44話
「ラスト一週間!体調管理だけはちゃんとやっておけよ!」
「「「はい!」」」
文化祭まで一週間を切った。小道具も全て完成し、劇はリハーサルに入ってほとんど問題なく進んでいる。あとは役者達と裏方のタイミングの調整などの細かい部分だけだ。
「結斗、今からちょっと時間あるか?」
「なんか問題でもあったか?」
「いやそんな真面目な話じゃないから。こっちこっち」
「?」
練習後、片付けを終えた所に智仁が手招きをする。更衣室代わりに借りている一室の扉を勧められるまま開くと、そこには紙袋が鎮座していた。誰かの忘れ物だろうか?
「忘れ物なら俺じゃなくて顧問に言えよ」
「ちげーよ。頼まれてたやつ」
「?」
「王子様の衣装」
「!?もう出来たの?」
「間に合わせたんだよ」
慌てて紙袋から中身を出して確認すると、そこにはあの衣装が綺麗に畳まれていた。
無くなっていた一部の飾りは総取っ替えされ、虫に食われて穴の空いた箇所は綺麗に繕われている。
少しだけアレンジされた衣装は、俺には前よりもずっと素敵に思えた。
「〜〜〜っ!ともひとーっ!」
あまりの感動に思わず抱きつくと彼は露骨に眉をひそめた。
「うわっ!なに……」
「ありがとう!すっっっごい気に入ったっ!」
「………それはどーも」
「お前は天才だよ!」
「あー、そういうのはいいから!とりあえず着てみろって!」
「うん!」
早速ブラウスに袖を通すと俺の好きな甘い洗剤の香りがした。
(まさかこれを着ることになるとは思わなかったな)
それからスラックスを履いて次はジャケット、それから少し智仁が手を加えて、きちんと整えられた姿が鏡に映る。そこにいたのは王子様では無くその面影を残した”古谷結斗”だった。
「似合ってるよ」
「……うん」
でもそれでもよかった。
多分、これが正しいのだ。「王子様」の焼き増しではなく役者、古谷結斗へ。
これがきっと夢への第一歩だ。
「智仁!ちょっと俺このまま行ってくるわ!」
「は?どこに」
「王子のところ!」
「……ああ、いってらっしゃい」
聞いて欲しいことがあった。
「なにそれ王子様ー?」
「そう!」
俺は父さんみたいな役者になりたかった。
キラキラしていて、心から楽しんでそこに立っていて、観客に笑顔を与えられるような役者に。
「古谷!廊下は走るな!」
「すんませーん!」
同じ衣装を着ても、同じステージに立っても、まだ近づけた気はしない。
だから俺は、
「王子っ!」
「……すごい格好だね」
「俺!やっぱり演劇続ける!続けたいっ!」
「やめるつもりだったんじゃないの」
「そうだったよ。でもこの衣装を着てまだ何もしてないっ!って思った」
この舞台が終われば、社会人になって、演劇は終わらせようと思っていた。
これはひとときの夢で、現実を見なければいけない。夢なんて追いかけている場合じゃなくなってくると思うし、演劇なんてやめて堅実に、父さんみたいに生きて行くのが正解なんだろう。
でも、
「俺はまだ終われない!まだ王子様になれてない!だから、父さんにどれだけ嫌な顔されようともどれだけ自分に責められても続けようと思うよ」
「いいんじゃない?誰が何を言おうともこの人生は君の為の脚本だ。だから君はやりたいことをやりたいようにすればいい。いつだってその先は君に決める権利がある」
王子は笑って答えた。
「君が主役なんだよ、結斗」
「……はは、ほんとはさ、王子にあの時背中押してくれてありがとうって言いに来たのになんか色々すっ飛ばしちゃった」
「いいよ。君がそんなんなのはいつものことだし」
「いつもごめん、それと、俺と出会ってくれてありがとう」
俺は、王子に出会わなかったら全部諦めてたと思う。演劇も父さんとのことも。
何も気づけないで大人になって多分ずっといじけたまま生きてた。なんで誰も助けてくれなかったのって。彼のおかげだ。
それでも彼は首を横に振るのだ。
「……全部君が頑張ったからだよ。僕は何もしてない」
「今日父さんに言うよ。舞台、見に来てくれって」
「うん」
「でもこんなん初めてでさ、まだ怖じけずいてるんだ。だから頑張れって言って。そしたら頑張れる気がするから」
「頑張れじゃなくて「できる」でしょ」
「大丈夫だよ。君はちゃんとできるから」
その言葉だけでなんだってできる気がした。
「だから安心していい。通じるよ」
「うん!」




