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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
幕間(ある家族の挿話)
161/250

いつの間にかあなたは

 翌日、早朝。

 まだ人気(ひとけ)のない内に済ませようと言うことになって、マルドゥム、ティアナ、ミリアの三人は街を出た。



「ここらで良かろう」

 近場の草原、父娘(おやこ)は対峙する。



 まるで審判でもするかのようにミリアは向かい合う二人のちょうど真ん中に立つ。




「いつでもどうぞ」

 挑発、ティアナ。



 瞳には既に(かす)かな緑の光。

 ――父娘(おれたち)が闘うなど。




 マルドゥム、腰に差した片手剣(レイピア)に手を掛け、ゆっくりと引き抜いていく。

 彼の腕の動きに連動して刀身が鞘から出れば出るほど、父娘(じぶんたち)の距離も離れていく――何故かマルドゥムはそんな気がした。



 ――だが、()らねば納得すまい。

「手加減は――なしよ」




 背中の幅広剣(ブロードソード)に手を伸ばす(ティアナ)

 ――躊躇(ためら)いは、迷いは。



 何もないのか、とマルドゥムは娘の並々ならぬ覚悟に怖気(おぞけ)(ふる)う。



「俺に勝てると思ってるのか」

 ティアナは口を開かない。


 ――つまり。

 力の差を承知しているという事だとマルドゥムは理解する。



 この父親(あいて)に力押しで勝てるほど甘くない――(ティアナ)には分かっているのだ。




「行くよ」


 ――もう、何を言っても無駄か。



 今のティアナに必要なのは納得なのだろうとマルドゥムは思う。消化できていない思いがある間、彼女は前に進めないのだろう。




「来い」

 中段に構える片手剣。




 二人の間合いはまだ遠い。




 ――お前を。




 ミリアが心配そうに二人を見ている。



 マルドゥム、目を一瞬閉じて、開く。

 ――止めないとな。




 彼の目が緑に光る。




「加護……?」  



 幅広剣(ブロードソード)、上段に構えるティアナ。その瞳にも(とも)る緑の光。



 ――やっと本気って事? お父さん。

 父親が加護持ちであることに驚き、身の引き締まる気持ち。




 本気の父親(マルドゥム)を倒さねば先へは進めない。

 その障壁(ハードル)、その高さ。





 ――超えてみせる。

 そうしなければウードの元へは戻れないのだ。




 何としてもウードの元へ戻り、今度こそ(・・・・)は――ティアナ、決意。




「はああああっ」

 脚力にものを言わせ水平に飛び出し、瞬時に間合いを詰めるティアナ。



 剣を振りかぶり、マルドゥムの片手剣に全力(フルパワー)で撃ち込む。




 重厚な金属音が草花を舞い上げた。

 ――流石に強烈。だがな。





 するり。




 あっさりといなされる娘の剣。




「そんなっ」

 瞳を緑に輝かせたマルドゥムは、バランスを崩したティアナとすれ違う。




 ――力の使い方がまるでなっていない。

 慌てて距離を取るティアナ。




 対照的にマルドゥムは悠然と向き直り、間合いはまた、最初の状態へ。




 ――何て事。

 正直、ここまでの差があるとは思っていなかった。怪力の加護で押し切れないまでも、(ひる)ませる事くらいはできるはずだ、そこに勝機があると考えていた。




 だが、現実は甘くない。



 差は――歴然。



 しかもウードは(マルドゥム)の先だ。

 ――それでもあたしは、勝つ!




 再び剣を振り上げ、マルドゥムに斬りかかる。

 夜を完全に払い()けた夏の太陽が、二人をじりじりと()く。



 二人の剣士は互いの思いを剣戟で交換しながら、闘いを続けていった。







 



 やがて。


「それまでよっ」

 ミリアの絶叫。




 倒れたティアナ。

 いっさい表情を変えず、息一つも乱さず、マルドゥムは娘の鼻先に片手剣(レイピア)の切っ先を突きつけていた。




 ――こんなにも、遠いだなんて。

 ティアナは自分の瞳にみるみる涙がたまっていくのを感じていた。




 まるで歯が立たなかった。

 父親は、娘の斬撃をことごとく受け、いなした。




 自分の加護(かいりき)にかなりの自信を持っていたティアナ、余りの手応えのなさに折れそうになる心を奮い立たせ、諦めずマルドゥムに剣を撃ち込み続けた。




 十度か、それ以上に斬撃を繰り出したところで、ティアナの体力の限界はいきなり来た。




 足を支える力がなくなり、その場に膝から崩れ落ちた。

 マルドゥムは娘の限界を見て取るや片手剣(レイピア)を繰り出す。最後の力で斬撃を受けるティアナ。足元がよろめき、その場に倒れた。




「――これが俺の全力だ」

「そう、なんだね」

 涙が流れ出し、彼女の顔の周りの草を濡らしていく。




 確かに全力だったのだろう。

 ――そうじゃなきゃ、こんなに簡単に負けるなんて。




 剣を鞘に戻すマルドゥム。短く息を吐き、横たわる彼女の隣に腰を下ろした。




「ティアナ、大丈夫?」

 マルドゥムとは反対側に座るミリア。




「うん、何ともないよ。怪我はしてないから」

 半身を起こし、ティアナが答える。




 そう、良かった――母親は安堵の顔で微笑んだ。

「何の、加護なの?」とティアナはマルドゥムに問う。


マルドゥム(お父さん)のはね、確かタイミングを合わせれば受けた力を(ゼロ)に出来る――相殺(そうさい)の加護、よね?」




「ずるい、そんなの」

 不満を鳴らすティアナ。




 だが、タイミングを合わせれば(・・・・・)、と母親が言ったのをティアナは聞き逃してはいない。つまりそれが恐ろしく高難度なのだろう――。




「悪く思うな。手加減は無しだったからな」




「うん。でも、負けちゃったなぁ……」

 膝を抱え、ティアナは顔をうずめる。




 悲しさがまたこみ上げてきて、時々肩を震わせる。



「仕方ないわ。約束は約束」

「お母さん……」

「な、なあ、ミリア。俺は――」





 マルドゥムはミリアに睨みつけられて言葉を飲み込んだ。

 ミリア、(うな)るような溜息(ためいき)

 瞳には怒気をはらむ。


「あなた達はまったく! いい? あんな所(・・・・)に旅に出て、無事に帰って来られる保証なんてないわけでしょ?」




「分かってるよ。でも、あたしは」

「いいえティアナ(あなた)は分かってない。母親(わたし)の気持ちにもなって! 夫と娘を危ないところに行かせて平気な母親なんていない……そんなの、当たり前じゃないの……?」

 ティアナは黙るしかない。

 ミリアは暫く、恨みがましい目で娘と夫を睨みつけた後、ふっ、と表情を切り替えた。

「でも……まあ……あんなに強くなっていたなんて、やっぱりお父さんの子供ね。

 正直、もっとひどいと勝手に思ってたわ。それがどう? 剣筋はしっかりしてたし、手数も豊富。力の使い方さえきちんとすれば、強くなるわよ、ティアナ(あなた)

 ミリアは感慨深げに語る。




「まるで、若い頃の父さんみたいだったわ」

「それは持ち上げすぎだろ」

「あら、若い頃のあなたって、今のティアナより強かったっけ?」



 夫婦は笑い、娘は押し黙る。

 陽が高くなりつつあり、徐々に気温も上がって来た。





「なあ」

 マルドゥムは前を向いたまま、彼女(ミリア)と目線を合わせず呟いた。

「――君さえ良ければ、一緒(いっしょ)に行かないか、ミリア。なに、(ここ)へはまた帰って来られる。俺はね、彼らが作る国って奴を見てみたいんだ。出来れば、君や、ティアナと」

 

「あなたはそう言うだろうと、何となく知っていたわ……」

 諦観(ていかん)と期待が半々に混じり合うミリアの声。



「心配は要らない、君は必ず俺が守る」

「ティアナは? どうするの?」

 その問いを受けてマルドゥム、涙で赤く腫らした娘の目を見て、にこりと微笑んで。




(ティアナ)はもう、一人で自分を守れるさ」

「ええ――そうね」

 ミリアはどこか嬉しそうにする。娘の意外な成長が、母親には(まぶ)しく見えたのかもしれない。




「ほんとに、いつの間にかあなたは、自分で自分を守れるようになったていたのね……」

 母親の呟きが、父娘(おやこ)の胸に響く。









 三人(・・)が、ガウとセラーの待つ森の家に訪れたのは、それから数時間後のことだった。

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