70話
八霧の身体が俺にもたれ掛かってきた。
どうやら気絶したようだ。
身体を抱き上げ、お姫様抱っこで八霧を持つ。
その八霧の倒れた様子を見た審判長が近づき、八霧の顔を見た。
「優勝者・・・トーマ・・・!!」
そう叫ぶと同時に、会場がどっと沸いた。
「トーマ殿!優勝ですぞ!この後・・・」
「八霧の治療の方が先だ!何かあるなら、その後にしてくれ」
そう言って、審判が止めるのを押し切って控室へと向かった。
俺の背には、拍手と歓声が上がっていた。
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八霧の肩口に付いた傷に、あるポーションを掛ける。
霊薬『パウル』。
所謂、課金ポーション。
HP完全回復、全状態異常解除、蘇生も付与される。
そのポーションを肩口に掛けると、見る間に傷口がふさがっていく。
「・・・ぁ、トーマ、さん?」
薄目を開けた八霧がそう呟く。
「痛くはないか?」
「うん・・・それ、パウルでしょ?」
俺が頷く。
「へぇーすげえ、薬だな!」
いつの間にか後ろにいたラクリアが声を上げていた。
「あ、ラクリアさん」
「よう!八霧!・・・いやー、凄い戦いだったぜ?
俺なんて半分見えなかったからな」
「私もだ、トーマ殿」
「ゼフィラス?」
既にベッドから起きていたゼフィラスは、妹に付き添われて立っていた。
「やはり、あなたは私よりも高みにいる。
その武に、少しでも近づきたいものだ・・・な」
そう言って、少しふらつくゼフィラス。
「兄さん!安静にしろって、プリーストさんにも言われたでしょ!」
「大丈夫、ただの立ち眩みだ」
そう言うゼフィラスの顔色は明るい。
べリーゼは心配そうに見ているが、ゼフィラスの事だ本当に大丈夫だろう。
「いやー。でも、負けちゃったね」
そう言って頭を掻く八霧。
悔しさはないようで、すっきりした顔をしている。
「だが、俺を追い詰めた」
奇策を使い、絡めとり。
そして俺に一撃を与えた。
「うん、でも・・・負けだよ、やっぱり」
「ああ、確かに負けだ。だが・・・そうだな」
八霧の頭を撫でる。
「成長したな八霧」
「・・・うん!」
にっこりと微笑み、俺の言葉に喜ぶ八霧。
その顔は、満足感で満たされていた。
――――――――――――――――――――
流石、課金ポーションとも呼ぶべきパウル。
八霧はベッドから飛び起きると、身体を動かしていた。
「うん、ばっちりだね!でも、よかったの?そんな貴重な薬を使っちゃって」
「気にするな、お前の身には代えられない程の安い薬だ」
ほぼ、空になったパウルの瓶を振る。
ちゃぷちゃぷと、少しだけ残る音がするが。
この量ではもう、要らないな。
「トーマ殿、その薬瓶を見せてくれないか?」
「え、ああ・・・いいが」
ゼフィラスに、空になった瓶を手渡した。
それを受け取ると、側面や、瓶の底を見るゼフィラス。
「珍しい薬瓶だな、彫刻も美しい。
どこかの美術品、或いは骨董品か?」
「いや、そんなもんじゃない」
「ほう」
ゼフィラスは興味深げにその瓶を撫でている。
「欲しいのなら、やるが?」
「! いいのか!」
「ああ、捨てるつもりだったしな」
嬉しそうにゼフィラスは微笑んでいる。
「はぁ、兄さん。骨董品が好きなのは分かりますけど。
物欲しそうに見つめるのは、はしたないですよ」
「ぐ・・・」
「骨董品が好きなのか、ゼフィラス?」
「い、いや。正確には、歴史が好きなんだ。
私もべリーゼも貧民の出自でな。する事が無い時は勉強をしていた」
「ええ、兄さんは途中で剣の才を見込まれて聖堂騎士見習いになったけど」
「そのまま、ジーク団長に拾われなかったら、
歴史学者にでもなろうかと思っていたんだ」
なるほど、歴史好きなのはそれでわかった。
骨董品好きというのも、その延長線上か。
「しかし、本当にいいのか?こんな、貴重そうなものを」
「ああ」
まだ10本近く残っている。
それに使用済みの瓶だ、けちけちするほどの物じゃない。
「むしろ、いいのか?使用済みのポーションの瓶だぞ?」
「いや、これは、とても良い物だ。我が家の家宝になるかも知れん」
「おいおい、そんな大層なものじゃ―――」
さっきまでざわざわとしてた歓声がどよめきに変わり始めていた。
「会場が騒がしくなってきたな・・・」
控室に届くまでの音量になっていたその声。
遠巻きに見ていた審判達も、俺をじっと見ている。
「って、トーマさん!いつまでここにいるんだよ!
ほら、会場に戻った方がいいって!」
焦ったようにラクリアがそう言う。
「ああ、そうだった・・・!」
優勝して、場をそのままにした状態だった。
「行って来る」
「僕も行くよ、一応、2位だからね」
八霧を伴って、闘技場内へと二人で戻っていった。
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会場に戻ると、ざわざわとしていた観客が一斉に沸いた。
「おお、トーマ殿!と・・・八霧君、無事だったかね?」
「はい、大丈夫です」
「そうか・・・では、優勝の儀を行います!盛大な拍手を!」
どっと沸いていた会場にスタンディングオベーションを沸き起こった。
そして聞こえてくる声。
「優勝おめでとう!」
「ふん!ゼフィラス様に勝ったから、当然よね!」
「いやー・・・大穴が当たったぜ!」
「八霧様を・・・あんな目に・・・」
一部不穏なことを言っていたが、概ね歓迎ムードだ。
国民に人気があると言われたゼフィラスを倒したのでてっきり、
悪役に見られていたと思っていたので、多少意外だった。
「優勝おめでとう、トーマ」
リルフェアとラティリーズが闘技場内に降りてきていた。
ラティリーズの格好は、先ほどまでの服装の上に豪奢なマントを羽織って、
手には何かの書状を丸めたものを握っていた。
「ああ、ありがとう・・・意外に受けが良くて驚いてるが」
「卑怯な手を使わずに勝ち残ったのだから当然よ。
それに、貴方のファンも増えたでしょうね」
「ファン?」
「ええ、後でわかると思うわ」
会場から、クラッカーのような音が鳴り響く。
指笛を鳴らすものすらいる
「・・・いいのか?御前試合なのに祭りみたいになってるぞ?」
「いいのいいの、恒例行事だからね」
そう言うリルフェアの顔は楽しそうだ。
「さ、儀式を始めましょうか」
「俺は、何をすればいい?」
「跪いて、それだけでいいわ」
俺が跪くと、目の前にラティリーズが歩いてくる。
そして、丸めた書状を開くと。
それに合わせるように、会場が静かになった。
「御前試合優勝者『トーマ』。
あなたの武勇と武技を褒めたたえ。
並み居る強敵を打ち倒し、最後まで立っていた貴方を祝福します。
・・・どうか今後も国のために尽くしてください」
そう言って、書状を手渡される。
・・・卒業証書の授与みたいに。
それを受け取ると、ラティリーズが傍に寄ってきた。
小声で、俺に呟く。
「おめでとうございます、トーマ様。私も、嬉しく思います」
「ありがとう、ラティリーズ」
「はい、ところで、何か望まれるものはありますか?」
「望まれるもの?」
優勝賞品は望むものを、という事だろうか?
とは言え、今の所欲しいものはない。
仲間を探すための、助力は得られることになってるし。
寝る場所も確保できている。
そう言われると、欲しいものは何だ・・・?
「特に無いな」
「それでは、困ります。優勝者には必ず、望むものを与えることになっています」
「そう言われても、今すぐは出てこないぞ」
「・・・そう、ですか。
わかりました、後で伺いますので、必ず決めておいてくださいね」
「あ、ああ」
望まれるものを、か。
随分と、気前のいい優勝賞品だな。
読んで下さり、ありがとうございました。
この後、ちょっとした祝勝会を挟んで御前試合編終了になります




