4. クレア王女の告白
「アイシャ、左手の薬指の指輪。キースに貰ったのかしら? 確か、彼の瞳の色はブルーだったのではなくて?」
「えっ⁈……あの…そのぉ……」
「もしかして、彼と婚約したのかしら?」
さっそくバレてしまった。
今日は、クレア王女とのお茶会の日だった。町でゴロツキに襲われ、ナイトレイ侯爵家で静養していた間、彼女は度々、手紙や精巧な細工の小箱やら珍しいお花など沢山のお見舞いの品を贈ってくださった。手紙には、体調を心配する言葉と共に、元気になったらお茶会をしましょうと書かれており、数ヶ月越しに、今日やっとクレア王女とのお茶会が開かれる事となった。
キースとの婚約はまだ発表されていない。プロポーズに応えてからすぐ、彼は婚約を発表しようと張り切っていたが、ナイトレイ侯爵夫妻から待ったがかかった。
私の体調が完全には戻っていない点と、せっかく婚約発表するなら大々的に知らしめたいと言うナイトレイ侯爵夫人のたっての願いで、一ヶ月後にナイトレイ侯爵邸で夜会を開き発表する事に決まった。
最後までキースはゴネていたそうだが、周りを寄せつけない程の仲睦まじい姿を当日見せつけるため、私との仲を一ヶ月で進展させるように、夫人に課題を出され彼もやる気を見せているらしい。
今以上に接近されたら私の心臓が破裂してしまうぅぅぅ……という、心の叫びはナイトレイ侯爵家の皆様には伝わらない。
リンベル伯爵家へ戻ってからも三日とあけず彼は会いに来る。副団長補佐なのに仕事は大丈夫なのだろうかと思える程の頻度だ。
そして日に日にスキンシップも激しくなっていく。昨日も、リンベル伯爵家を訪れたキースと小川が流れる森林公園へ行き、大きな木にもたれ本を読んでいたら、いつの間にか寝ていたらしい。気づいた時には、彼の膝枕で寝ている状況。私が起きた事に気づいた彼からの突然のキス……
慌てる私に破壊力バツグンの眩しい笑顔。愛しい人を見るかのように蕩ける笑顔を向けられれば、心臓が破裂する程、ドキドキしてしまっても仕方ない。
まったく。キースは私を憤死させるつもりなのかしら……
近々、ナイトレイ侯爵家にて夜会で着るドレスの打ち合わせもあるし、果たして婚約発表まで私の心臓は保つのだろうか。
「ねぇ、アイシャ。わたくし、その指輪どこかで見た事がありますの」
「……えっ⁈それはどういう事ですか?」
キースとの今までのやり取りを思い出し、顔を真っ赤にして俯く私に向かい、クレア王女が放った言葉に心臓が大きく跳ねる。
クレア王女は何を言っているのか?
この婚約指輪を彼女が前もって見る機会などない。だって、この指輪をつけて王城に来るのは今日が初めてなのだ。しかも他の貴族の夜会やお茶会にも最近出席していない。彼女がこの指輪を知っているなんて有り得ない話だ。
「私が知っている指輪は、貴方のしている物とはわずかに違うわ。真ん中のブルーサファイアは同じだけど、側面に配置してある宝石はエメラルドだったのよ。グレイスの瞳の色と同じね」
グレイスの瞳の色と一緒って………
どこかの夜会や茶会でグレイスが、この婚約指輪と似た物をつけていたのをクレア王女は見かけたの?
そんな事って………
私はキースにまで裏切られていたの?
衝撃的な事実に頭の中が真っ白になる。
そんなぁ。やっとキースとの未来を考えられると思っていたのに。
幸せな未来を……
「アイシャ! 泣かないで……
貴方を泣かせるつもりは無かったの。わたくしの言い方が悪かったわ。アイシャ、よく聞いて。
わたくしが、グレイスの瞳の色と同じエメラルドが配された指輪を見たのは、この世界ではないわ。前世でやっていた乙女ゲームの世界で観たのよ」
乙女ゲームの世界。
えっ、えぇぇぇぇ…まさか……
「アイシャ、これからわたくしが話す事は、貴方にとって意味不明かもしれない。でも、これは作り話でも貴方を揶揄っている訳でもない、紛れもない真実のみを伝えていると思って、真剣に聞いて欲しいの。わたくしの前世の記憶が貴方の今後の人生に必ず役に立つ時が来るから」
「前世の記憶って……」
クレア王女は、私と同じく前世の記憶を持つ転生者だったということなの?
「わたくしが前世の記憶を取り戻したのは、初めてアイシャに王城で出会い、紅茶をぶっかけられ、平手打ちをされた時だった。打たれた痛みからか、プライドを傷つけられたショックからか、私は幼少期のワガママ王女の記憶を残したまま、膨大な量の前世の記憶を取り戻したの。前世の産まれてから死ぬまでの記憶が、たった7才のわたくしの脳に甦ればおかしくもなりますわね。順応させるのに苦労しました」
「では、クレア様の頭には前世の記憶が今もあるのですね? それはいったいどんな記憶ですか?」
「貴方にとっては突拍子もない空想上の世界だと思うわ。わたくしの前世は、日本という名の国で、平民の様な暮らしをしていた。貧富の差はあるものの、この国の様に身分制度はなく、国民皆が平等の権利を有する法治国家だったの。
そんな国の一般的な家庭に生まれた私は、ごく普通に成長し、学校という名の学び舎で勉学に励み、会社と呼ばれる所で働き、その対価としてお金を貰い生活をしていたの。もちろん、結婚もして子供も産み幸せな一生を終える事が出来た。そんな生涯の中で、会社勤めをしていた時に、好んでやっていた娯楽があるの。『白き魔女は蜜夜に溺れる』という乙女ゲームよ。その乙女ゲームに、この世界はとても似ている。あまりにも似過ぎているのよ」
……っ‼︎ やはりこの世界は、あの乙女ゲームに似ている世界なのね……
「しかし、全く同じ世界ではないわ。その乙女ゲームの登場人物の立ち位置が微妙に違うの。白き魔女ともてはやされているグレイスはヒロイン、そのヒロインと愛を育むのが、ノア王太子、リアム、キースの三人。そして、ヒロインを陥れる悪役令嬢なのが、お兄様と婚約したアナベルなの。でも現実世界では、乙女ゲームに名前すら出て来ないアイシャが、攻略対象者三人にプロポーズをされ、悪役令嬢であるはずのアナベルとお兄様の仲は良好でしょ。この世界では、アイシャがヒロイン、グレイスが悪役、アナベルがモブの立ち位置にいる。
しかし、乙女ゲームの要所要所で行われるイベントは、現実世界でも起こっている。ヒロインのデビュタントでのノア王太子とのダンスも、悪役令嬢に絡まれた際にリアムに助けられるシーンも、町で暴漢に襲われキースに助けられるシーンも全て現実で起こっている」
「確かにその通りですわね……」
「……アイシャはわたくしが言った意味を理解しているの?」
「へっ⁇……」
「だって、乙女ゲームなんてこの世界にないでしょ⁉︎」
「……あっ」
マズい…どうやらボソっと言った言葉を聞かれてしまったようだ。
クレア王女と私の視線が絡み合う。
彼女とは幼少期からの長い付き合いでもある。そして、私の事を思い、危険を犯してまで前世の記憶を打ち明けてくれた。彼女の立場では、前世の記憶を打ち明ける事で起こるリスクは、私の比ではない。
彼女なら私を受け入れてくれる。
今までだって散々、突飛な行動をして来たじゃないか。
同じ転生者。彼女なら私を理解してくれる……
私はクレア王女の瞳を真っ直ぐ見つめ話し出した。




