10.王族の責任【ノア視点】
僕は自室のソファに腰掛け、ある令嬢のことを思い出していた。
『アイシャ・リンベル伯爵令嬢』
あのダニエルが溺愛する妹がいるらしいと噂で聞いたのはいつだったか………
何かと理由をつけ王城にやって来る煩い令嬢達には、見向きもしないアイツが可愛がる妹がいる事に単純に興味が湧いた。
不思議な事にリンベル伯爵家では最近までアイシャを誰にも合わせていなかったという。王妃である母の妹君が嫁いだ家であるため、リンベル伯爵家は王族との繋がりを欲しがる貴族から公爵家と縁の深い高位貴族まで様々な貴族家と交友関係を持っていた。もちろんリンベル伯爵家には、そんな貴族家から客がひっきりなしに訪れていたという。
なのに誰もアイシャに最近まで会った事がなかったようだ。
そんな秘密めいた令嬢が、7歳を迎える誕生日にお披露目されるという。
名目はアイシャの披露目の誕生日パーティーだが、実際は将来の婚約者を見定める為に開かれるパーティーである事など、招待された家々は言われなくてもわかっていた。
公爵家から嫁ぎ、王妃を姉に持つルイーザ夫人を娶ったリンベル伯爵との関係を結びたい貴族家は、アイシャとの婚約は是が非にも成立させたいだろう。
僕は単純にアイシャの人となりに興味があったのと、ダニエルの面白い反応を期待して母の名代で誕生日パーティーに参加したわけだが………
ルイーザ夫人に伴われ私達が談笑していた輪にやって来たアイシャは確かに可愛らしい少女だった。
まぁ、可愛らしいというより妙に迫力ある顔つきと言うか、ゴージャスな金髪の巻き毛につり目がちな目元、濃い目に施された化粧は、7歳にしては迫力ある美人に仕上がっていた。
周りの奴らも迫力ある美人に気圧されていたのではなかったか………
完璧なカーテシーを取り挨拶を述べたアイシャが緊張からか噛んだ。
誰もが気づかない振りをしようとする中、予想外のアイツが言葉を発した。
まさかリアムが令嬢の失敗を笑うとは思わなかった。奴もまたダニエルと同じく女に全く興味がない。
いや、誰に対しても興味がない奴だ。
王城でのアイツの態度は興味がない奴程、丁寧に紳士的に振る舞う。その社交辞令な態度に惑わされる者は大勢いるが、それを見て内心バカにして遊んでいる事は、古い付き合いの僕もダニエルも気づいていた。
そんなリアムが公衆の面前でパーティーの主役であるアイシャを貶めるなんて信じられなかった。
目の前で唇を噛みしめ怒りで震えるアイシャを気遣い近づき手を握り名乗った訳だが、まさかあの場面で王太子である僕に握られた手を引っこ抜き、あまつさえ後退する女性がいるとは思わなかった。
放心状態の僕を置き去りに場の状態は変化していき、
我に返った時にはアイシャは消えていた。
あの出会いから色々な事があった。
お茶会の誘いを体調不良でキャンセルされ、逃げられないようにリンベル伯爵家を突撃訪問するも、僕の色仕掛けを尽く避ける。
仕舞いには、予想外に早く帰ってきたダニエルを見てあからさまに安堵の表情を浮かべ涙目になる始末………
ここまで女性に避けられた事などなかった僕は信じられない思いで王城へ帰って来たものだ。
避けられれば避けられる程、追いかけたくなるのが男の本能ではある。
確か今日は母に呼ばれアイシャ嬢は王城に来ているのではなかったか?
数日前から妹のクレアが大騒ぎしていたから、何か一波乱あるやもしれんな。
クレアは昔から僕の女関係には大騒ぎする奴だった。両親から甘やかされて育ったクレアは7歳になるのに王族としての自覚もなくワガママし放題だ。気に入らない事があれば手当たり次第に当たり散らし、そのトバッチリで辞めていった侍女も数知れず。
最近やっと重い腰を上げた母でさえ、クレアをどう矯正するか迷走している。
まぁ、クレアは僕にとっては無害で馬鹿な可愛い妹だから放置しているが、今後邪魔になれば切り捨てればいいだけだ。
『トントン』
「お兄様、お話がありますわ」
神妙な顔つきのクレアが入ってくる。心なしか頬が赤いように思うが………
「どうしたんだいクレア?」
「わたくし、アイシャならお兄様との婚約を認めてあげられるかもしれない」
「はっ⁈」
クレアは何を言っているんだ?
それだけ言い部屋を出て行くクレアを見送ると入れ代わりに母が入って来た。
「ノア、今いいかしら?」
「………えぇ。ところでクレアはどうしてしまったのですか?
昨日まではアイシャ嬢の事を散々罵っていたのに………
お茶会で何かありましたか?」
「………ふふふ………実はね………」
お茶会でのアイシャ嬢とクレアのやり合いを驚愕の面持ちで聞く事になった。
お茶が不味いとメイドに当たり散らしたクレアの頭からアイシャがお茶をかけ、怒り狂ったクレアに平手打ちをかまし説教したとは。
「また随分と思い切った事をしましたねアイシャ嬢は………
紅茶をかけ、平手打ちとは………………」
「先に手を出したのはクレアよ。頬を叩かれたアイシャは一切文句も感情に任せやり返す事もなかった。
あの娘が感情を表に出したのはクレアがメイドに紅茶の入ったカップを叩きつけた時だけ。
下位の者に対する上位の者が振る舞う行動の責任の重さを説くアイシャはまさしく王者の風格だった。
たった7歳の女の子が最も大切な王族としての心構えを理解し、クレアに訥々と説く姿は信じられない光景だったわ。
あの娘は今後大きく化けるわよ。
末恐ろしい少女よ………」
母が獲物を見つけたハンターのように不敵に笑う。
「母上は随分アイシャ嬢の事が気に入ったようですね」
「そういうノアはアイシャの事をどう思っているのかしら?
わざわざリンベル伯爵家まで赴いたようだけど………」
「母上の話を聞き益々興味が沸きましたよ。
しかし、アイシャ嬢を狙う敵も多そうだ。ダニエルは邪魔するでしょうし、何よりリアムが興味を示している。万が一、リアムが参戦してきたら勝てるかどうか………」
「あら!リアムまで………
益々アイシャを手に入れたくなるわねぇ~
さて、何か策を考えようかしら………」
楽しそうな母と僕のアイシャ包囲網を練る話し合いはしばらく続いた。




