68話
強化魔火薬による爆発を食らい、多少だがダメージを受けた。
こっちに来てから、初めて『ダメージを受けた』という感覚に襲われた。
なるほど、八霧も周到に策を練ってきたという事だ。
目の前の八霧が再び、懐に手を伸ばす。
しかし、今度は待つことはない。
攻勢に入る。
槍を構え、八霧を突く。
八霧は手に持った棒を器用に使い、その突きを弾く。
弾かれた槍を持ち直し、二の手を入れようと八霧を狙う。
「おっと!」
自分自身に薬瓶の中身を掛ける。
その八霧の胸元に槍が向かい、刺さる、が。
刺さった感触は一瞬で、八霧の身体が後方へ吹っ飛んだ。
綺麗に受け身を取ると、立ち上がり空になった薬瓶を捨てる。
「衝撃薬か・・・」
「普通は相手に使って間合いを取るものだけどね。
咄嗟の防御にも使えるよ」
そう言って、新しい薬瓶を取り出す八霧。
黒い液体の入った薬瓶だ。
それを棒に取り付けると、俺に噴射してきた。
「む?」
広範囲に噴霧される、その薬。
下手に回避できないと思い、盾を構えて噴射される液体を防御する。
だが、この液体の場合は・・・無理にでも回避行動を取った方が良かったようだ。
盾の表面が燃え上がった。
盾で防げなかった肩の部分に付着した液体も燃え始める。
「ぐ、こいつは・・・!」
発火薬だ、それも強力な。
「炎による継続ダメージは、完全に防ぐのは難しい。
そうだよね、トーマさん」
このまま盾を持つと左腕が焼ける。
そう思い、炎の付いた盾を捨て新しい盾を取り出そうと手を動かした瞬間。
「それを、待ってたよ!」
今度は、ドロドロとした茶色い液体の入った薬瓶を投げる八霧。
盾を用意しようとした身体は回避できずに茶色い液体を正面から被ってしまった。
その茶色い液体は、肩で燃える炎で引火し、
全身を燃やし尽くすように引火した。
「ぐぅ!!そうか、なるほど、な」
全身を包む炎。
この鎧は、炎に対する防御も高いが。
八霧の使う炎は、通常の炎を薬品で強化したもの。
俺の鎧の防御力を上回る炎が、全身を包んでいた。
「確かに、よく考えて練った策だ」
俺の癖を見抜き、的確に攻撃してきた。
黒い液体を噴霧し、防御することも考えのうち。
そして、炎が上がった瞬間、無駄なダメージを避けるために盾を手放すことも。
そして盾を用意しようと、道具袋に一瞬気を取られることも。
成長したな、八霧。
だが、この程度で倒れる程・・・俺はやわじゃない。
炎の付いたまま、槍を構える。
その俺の様子を見た八霧は、一瞬驚いた表情を見せたが。
嬉しそうに、微笑んだ。
「それでこそ、トーマさんだ!」
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目の前のトーマさんは、燃えながらこちらに体当たりのように突進して来る。
その突進での風のせいか、火の勢いが更に強くなる。
「・・・!」
そうか、まずい・・・!
あの状態で近接戦闘を挑まれれば、僕にも飛び火する。
そう思い、その突進を紙一重で回避する。
だが、回避したと思った身体に蹴りの一撃が入った。
「うぁ!?」
何が起こった。
そう思って、トーマさんの身体を見る。
目に見えるのは、槍を地面に突き刺し、それに掴まるトーマさん。
そうか。
突進の勢いを、槍を地面に刺して殺し。
その槍を軸にして身体を回転させて、僕に蹴りを入れた。
蹴りの衝撃で、吹き飛ぶ体。
なるほど、ああいう戦い方もあるのか。
上空で受け身を取り、地面に着地した。
蹴られた部分を触ると、服に異変がある。
焦げて、穴が開いてる。
・・・あの鎧、物凄い温度になっているみたいだ。
そしてその状態で・・・目の前のトーマさんは行動している。
「なるほど、状況を利用するのも・・・戦いだね」
「ああ、その通りだ・・・」
燃え続ける鎧から立つ火の勢いが弱まり始める。
・・・液体の持続時間が切れたようだ。
火が消えると、鎧の表面が黒くくすんでいた。
服の焦げた部分を手で払う。
・・・ダメージ的には、僕の方が受けてはいないと思うけど。
今の蹴りで、分かったことがある。
彼は、まだ本気じゃない。
本気ならあのタイミングで僕は倒されたはずだ。
その気なら、殺すことだって可能だったはず。
棒を握る手に力が籠る。
僕じゃ、トーマさんの本気を引き出せない?
引き出せるほどの攻撃をしていない、ということ?
・・・そう思うと、悔しくなる。
僕は拳を強く手を握りしめた。
「・・・なら、奥の手を使うしかないね」
その為の薬は、ある。
懐に手を突っ込み、それを取り出した。
取り出したのは、毒々しい色をした深紫の薬瓶。
それを見たトーマさんが反応した。
「『神の血』か」
「言ったよね、トーマさん?僕は全力を出すって。
その為なら・・・手段は選ばないし、それに」
薬瓶の蓋を開ける。
コルク製の蓋なので、キュポンという音と共に封が切られた。
少しずつ鼻をさす、その薬液の独特の臭い。
「トーマさんも、僕に遠慮してるんじゃない?
傷つけたくないって、心のどこかで・・・思ってるんじゃ」
「・・・」
黙ってしまうトーマさん。
「ああ、ここはゲームの世界じゃない。
間違って、八霧・・・お前に大怪我させるんじゃないかってな」
そう言うトーマさんの口調は真剣そのものだ。
「だから、だよ『神の血』を飲むのは。
卑怯だと、言わないでよね!」
臭い立つその薬瓶を一気に飲み干す。
身体の中に入ってくる、異物。
食道を通り、胃にまでその飲み込んだ神の血の感覚が残る。
そして、体中が火照る感覚と・・・鋭敏になる感覚が同時に頭に襲い掛かってきた。
「はぁ、は・・・はぁ・・・!」
高熱が出たような感覚が全身を包む。
気だるさが襲い掛かり、身体がふらついた。
片膝を地面に付き、息を整えようと深呼吸をする。
「ふぅぅ」
深呼吸をしているうちに、体調が落ち着いてくる。
気だるさの山は越え・・・今度は全身に力が漲る。
一つ、握り拳を作った。
「さあ・・・ここからは、手加減無用だよ!!」
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『神の血』は、錬金術師が作り得る、最大能力向上ポーション。
その効果は他の薬の比ではく、GVGでも使用を禁じられるほどの効果がある。
今の八霧の能力は、錬金術師Lv250とほぼ同等だろう。
いや・・・それにプラスαされるくらいの能力になっているか。
その効果故に『卑怯者』のポーションというレッテルが張られている。
使う事自体が恥だ、チートアイテムだとも言われるそのポーションを八霧は使った。
そして、目の前の八霧の力は、ゼフィラスのそれを遥かに超える力を得た。
ならば・・・俺も。
「そうだな、そうでもしないとLv差と職の差を埋められない。
『正しい判断』だ、八霧」
銀の鍵を道具袋にしまい、新しい槍を代わりに取り出す。
「・・・嬉しいね、その武器なんだ」
取り出したのは銀の鍵よりも小柄な槍。
持ち手は世界樹を削り出し、刃先は赤く輝くアダマンタイト。
竜騎士にクラスアップした際に配られる、最高峰の槍の一本。
『竜の雷槍』だ。
そして、余る左手に取り出す盾。
大盾よりも小ぶりだが、カイトシールドよりも大型の盾。
竜の骨を組み合わせその上から何度も塗薬を積層した、
『竜骨の盾』。
対人で、最も使用した組み合わせ。
今それを八霧の前で見せている。
「お前の行動、卑怯ではないぞ八霧」
「・・・ありがとう、トーマさん」
「ああ」
お互いに武器を構え、睨みあう。
観客達も、それまでは少しずつ歓声を送っていたが。
睨みあって数秒で・・・その声も消えて行った。
読んで下さり、ありがとうございました。