4話
「……はい、キリがいいからここまでで一旦休憩!」
ステージ下の智仁が終了を合図した瞬間、全部員がまるで風船の空気が抜けていくときのように大きく息を吐いた。
「お前ら今そんな緊張してて本番大丈夫〜〜?」
そう茶化すと羽音のような声で舞台やら裏から「うぃ〜〜す……」だの「大丈夫で〜〜す……」だのが聴こえた。
全然大丈夫じゃなさそう。
「今年最後の大きい舞台だから緊張してんだろ。俺らはこれで引退だし」
「そうだな。学生終わったら演劇やることもないだろうし本当に最後の舞台だ」
「それならもうちょっと緊張感を持てって感じだけどな」
「えっ俺のトキメキ溢れるアドリブが気に食わなかったと……?割と自分でも内心キャーキャーいってたんだけど」
「そんな余裕があるならさっさと一人で衣装を着れるようになれ」
「神は完璧人間は作らないからなぁ。いやはや」
ゴテゴテした飾りが付いた衣装は苦手だ。この世界にいれば避けては通れないのはわかっているのだが、石飾りやらマントやらを付けているとTシャツのデザインみたいに飾り全部プリントにならないかなんて思ってしまう。
「演技には今回も文句ないんだけどこれだもんなぁ」
「努力はしますよー。じゃ、お先に〜〜」
「待ってくれないのか薄情者」
「残念ながら後輩やバカの片付けを手伝う時間は無いのです……。ほら、もうすぐ0時の鐘が……」
「あぁ、バイトか?」
「……あー、そうそう。来週には辞めるから気まずいんだけど。そーいうわけで友よ……カボチャとネズミを用意して待ってるからきっと迎えに来てね……!」
「いいからもうさっさと行けよ。あ、ちょっと待て」
「なに?……うぉ?!」
友人が投げてよこしたのは小さなスチール缶。表面には俺の好きな銘柄のコーヒーの名前が印刷されている。
「さっき自販機で当たったからやる。バイト頑張れよ」
「お、気がきくじゃん。それじゃーみんな頑張ってね」
後輩達から元気な返事が返ってくる。休憩からあがり、各持ち場に戻っていく後輩たちに少し安心しながら俺は部室を後にした。
「……さむっ」
冷たい風が頬を掠める。冬が近いからか最近一気に冷え込んできた。パーカーだけじゃ足りなくなってきたかもしれない。
疲れても疲れてなくても、元々夜は元気が出ない。一人の時間が出来てしまうし何より家に帰らなきゃいけないから。
一歩進む度に足が鉛のように重くなっていくような感覚に襲われる。
『##&@*¥〒8$☆+3』
「……う、」
家まであと数百メートル、そう思うと足が動かなくなってしまって来た道を引き返した。
バイト先の居酒屋と自宅の丁度中間あたりにある小さな公園。
その中のベンチに腰を下ろすと今まで重かった身体が急に軽くなった。
左腕に掛かった時計を見ると、短針が10を指している。まだ帰るには早いだろうし、頑張るのは少し時間を潰してからでもいいかもしれない。
お気に入りの可愛いリュックからお昼に飲み忘れた缶コーヒーを取り出す。
これを飲んだらもう帰ろう。明日も華麗で完璧な遅刻をしなければいけないのだ。寝坊みたいな汚い遅刻はしたくない。
『☆2○¥×々%°^〒♪€』
「、 お……っと」
一瞬酷い目眩がして、持った缶コーヒーから手を離してしまった。地面を転がる缶は微妙に手の届かない距離に鎮座している。
(これは一回立たないと取れないな)
ベンチから腰を上げようと顔を上げると視界に見慣れた柄の制服が映った。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございま……」
砂が綺麗に払われた缶を差し出してきたその人を見上げた時、一瞬頭が真っ白になった。
ーー少しパーマのかかった黒髪、キッチリ規定通り着こなされた制服、長い睫毛に縁取られた優しそうな目元、そしてテープが擦り切れるまで聞いたあの声!
「……見つけた」
「え?」
「俺の王子様……っ!」
差し出された缶ではなく、彼の手を掴み自分の方へ引き寄せた。顔が近づき、彼の瞳に俺の姿だけが映っている。
カタン、と彼が手に持っていた缶コーヒーが落ちる音がした。
「……あの」
「貴方うちの学校ですよね?!名前は?!学年は?!クラスは?!好きな男のタイプは?!!!」
「は、男のタイプ?……わけわかんない。とりあえず落ち着いて」
「目の前に理想の王子様がいて落ち着いてなんかいられる!?ああ!そっかきっと俺たち運命なんだよ今日出会う運命だったんだ!だから!」
「落ち着けっていってるでしょ」
べし、割といい音をさせて頭が揺れた。でも慣れてるし平気!むしろ王子様から頭叩かれるなんて幸せ!初めてのふれあい!よって実質セックス!
「う……っ」
「もう、いきなりなんなの。新手のナンパか何か?」
「俺は君のお姫様なんだよ?!王道ヒロインはナンパなんて軽いことしない!」
「……アンタの性別は」
「男だけど?」
「…………」
王子は明らかにうわっとした表情を見せた。
「世界は広いんだからそりゃ男のお姫様だって存在するでしょ。解ったら早速レッツマリッジと言いたいところだけど結婚はエピローグって決まってるからまずは……」
「頭沸いてる?いきなり結婚だか姫だか王子だか……。君は僕の名前すら知らないんだよ。そんな間柄なのにはいそうですかなんてなると思う?」
「俺の名前が知りたいの?じゃあ何百回でも、君の魂に刻まれるまで教えてあげる!俺の名前は……」
「そういう意味じゃないよ頭悪いな。ま、いいや。もう会わないだろうし」
「なんで!?なんでそういうこと言うの?!!」
「そうでしょ?同じ学校で、同じ町に暮らしてて、それでも今まで出会えなかった。僕らの出会いは偶然みたいなもん。偶然には次なんか無い」
「だから連絡先交換したり約束したりして次を作るんじゃん!そうだ、連絡先交換しよう!そしたらまた会える!」
「……じゃあ次、会えたら名前も連絡先も聞いてあげる。アンタの言う運命が本当なら次を作らなくても会えるでしょ?」
「えっ、ちょっとそれじゃ意味……!」
話し終わる前に王子は俺に背を向けて歩いて行った。かっこいい!折角出会えたのに王子はなんか俺に冷たかったけど!運命なのにね!
でも、次会ったらって約束した。
予想してたみたいにトントンにはいかなかったけどシナリオとしては及第点だ。
「待ってろよ王子……、必ず運命を証明してやるからな!」
望んでいたシュチュエーションじゃない、なんで関係ない。
一目見たとき、まるであの人が本当に俺の目の前に来てくれたのかと思った。
理由はそれだけで十分だった。
コーヒーを拾い、プルタブを開け、一気に喉に流し込む。
そうやって気合を入れ直すと俺は公園から出て足を進めた。
一人暮らしで荒れ放題の家に近づく度に相変わらず胸は気持ち悪くなるけど、理想の王子様に会えたという大きな出来事が蓋をしてくれたおかげでいつもよりは楽になれた。
王子様は白馬に乗って現れない。
逆に今の時代、白馬に乗って現れたりしたら不審者だろう。現代で考えるなら白い車か白いバイクか。
案外王子様は警察か救急隊員やってるのかもしれない。大発見だ。その職業なら俺はどちらにも関わりたくないからこっちから願い下げだが。
でもまぁ、もう探す必要もないだろう。俺の王子様は昨日見つかったんだから。
ーー王子様、たしかあの制服はウチの高等部の制服だったはずだ。
なんせ彼は悪名高きこの俺のことだって知らなかったんだ。あれだけの騒ぎを起こした俺の顔を見た上で話しかけて来るのは中等部からのエスカレーター組にはありえない。
となると高校からの編入組だが、これも同じ商業科なら知らないはずがない。となると普通科か国際科か。
他の学科にまで話が広まっていないのは幸いだとしても科もわからないんじゃマンモス校のウチじゃ探すのは難しいだろう。
虱潰しに当たるのは少々骨が折れる。
だったらやることは一つだけだ。




