105話
翌日。
よく漬かった茸の塩漬けをカザレアが見つけたらしく、
オリビアはその瓶を受け取っていた。
「ありがとうございます、これで約束は果たせます」
「いえいえ・・・」
一晩中選別していたのか、カザレアは少し疲れ気味でそう返した。
少し申し訳なくなる、仲間が迷惑を掛けたようで。
こちらに一礼すると、カザレアは屋敷の中に入っていった。
まあ、まだ雨も降っているし出迎えは要らないと言っておいた。
疲れてるみたいだし、流石に出迎えまでさせるのは気が引けたというのもあるが。
「帰るのか、オリビア?」
「ええ」
瓶を大事そうに布で包むと、それを抱えた。
出来れば盗賊団の件も手伝ってほしかったが。
まあ、オリビアにも事情があるだろう。
「リルフェアと八霧、神威によろしくな」
「はい、では」
自身のくるぶし辺りを触るオリビア。
すると、足元に装甲のようなものが広がった。
「・・・そいつは?」
「脚部強化装置の試作品です。
マスターのゴーレム技術をドールに転用したものですね」
「触っても大丈夫か?」
「え?は、はい・・・」
俺も男、こういう変形機構とかそう言うのには興味がある。
オリビアの足に張り付くように展開している黄色い装甲。
なるほど、ゴーレムの装甲のような薄い板が足に張り付いているような形になってる。
しかも、動きを阻害しないように関節部はスライドして動くようだ。
それだけじゃない、モーターのようなもので脚部のアシストをするみたいだ。
神威め、とんでもないものを開発し始めたな・・・。
これが全身を包むような装甲になったら、
オリビアもセニアも戦闘力自体が跳ね上がるだろう。
「あ、あの・・・トーマ様」
俺のその様子を見ていたオリビアの顔が赤くなっていた。
「っと、悪い」
オリビアの足から離れた。
触り過ぎだし、見過ぎだったな。
「これは、全員分作っているのか?」
「一応は、ただ・・・材料が足りないので本格的な開発はまだ先ですね」
「そうか」
帰るタイミングがあれば、いくらか手伝ってやるかな。
「では・・・お先に失礼します」
ぐっと、低くオリビアが構えると。
土煙を上げて走りだした。
「速いな」
その場の土煙が収まると、残されたのは足跡だけだった。
「流石姉さん!」
「お前の分も開発されてるかもな、セニア」
「本当ですか?」
「ああ、試作開発中という事だ」
「楽しみですねー・・・それはそうとトーマ様」
「?」
セニアが一歩、俺に近づく。
目の前にセニアの顔が広がった。
「オリビア姉さんに、近づきすぎじゃないですか?」
「いや、あれはな」
夢中になってみていたが。
あれは、少年心をくすぐられたせいだ。
と言っても、目の前でむくれているセニアは納得しないだろうな・・・。
男にしか分からん感覚だ。
「この際だから聞きますけど、トーマ様は女性に興味があるんですか!?」
「え?」
「オリビア姉さんが好きなんですか!」
「い、いや、何でそんな話になるんだ!?
俺がオリビアの足を見ていたのは、装甲ユニットに興味があったからだ!」
「その割には、じろじろと見ていた気がしましたけど」
確かに、じゃなくて。
ジト目で俺を見るセニアの視線が痛い。
「確かに、私の方が胸は小さいですし、子供っぽいです。
色気も無いですし、魅力なんてこれっぽっちも」
自分でそう言いながら、うつむいてしまった。
「お、おいおい、セニア?」
様子のおかしいセニアに近づくが、がばっと顔を上げると。
「!!!」
俺を一睨みして、走り去ってしまった。
雨の降る中を、傘もささずに。
「お、おい!!」
追いかけようと、足を伸ばした瞬間。
足元の泥で滑り、体勢を崩しそうになる。
「うぉ!?」
咄嗟にバランスをとっている内に、セニアの後姿は小さくなっていた。
「・・・いって、しまいましたね」
「ああ、なんだったんだ一体・・・」
「あの、トーマ様。もしかして、鈍感とか言われませんか?」
「へ?」
鈍感?
それは、俺が鈍感って事だよな?
常々気を遣っている方だと思うんだが、何か足りなかったって事か?
「その様子ですと分かってないみたいですね。
・・・私も、セニアさんも苦労します」
「?」
「何でもないです!」
珍しく大声を張り上げるラティに少し驚いた。
何か、まずい事でも言ったか、俺・・・。
――――――――――――――――――――
馬鹿!トーマ様の馬鹿!
あんなに姉さんにデレデレして!!
そう思いながら雨の中を駆け抜ける。
ザアザアと降る雨が顔や体を濡らし、その冷たさで頭に冷静さが戻ってきた。
私は、何をやってるんだろう。
走っていた身体は次第にゆっくり歩くようになり、やがて道の真ん中で立ち尽くした。
姉さんに言われて、積極的になろうという時にこの始末。
トーマ様に、呆れられただろうか?
警備の仕事があるというのに、私は・・・自分勝手に飛び出してしまった。
怒ってるだろうか。
「・・・もう!」
自分が嫌になる。
姉に嫉妬してどうするんだろう。
確かにオリビア姉さんは綺麗だし、気も利くし頭もいい。
旦那さんを立てる様なお嫁さんになるだろうな。
「それに比べれば、私は・・・子供です」
自分の両手を見る。
雨粒が何度も両手の平を打つ。
「でも、今更謝って戻るのも」
なんだか、気が引ける。
勢いで逃げ出すように外に走ってしまったけど。
今更、どんな顔して戻ればいいのだろうか。
「はぁ・・・」
ため息をついて、目の前を見ると。
そこには、同じように立ち尽くす誰かの後姿があった。
その姿はメイド服で、見た事のある髪型をしていた。
いや、間違いない・・・オリビア姉さんだ。
さっき、物凄い速度で走っていったはずだけど、
どうしてこんな街中で立ち止まっているのだろう。
「姉さ―――」
不意に気づく。
殺気とは違う、攻撃するときに出る気配のようなもの。
「!」
咄嗟に飛び退くと、立っていた場所に鞭の跡が残った。
「姉さん・・・?」
振り向いたオリビア姉さんの顔は。
眼からハイライトが消えたようなうつろな目をしていた。
「姉さん!?」
「貰った!」
「!?」
声のした方向に振り向くと。
何かの道具をこちらに向けた黒いローブの男が―――。
――――――――――――――――――――
少し前、雨の降り続けるコンドアの街を走るメイド、オリビアがいた。
街中という事もあり、速度を下げて走っていたのだが。
「!」
急に目の前に立った男を見て、足で急ブレーキをかけた。
泥を撥ねながら、その場に制止した。
「よう、神威久しぶりだな」
「・・・何故マスターの名前を知っているのですか、貴方は」
警戒し、手を武器に変形させるオリビア。
神威、という名前を知っている人間はこの世界には極少数。
それもこんな首都から離れた街にいるはずが無い。
「おっと、そう身構えるなよ。
俺は『ヘルフレイム』の一員なんだぜ?」
「ヘルフレイムの?」
変形させた手はそのままに、一応は構えを解除するオリビア。
「・・・ああ、ギルダーと離れ離れになった時はどうするかと思ったが。
まあ、異世界転移によくある、転移者は強いっていうのに助けられたよ」
そう言いながら、目の前の男はフードを外した。
その下からは、若い男性の顔が出てきた。
髪は緑色のショートで、目は赤い。
オリビアは思い出そうとするが。
直接会ったことのない人物だという事しか、分からなかった。
「お前は神威のドールの一人だな?
マスターなんて呼んでるしな・・・これは都合がいい」
「都合が・・・?」
男が懐を弄ると、取り出したのは小さな宝石が散りばめられた糸のようなもの。
「それは人形操作―――!」
「支配しろ」
男が杖に、そう問いかけると。
オリビアの身体は、ピクリとも動かなくなった。
「リーダー、何したんですか?」
道の脇に積まれた木箱の裏から黒いローブの男達が出てくる。
「いい手駒が入った、これならあの屋敷も簡単に襲えるぞ」
「このメイドが?」
「気を付けろよ、お前等の首なんか、簡単に飛ばせる力を持ってる」
そう言うと、リーダーはまたフードを被った。
そのフードの裏には、ヘルフレイムの紋章が入っていた。
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