3. 前世の記憶【クレア視点】
とうとうこの時が来てしまった。
アイシャに私の前世を話す時が……
『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎える事となる。これは避けられぬ運命である』
ノアお兄様から聞かされた不穏な予言。
あのグレイスが、審問会でお兄様と約束した『さきよみの力』を使い行った予知は耳を塞ぎたくなるものだった。
もちろんお兄様と同じくグレイスに『さきよみの力』があるだなんて私は信じていない。
あんな誰にでも尻尾をふり、男を手玉に取るような女が、伝説的な白き魔女な訳ない。
私の知る乙女ゲームのグレイスとは明らかに違う破廉恥な令嬢。確かにゲームの中の彼女も攻略対象者三人に対してはっきりしない態度を取るが、どちらかというと自身の出自に劣等感を持つ彼女は、三人から距離を置く行動を取っていた。そんな彼女との距離感が徐々に近づき、ラブ度が上がっていくのが、あのゲームの醍醐味だったはず。
もちろん、ゲームの中のグレイスが色んな男を手玉に取るなんてシーンはない。
ゲームの中のグレイスとは全く性格の異なる見た目だけそっくりな女。
彼女に婚約者を誑かされ、婚約破棄に追い込まれた親しい友人令嬢の泣き顔が思い浮かぶ。
アイシャとも共通の友人令嬢。
一方的に別れを告げられた彼女の悲嘆にくれた姿を思い出し、腹わたが煮え繰り返る。
あんな女に大切なアイシャを傷つけられてたまるものですか!
……かと言って、王女である私は自由に動く事は出来ない。すでに、アイシャにはナイトレイ侯爵家の影の者が付いているとの話だし、今後はお兄様が全力でアイシャの守りを固める筈だ。
ただ、アイシャの守りを固めるだけで本当に彼女の命を守る事が出来るのだろうか?
彼女は普通の令嬢とは違い、行動力が並外れている。夢の実現のため昔から突飛な行動を起こす事が多かった。幼少期に騎士団の見学に行き、副団長を師とし剣を学び出した時も、我がまま王女だった私に紅茶をぶっかけ、引っ叩いた時も、普通の令嬢ならまずしない行動を起こして来た過去がある。
おかげで今の私があり、前世の記憶を思い出すきっかけにもなった訳だが。
彼女は大切に守られているだけを良しとしない。自身の気持ちのまま突き進む令嬢である。
必ず予想外の事件に巻き込まれる気がするのだ。
胸騒ぎがする。
アイシャが私の元から消えてしまうのではないかと……
彼女が、この世界と酷似している乙女ゲームの情報を知り、危険に飛び込む事を思い止まるなら、私の前世を明かす意義がある。
前世の記憶が蘇ったのは、アイシャを救うためだったのだろうか?
アイシャは私が前世の記憶持ちだと知っても変わらず友達でいてくれるのだろうか?
きっと彼女なら大丈夫だ。
だってアイシャは規格外の令嬢なのだから……
「アイシャ久しぶりね。色々と大変だったみたいね」
侍従に連れられ現れたアイシャは、つき物が取れたかの様にスッキリとした顔をしていた。
ノアお兄様とアナベルの婚約を祝した夜会では、とても辛そうにしていたが今はいつもの柔らかい笑顔を見せてくれる。
「クレア様、ご無沙汰しております。わたくし事で色々バタバタしておりまして、お会いするのが遅くなり申し訳ありませんでした。沢山の励ましのお手紙ありがとうございました」
「いいのよ。それよりも座って」
目の前のソファに座る様に促し、ワゴンの上のティーセットからポットを取り、二人分の紅茶を入れ、一つをアイシャの前に置く。
「あっ⁉︎ クレア様にお茶の準備をさせたなんて、申し訳ありません! わたくしが代わりますから‼︎」
「アイシャはお客様ですもの、座ってて。わたくしの私室ですのよ。誰も見ていないわ。堅苦しい決まりはなしよ」
「……えっと。専属侍女のルーナさんもいらっしゃらない?」
「えぇ。今日はアイシャに大切な話があって人払いをしましたの。だから、貴方も気を楽にしてね」
「そうですか…………」
……あら?左手の薬指。
ブルーサファイアの指輪なんて……
ソーサーを持つアイシャの左手に目がとまる。
「アイシャ、左手の薬指の指輪……
もしかして、キースに貰ったのかしら? 確か、彼の瞳の色はブルーだったのではなくって? もしかして、キースと婚約したのかしら?」
「えっ⁈……あの…そのぉ……」
私の指摘に彼女の顔がみるみる赤く染まっていく。
どうやらキースにプロポーズされた様だ。
町で暴漢に襲われたと聞いたが、その後キースと進展があったのか?
確か、気絶したアイシャをキースが連れ去ったとか。
まぁ、私にとってはアイシャがキースとくっつこうが、リアムとくっつこうが、彼女が幸せならどちらでも良いのだが。
顔を真っ赤にし俯き紅茶を飲む彼女の様子だとアイシャも少なからずキースを想っているのだろう。
恥ずかしそうにするアイシャを見て、ふと思う……
この光景、どこかで見た事がある。
……いや違う。あの指輪だ‼︎
私の脳裏に次々と前世の記憶が流れていく。乙女ゲームのスチルが……
町で襲われたグレイスを偶然助けたキースが気を失った彼女を保護し、ナイトレイ侯爵家へ連れていくシーン。
利き手を怪我したグレイスを介抱するうちに徐々に二人の距離が縮まるシーン。
自身の出自に劣等感を抱くグレイスが、夜中に耐えきれず泣いている所をキースが見つけ抱き締めるシーン。
そして、薔薇園でキースがグレイスにプロポーズするシーン。薔薇の花びらが舞い散る中、グレイスの手をとり薬指にはめた指輪。キースの瞳の色のブルーサファイアを中心に、グレイスの瞳の色を模したエメラルドの小石が左右に配置された婚約指輪。
あの婚約指輪を彷彿とさせる指輪をアイシャがしている。
まるで、この世界のヒロインがアイシャだとでも示すように……
こんな偶然って……
キースとの婚約を了承したグレイスはその後どうなった?
あの乙女ゲームにはいくつかのラストが存在する。もちろん、攻略対象者三人それぞれとのハッピーエンドがある一方、たったひとつだけバッドエンドが存在するのだ。そのバッドエンドに至る方法が特殊で、奇跡でも起こさない限り、そのエンドにたどり着く事は難しいと言われていた。だからこそ、バッドエンドを見る為に、やり込んでいたのを思い出す。
そのバッドエンドとは……
リアムとグレイスが想いを通わせた後、何故かリアムが心変わりを起こし、悪役令嬢アナベルと婚約を結ぶ事になる。
自身の出自が平民だから、捨てられたと思い込んだグレイスが、失意の中、気晴らしに出掛けた町で、悪役令嬢が仕掛けた暴漢に襲われた所を偶然通りかかったキースに助けられる。そこから短時間で初対面のキースとの高感度を上げる事に成功した場合にのみ現れる彼からのプロポーズシーン。
あのシーンでリアムへの想いを残したまま、キースからのプロポーズを了承すると開かれるバッドエンドへの道。
リアムへの想いを捨てきれなかったグレイスは、彼を人質にとった悪役令嬢に呼び出され、彼を助けるため自身の命を絶つ選択をする。
命を絶ったグレイスを抱きしめ、慟哭するリアムの美しい泣き顔が印象に残るラストだった。
『アイシャがこの世界のヒロインなら』
あの乙女ゲームに酷似した、この世界のヒロインがアイシャだったとしたら?
キースにプロポーズされてなお、アイシャの心にリアムがまだ居座っているのなら、この物語の結末は……
『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎える事となる。これは避けられぬ運命である』
グレイスの予知が真実味を帯びてくる。
アイシャを死なせてなるものか!
私が前世を思い出したのは、この事を伝えるためだったのだ。
アイシャの命を救うために……




