簡単よ。いつものように、裏界隈のボスを使って、ゴロツキを数人手配すれば簡単に達成出来る予知よ。
アイシャ・リンベル伯爵令嬢とリアム・ウェスト侯爵令息を痴情のもつれに見せかけて殺害すれば終わりよ。晴れて、わたくしは『白き魔女』として認められるわ。二人を殺すなんて簡単でしょ?」
「何て事をしたんだ‼︎ まんまとノア王太子の策略に乗せられおって」
激昂したドンファン伯爵が執務机を叩き立ち上がるとわめき散らす。
「グレイス! お前は分からないのか‼︎
よりによってノア王太子の近しい人物の予知をするなど、捕まえてくれと言っているようなものだ。しかもアイシャとリアムを殺すだと……
ノア王太子は持てる権力を総動員してアイシャの守りを固めるだろう。そんな女をどうやって殺すと言うのだ。よくも二人を殺すのは簡単な事だと言えたな! 今や、子飼いのゴロツキですら自由に扱えんと言うのに。私達の悪事が王族に知れ渡った今、逃げねば命も危うい。裏界隈のボスが捕まるのも時間の問題だろう。お前の白き魔女ごっこには付き合いきれん……
白き魔女と言う情報に踊らされ、お前を養女に迎えたのがそもそもの間違いだった。
私は隣国に逃げる。勝手にすればいい。お前との親子関係も既に解消した。お前はドンファン伯爵家の娘でも何でもない。白き魔女でもないお前は、役にも立たん。早々にこの家を出て行くがいい」
「何ですって‼︎‼︎ 今さら私を捨てるって言うの!
散々、白き魔女の恩恵を受け、甘い汁を啜って来たじゃない。勝手な事言わないでよ‼︎‼︎‼︎」
「私はお前に騙されたのだ。どうせ、幼少期にした予知だって上手く裏工作していただけだろう。
初めからさきよみの力など無かった癖に上手く騙してくれたもんだ。お前さえいなければ私の人生は順風満帆だったのだ。さっさと荷物をまとめて屋敷から出て行け」
私を使い散々甘い汁を啜った癖に、今さら捨てるなんて許さない。
この世界の支配者はヒロインである私よ!
悪役令嬢に操られる下っ端の癖に、ヒロインである私に逆らおうなんておこがましい。私の意思を実行出来ない雑魚なんて乙女ゲームの世界に要らないわ……
ワゴンに置かれた果物用のナイフが目に付く。
私はワゴンに近づきナイフを手に取ると、ゆっくりと歩き出した。
背を向け窓辺に立つドンファン伯爵は気づかない……
あたかも、初めからグレイスの存在がこの世界には無かったかのように振る舞うその姿に、ドス黒い感情が心を満たしていく。
グレイスこそが、この世界のヒロイン。
……私の中の凶器が目を覚ます。
この世界に不要なのはドンファン伯爵、貴方よ!
私は彼の背めがけ、思い切りナイフを振り下ろした。
「お呼びでしょうか? グレイスお嬢様」
「セス、この男の後始末はお願いね。あと、やって欲しい事があるの」
執務室の惨劇を見ても眉ひとつ動かさないセスの態度を見て、私の心は凪いでいく。
最後に私の味方になってくれるのはセスだけ……
私はしたためた二通の手紙を彼に渡す。
「わたくしが指示を出したら、この手紙をアイシャ・リンベル伯爵令嬢とリアム・ウェスト侯爵令息に届けて欲しいの。ふふふっ……
貴方も知っているでしょ。町外れにある隠れ家。愛し合う二人には相応しい場所ではなくって?」
何もない朽ちかけた屋敷。
ヒロインの座を奪ったあの女の最期には相応しい場所だ。
「……セス、貴方までわたくしを裏切らないでね」
「かしこまりました。グレイスお嬢様」
私は、傅くセスの手を取り、口づけを落とした。




