2-17 心臓に悪い
アシダカ軍曹たちの姿が見えなくなり、気配も感じられなくなると、ウィリアムたちは詰めていた息を一斉に吐き出した。
「はあーーっ!」
吐き出すと共に、ウィリアムを除いた三人がその場に膝から崩れるようにへたり込む。
「ヤバかったー」
「グンソウがあんなに怒ってるの、初めて見たわ…」
「蜘蛛の喜怒哀楽が判るのって、どーなのさ」
漏れる言葉に、軽口めいたものが混じる。
それだけ安心したと言うことだ。
「全くだ。生きた心地がしなかった」
ウィリアムは二つめの息を吐いた。
アシダカ軍曹がひぃちゃんから話を聞いているうちに激怒して行ったのは、見ていてもわかったくらいだ。
顔色など当然判る筈もないが、気配くらいは察知できる。
いや、あれは余程の鈍感でなければ判るだろう。
普段はのほほんとしているリムも、ことの重要性を瞬時に悟ったようだ。
町の方を向いた瞬間、アシダカ軍曹の後ろ足にしがみついたのは良い判断だった。
アシダカ軍曹も、さすがにリムを引き摺ってまで進むことはなかった。
我を忘れるまでには至らなかったようだ。
「本気になったグンソウなんて、俺らじゃ止められないよなー」
「あの糸に巻かれたら、その時点で駄目だろ」
「フィーフィーみたいにされるのね…」
ジュエルの呟きに、先刻のフィーフィーの姿が脳裏に浮かんだ。
もしフィーフィーと同じ状態にされたら、身動きなど出来る訳がない。そのまま放置されたら、生命の危機さえも覚悟する必要があるだろう。
魔法付与された剣でなければ、糸を切ることは難しい。内側からなど不可能に近い。
誰かが、見つけてくれなければ、糸に巻かれた状態で餓死するだろう。さもなければ、通り掛かった獣の餌食になる方が早いか。いや、獣にアシダカ軍曹の糸を噛み切ることは出来ないだろうから、食われることはないかも知れない。ただ、散々に噛み付かれはするだろう。
どちらもぞっとしない話である。
つまり、フォレストブラックスパイダーの糸は、それくらい強力なのだ。
目前のウィリアムたちの危機も、リムの機転で回避できた。
こと、アシダカ軍曹に関してはリムに助けられっぱなしである。
「グンソウは、リムの言うことだけは聞いてくれるもんね」
それが本当にありがたいと、四人は息をつく。
「ともかく、今回は危機を回避できたが、次があるとは限らん。すぐに町に戻ろう」
「だね」
「ギルドに報告しないと」
「まずはクレアさん?」
「いや、サブマスに直接持って行った方がいい」
何せ、相手はフォレストブラックスパイダーのガーディアン種だ。
末端で話を終わらせるべきではない。
次に同じようなことが起き、リムが危険に晒されれば、アシダカ軍曹は今度は待ってはくれないだろうから。
「そうだね」
「うん」
ウィリアムの言葉に神妙に頷いて、四人は足早に町へと戻った。
すぐさまことの次第を報告されたロイドは頭を抱え、手に入れたばかりの胃薬を飲んだのは言うまでもない。
当然ながら、件の四人は厳罰をもって処された。
誰も異論を唱える者はいなかった。
いるはずもなかった。
◇◇◇
町でそんなことがあったなんて露知らず。
私たちは、途中で一泊して家へと帰った。
フィーフィーは流石に全てを悟ったか、諦めの境地に達したのか、おとなしくなった。
放っておくと緑の棒みたいな状態になるので、普通にしてと説得しないといけないくらいだ。
人間で言うなら、五体投地ってやつだね。
蛇だと変化が分かりにくいけど。
あまりにおとなしくて、逆に心配になってくる。
「フィーフィー、そんなに縮こまってなくても大丈夫だから」
声をかけてあげると、何故かアシダカ軍曹がやってくる。
前足をダシダシしている。
え、まだお説教するの?
もういいんじゃないかなあ。
げんなりとアシダカ軍曹を眺めていると、なんか苛ついているのが解る。
んー、なんだろう?
フィーフィーが対象じゃないような?
フィーフィーじゃないなら、従魔使いの方かな。
あっさり、譲渡されてるんじゃないよ。的な。
と、今まで棒状態だったフィーフィーが起き上がり、シャーシャーと威嚇音を発した。
アシダカ軍曹に反論した。
従魔使いにも事情があったんだよ、みたいな。
アシダカ軍曹が苛つきながらも下がったので、フィーフィーの言い分は認められたようだ。
よくわからないけど、お説教されるだけで終わらなくて良かった。
とは言え、アシダカ軍曹にぐるぐる巻きにされたため、フィーフィーはヒエラルキーの最下層に位置することになった。
まあ、引き取った時からそんな感じではあったんだけどね。
アルがまだ子供だから、順位が曖昧になっていたけど今回の一件でフィーフィーはアルの下になったんだよね。
まあ、アルが先輩風吹かせることはないんだけど。多分、その辺よくわかってないみたいだ。
アシダカ軍曹が一番上だとはわかっているけど、それ以外はあまり気にしていない感じ。
実に楽天的な魔物だよ。大丈夫かこの子。
そうして、家に帰ると柵の手前でみんなが待っていた。
「お帰り!」
「待っててくれたの?」
「足音、聞こえてきたからな」
ラルガがそう言って、アルを見た。
アシダカ軍曹の足音は聞こえないけど、アルのは聞こえたらしい。
ご機嫌に走ってたもんね。
獲物を狙うのでなければ、足音もわざわざ消さないし。
アシダカ軍曹は、そもそも足音も気配もない。
蜘蛛だから。多分、それだけじゃないんだろうけど。
「ただいま」
私がアシダカ軍曹の背中から降りると、フィーフィーもズルズル降りてきた。
「え、ネフライトスネーク!」
「きゃあっ!」
悲鳴をあげて逃げたしたのはセトだ。
ラトリとフォリは毛を逆立て警戒している。
ラルガに至っては短剣を構えていた。
「あ、大丈夫、大丈夫。この子はフィーフィー。訳あって私が預かることになったんだ。従魔登録も済んでるから」
「従魔?」
「ネフライトスネークを?」
唖然と繰り返すラトリたちをよそに私は歩き出す。
「まだ、メンタル不安定だから優しくしてあげてね。フィーフィー、挨拶して。今日から一緒に暮らすんだから」
私の呼び掛けに、フィーフィーは一旦とぐろを巻いて、二三度みよんと伸びて見せた。
よろしくの挨拶なのかな。
蛇の意思伝達手段も難しい。
「いきなりばくっとこなけりゃ、いいよ」
とりあえず短剣を下ろし、ラルガはため息混じりに言った。
「ばくっとはこなかったけど、ぎりぎりはされたね。結構、クるから気をつけてね」
「わぁー」
そろそろと近付いてきたセトが、再びダッシュで逃げて行った。
驚かせちゃったかな。
ま、セトもそのうち慣れるよ。多分。
「さて、と。いろいろ買ってきたから、まずは地下室で整理しようか」
私の空間収納に入れておけば、劣化はしないけど、それだとみんなが使いたい時に自由に使えないもんね。
いちいち、私に申請されるのも面倒くさいし。
日持ちするものは、地下室に出しておかないとね。
ジャガイモとか玉ねぎとかニンジンとか。
燻製の肉とか。あと、チーズも大丈夫か。小麦粉もね。
買って来たものが多いので、地下室の三分の一は埋まった。
「生物は、私が持ってるね。さしあたって、お茶にしようか。お菓子、買ってきたよ」
「お菓子ーっ」
食い気が勝ったセトが地下室の入り口で、ジャンプしている。
「軍曹にも出したいから、外でお茶にしよう」
「お湯、沸かすわね」
フォリが台所に向かう。
「テーブル、出すか?」
「台があるから、それを使おう」
ベッド代わりの台だけど、上に板を引けばお茶くらいは乗せられる。
高さがないから、みんな地べたに座ることになるけど、それくらいはいいよね。
「軍曹、お茶にしようか?」
ドアを開けて声をかけると、アシダカ軍曹の後からアルとフィーフィーがやって来る。
台の上に茶碗や皿を乗せれば、お茶の準備は完了だ。
フォリがヤカンとポットを持ってくる。
「お待たせ」
「じゃあ、食べよう」
幾つかの皿に並べた焼き菓子を、アシダカ軍曹たちの前におく。
みんなでのんびりとお茶していると、家に帰って来たんだなあって、実感する。
「こっちは平和でいいよねぇ」
「町でなんかあったのか?」
「そーなんだよ。聞いて!」
面倒くさいこと一杯あったんだよ。
私は町でのことを話し始めた。
これからも、きっとこんな生活を続けていくんだろうね。
のんびりって、いいなあ。




