3-1 それぞれの事情
「ご飯、できたよー!」
外に向かって声を掛けると、ラトリとセトがほぼ同時に、少し遅れてラルガが入ってきた。
ラトリとセトは畑仕事や庭の手入れ、ラルガは家の周囲の見回りをしていたはずだ。
フォリは私の手伝いだ。
「やった、カツドンだー!」
テーブルに並ぶ夕御飯を見て、ラトリが両手を上げて喜ぶ。
夕御飯はラトリのリクエストでカツ丼だ。
豚カツは、実際には猪だけど。
カツ丼はめんつゆがあるので、作るのは大変じゃない。豚カツも作るのは簡単だけど、食べ盛りのせいで大量に揚げないといけないけどね。
カツ丼で問題なのは、ご飯なんだよ。
この世界、お米はあるにはあったけど、完全に家畜の餌、飼料だった。見つけた時は大喜びで、とりあえず麻袋一つ買ってみたけど、脱穀は大変だわ精米は面倒だわ、魔法がなかったら早々に諦めていた。
そうやって、ようよう手に入れたお米を炊いてみたら…
はっきり言おう!
不味かった!
今まで食べた中でも、ダントツの不味さ。
古米、古古米とか比較対象にもならない。
まあ、仕方ないよねぇ。
日本で食べていたお米、つまりブランド米は米農家さんが長年手間隙かけて、品種改良して作られた、謂わば血と汗と涙の結晶なんだもん。
雑草みたいにほとんど手をかけられずに育てられた、ほぼ野生米と比べたらそりゃ失礼ってもんだ。
日本にいた頃は違いなんてよく判らなかった。ご飯なんてみんな同じようなものだと思ってたけど、こちらに来て違いと言うものを思い知った。
不味いお米はね、本当に不味いのー!
炊き上がりの匂いからして、不味いの。
今まで、そんな不味いご飯食べたことないから、衝撃だったわあ。
ご飯って、基本的に不味いなんてものはないんだと思っていた。
多分、いやきっと今まで食べてきたご飯はそれなりに品質が揃っていたってことなんだよね。
よく考えたらすごいことだよね。常に一定の味と品質だなんて。
籾殻はあるし幾らでも手に入るけど、日本のお米レベルまで品種改良する根性のない私は米栽培に手を出すつもりはない。
セトに頼んだとしても、一からの試みになるだろうから、納得の行くお米にたどり着くまで何年かかるか解らない。
どっか別の、お米が主食の国を探した方が早いだろう。
こちらのお米もね、頑張れば食べられるし…主にチャーハン以外では使えないけど。
チャーハンでいろんな調味料を使えば、ね。調味料の分だけちょー割高なチャーハンなんだよね。
なので消費速度は結構遅い。
あと、お弁当があるのも受け入れられない原因だ。
お弁当のご飯は、多分それほどランクの上のものではないと思うんだけど、確実にこちらのお米より美味しい。ラトリたちもそう言うのだから、間違いない。
そんなものが近くにあったら、我慢なんてできないよね。無理して食べる必要とかないよね。
お弁当、あって良かったのか悪かったのか…いやいや、ご飯が食べられるんだから良かったんだよ。
話は戻るけど、カツ丼のご飯はこのお弁当のご飯を使っている。
おかずの白身魚フライとポテトサラダは、別の日の昼御飯やら夕御飯にパンと食べている。
で、余ったご飯をまとめて空間収納にとっておいて、食べる時に蒸し直して食べている。
ご飯を使うのは、専ら丼料理の時なんだけどね。
なので、カツ丼も食べられる。親子丼も牛丼も食べられる。ご飯の在庫があれば。
「俺、カツ丼が一番好きだなー」
「僕、親子丼が好き」
セトが口の回りにご飯粒をつけながら言った。
「俺は何でもいいな。何でも美味いから」
「私は牛丼も好きだけど」
ラルガのは大人の意見と言うより、単純に美味しければ何でもいいんだろう。
セトは兎人だけど、わりと雑食。お肉も食べる。どちらかと言えば、野菜の方が好きかも、くらいの嗜好だ。
みんな、基本好き嫌いはないので、ご飯を作る私は嬉しい。
凝ったものは作れないし、大体和食になるんだけどね。誰も文句を言わないから、まあいいよね。
森の魔女見習いとしては、大変平和な日々を送っている。
◇◆◇
「ご飯問題がねー」
「お米? この国では飼料以上のものは手に入らないわよ」
「だよねー。わかってた」
紅茶を飲みながら呟くイリスに私は脱力する。
ここはイリスファルンの教会だ。
私はひとりでテテルの町に来ている。
上手いことやれば、迷いの森を突っ切って、町と行き来するのは大変じゃないのよねー。
野宿で一泊はしないといけないけど、アシダカ軍曹がいれば怖くない。
完全にアシダカ軍曹頼みのスケジュールだけど、町で調味料やら甘味やらを手に入れるためだと言えば、割りとあっさり手伝ってくれる。
アシダカ軍曹は美味しいものが食べられればよいのだ。
ハードル下がったなあ。
で、町に来ると真っ先に教会に来て、精神体だけどイリスと会って世間話をしている。
お茶とかお菓子を摘まみながら。精神体だけど 。
「お米って、どこだったかしらねぇ。エルメイルあたりで食べてたかしらね」
「エルメイル! そこなら美味しいご飯が食べられる?」
「美味しいかは、わからないけれど」
イリスは首を傾げる。
まあ、人間の食べ物なんて、女神様にとってはあまり興味を引くものでもないか。
っていうか、各国の特産品を熟知している神様とか、変だよね。
「いつか、行ってみたらいいじゃない」
「そうだね。考えておくよ」
そうだね。
この国にずっといなくちゃいけない訳もないんだもん。他の国に行っても良いよね。
相当な長旅になるだろうけど、荷物は何でも持って行けるんだから、不便はないでしょ。
「そう考えると、楽しみが増えるね」
「そうよう。リムはもっといろんなことしても良いのよ」
イリスからも奨励されてしまった。
私、結構悠々自適な生活送ってるなあ。
「そう言えば」
「なあに?」
「勇者の子たちは元気?」
たまに思い出す。
私と同時期にこちらに来た子たちのこと。
私から何かしらアクション起こす予定はないけど、元気かなあ? くらいは思うよね。
多分、この世界で四人きりの日本人なんだもん。
ちょっとした好奇心だけで聞くと、イリスは苦笑を浮かべた。
「あの子たち? 元気に訓練中よ」
「訓練? なんの?」
何を訓練するんだろう?
勇者なのに?
「魔法とか戦い方、かしらね」
「え?」
私は一層首を傾げる。
「こちらに来て、結構経つよね? なのにまだそういう訓練してるの?」
勇者と聖女と賢者でしょ?
即戦力じゃないの?
「勇者と言っても人間だもの。魔法だって剣術だって学んで鍛えないと、能力は伸びないわよ」
「そういうものなの? てっきり、来たら直ぐ使えるものだと思ってた…」
「今までは、そうだったわね」
「今まで?」
なんか、言ってることがよく解らない。
今まではって、どういうことなんだろう。
「今までの召喚は、国が滅ぶかどうかの非常事態に行われて来たの。その場合、今回となにが違うと思う?」
「緊急性?」
「それもまあそうだけど、国が滅ぶのよ。その国に在る人間たちの思いと祈りよ」
「んー?」
「願いでも同じね。死にたくない、死なせたくない。助けてください。そんな祈りと願いが召喚者たちに力を与えるの。それはそのまま基本能力の底上げになるの」
「ああ、なるほど。今回はそんな願いが全然ないのね。底上げするものがなければ、基本能力でスタートするしかない訳だ」
そりゃ、訓練とかいるよね。
「ステータス自体は充実しているから、訓練した分だけ伸びるわ。伸び率も常人以上だから」
「でも、未だに噂が出ない辺り、まだ御披露目できるほどではない?」
「Aランクに届くかどうかでは、ね。Sランクを突破しないと」
「だよね」
Aランクなら、別に珍しくない。どこの冒険者ギルドでも一定数は抱えているだろうから。
そんな状態で勇者だとか言っても、信憑性とか希少性がないかあ。
大変だなあ。
勇者の子たち。
「この数ヶ月でAっていうのも十分凄いんだけどね。それだけじゃ駄目なんだね。ちなみに今までだとS?」
「最低でSランクよ」
「ああ、それじゃあ本当に大変だ」
今までの召喚者たちの伝承とかを基準にしているのだとしたら、今回の勇者たちは本当に大変だ。
勝手に召喚したくせにSランクにならないと認めて貰えないんだから。
「そうね…でも、今の時代でSランク超えの力なんて、そうそういらないのよね」
国が滅ぶような危機的状況じゃないんだもん。
Sランク超えの勇者、聖女、賢者なんて纏めていたら逆に怖いよ。
「他国を無駄に警戒させそうだね」
「勇者たちの力で黙らせようって、魂胆みたいだったけど」
「その目論見、未だ成立せず、か」
いっそこのまま、A辺りで足踏みしてくれた方が、周囲の国は安心なんじゃない?
でも、そうなると三人の身が心配か。
よその国の魔力を奪って、召喚しちゃう国だもんね。
「相変わらず、不穏なままなのね…」
「そうよ。リムも気をつけなさいね」
「情勢については、ウィリアムにそれとなく調べておいてもらうよ」
でも、ウィリアムも勇者たちのことは知らないのよねー。
それとなくとか、面倒くさいわあ。




