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2-7 人口密度過多

モフモフばかり増えた。


 ラルガはまだ転がった状態で唸っている。


 三人はそんなラルガを心配そうに取り囲んで見下ろしている。


「グンソウに運ばれたんだ…」


 一番同情しているのはラトリだ。


 ジェットコースターの記憶はあるらしい。


「あれ、マジ怖ぇもんな」

「そうなの?」

「へー」


 気絶していたフォリと、私が運んだセトはピンとこないらしく、首を傾げている。


「結構、クるよね」

「動けないから、なおさらな」

「……いい加減、ほどけ…」

「軍曹、よろしく」


 ラルガを簀巻きにしていた糸は、アシダカ軍曹がしゃきしゃきーんと切った。


 ようやく自由になったラルガはノロノロと体を起こし、その場に胡座をかいた。


「あぁ、ひでぇ目に遇った」

「まあ、これでも飲んでおきなよ」


 私は低級回復薬を差し出す。多少の怪我や疲労はこれで癒えるはず。

 ラルガは一息で回復薬を飲むと、ほっと息をついた。


「ラトリたちが元気なのは本当だったんだな」

「だよ。ついさっきまで、一番元気ないのラルガだったもん」

「あんたが、助けてくれたんだな。ありがとう、礼を言う」


 ラルガは座った状態だったけど、私に向かって頭を下げた。

 こういう時にちゃんとお礼が言えるのって大切だよね。

 それができるラルガ、偉い。


「セトを助けたのは私だけど、ラトリとフォリを助けたのは軍曹だよ」

「そうか…ありがとう」


 ラルガはアシダカ軍曹にも頭を下げた。

 アシダカ軍曹は気にするな、とでも言いたげに前足を挙げる。


 ラルガは頭を上げるとラトリたちに向き直った。


「お前たちが無事で良かった」

「ラルガも…で…みんなは…?」


 フォリが不安そうに聞くと、ラルガは一度ぎゅっと口を噤んでから、開いた。


「グーニィは駄目だった。けど、他の奴らはエルウィンダになんとか抜けらた」

「グーニィが…そっか…」

「グーニィ…」

「?」

「…グーニィはラヴィ属の子。セトより一つ上」


 だから、セトが涙ぐんでいるのか。

 幼なじみだもん、悲しいに決まってるよね。


「森を抜けたところの村に預けてきた。エルウィンダは亜人を差別しないし、村は子供が少なかったから快く迎え入れてくれた」


 差別?

 エルウィンダは差別しないと言うことは、この国エルガイアは差別があるってこと?

 うーん、あってもおかしくない気はする。


 私がこの世界にいる経緯を考えてもね。


 それにしても。


「それを見届けてから、森に戻ったの? 無茶したね」


 落ち着いた場所から再び危険な森に戻るなんて、はっきり言って無謀だ。

 しかも、場所は迷いの森。万全の状態でも危ない。

 そんな森を抜けられたのは、運が良かっただけだもの。


 獣人…亜人だからと言って、迷いの森は危険な場所なはずだ。


 でなければ、森を行き来する亜人の姿は、私だって見ているだろうから。


 でも、セト以外の亜人を見たことなんかない。


「迷いの森に連れて行ったのは、俺だからな…ラトリたちだけ放っておく訳にはいかねぇよ」


 正直、グーニィみたいに駄目だとは思った。


 ラルガは視線を伏せ、ぼそぼそと呟いた。


 駄目だと思っても、確かめずにはいられなかったんだろう。

 赤熊から逃げるためとは言え、危険な森に連れ出した責任上。


 自分の身を危険に晒しても。

 難儀な性格だね。でも、そういうの嫌いじゃないよ。


「それで、これからどうするの? ラトリたちはラルガと一緒にそのエルウィンダの村に行く?」


 今なら、アシダカ軍曹に頼んで、割と安全に行けると思うんだよね。


 ウィリアムたちはラトリたちのこと知らないから、このまま出発しても何の問題もない。


 知らないうちに来て、知らないうちにいなくなった。それだけのことだから。


 まあ別に。今じゃなくても、いつでも良いのだけれど。


 と、ラトリは首を横に振った。


「俺たちは、ここに残りたい」

「他の子と一緒に暮らす方がよくない?」

「みんなが無事ならそれでいいよ。私はリムに恩返しがしたい」

「ボクも…」

「恩返しとか、無理に考えなくてもいいんだよ?」


 大したことしてないんだもん、そんなに真面目に考えることないよ。


 けれど、三人は首を横に振る。


「ここにいたら駄目なのか?」


 不安そうにラトリが言う。

 フォリもセトも似たような表情だ。


「良かったら、置いてやってくれないか? できたら俺も…」

「え、ラルガこそ、戻らないとまずいんじゃないの?」

「あいつらは大丈夫だろ。俺は、迷いの森に戻った時点で、当てにはされてねぇよ。戻らなかったらそれまで、だ」


 あぁ、その覚悟で森に入ったんだもんね。


 向こうの子達は、ラルガが戻らない可能性も、十分わかってるんだろう。


 それでも送り出したのは、自分たちだけが助かった負い目だろうか。


「大体、こんな所に独りで住んでて大丈夫なのか?」

「それは、愚問だね。軍曹が相手にできないものは、ここにいる誰も対処できないよ」

「そうじゃなくて。俺が言いたいのは、子供だけで大丈夫かってこと」

「あー」


 そうだった。

 外見的に、ここには十五歳以下しかいない。

 つまり子供しかいない。

 物理的にはアシダカ軍曹が守ってくれるけど、精神的にはってことか。

 ラルガからしたら、そりゃ心配になるだろう。


 大人がいた方が安心っていうのは確かにある。


「まあ…そういうのもあるかあ…」


 ウィリアムたちとだけ付き合っていくなら、私だけでも大丈夫だろうけど、それ以外となると大人がいた方がいい。

 多分、子供では舐められるようなことも、この先にあるだろうから。


「そういうことなら仕方ないね。でも、うち狭いよ?」

「俺は外でも構わない。あの小屋でも」

「あれは軍曹の家だから。軍曹と暮らす?」

「え…」


 ラルガはアシダカ軍曹を見上げる。若干、腰が引けている。


「や…やめておく…」

「そう。ま、どっちでもいいけど。この家は借家だからさ。来年になったら増築しよう」


 さすがに、今の状態で増築はできないよね。


「借家…こんな所に住んでる奴がいるんだな」

「ミーアお婆ちゃん。森の魔女だって」

「森の魔女!」


 みんなが揃って大声をあげた。


「ずっと名前だけ出てきたミーアお婆ちゃんが、森の魔女?」

「あれ、言ってなかった?」

「聞いてないよ」


 ラトリとフォリが睨んでくる。

 そっか。

 名前しか言ってなかったっけ。


「森の魔女は俺たちも話は聞いたことがあるんだ。亜人関係なく、薬を分けてくれるって。俺たちの村からは遠いから、来た奴はいないと思うけど…」

「でも、たまに行商にくるおじさんは、森の魔女の薬を持ってきてくれたよ」

「最近は、そうでもなかったけどな」

「お婆ちゃん、いるの?」


 セトが辺りを見回す。


「そういや見ないな。出掛けてるのか?」

「ミーアお婆ちゃんね。三年前に亡くなったんだって。で、ずっと空き家になってたから、私が借りられることになったんだ」

「そうか…亡くなったのか」


 ラルガは残念そうに視線を落とした。


「じゃあ、あんたが森の魔女の後を継いでるのか?」

「大したことは出来ないけどね。とりあえず、低級回復薬はなんとか作れるようになったから、少しずつ上を目指して行こうかなって」


 中級とか上級とか作れるようになったら、収入源が増えるもんね。

 やっぱり手に職は付けておきたい。


「なら、なおさら俺はここにいる。森の魔女を知ってる奴が不意に来るかも知れないからな。それが亜人だったら、見た目だけでも怖いだろ?」

「見た目怖い亜人って?」


 どんな系統なんだろう。怖い亜人…ピンとこないなあ。


「熊属なんかいきなり来たら、びっくりするかも」

「え、赤熊来るの?」


 それはちょっと嫌かも。


「いや、赤熊じゃなくて月熊とかな」

「月熊?」

「赤熊より一回り小さい。気性もわりとおっとりしてる。胸の辺りに三日月みたいな模様かあるんだよ」


 三日月みたいな模様…月ノ輪熊かあ!


 なにそれ、見たい。


「でも、見分け付かない人間はいきなり山とかで出会うと驚いちゃうのよね」

「そりゃ、仕方ないわ。人間なんて、普通熊には負けるでしょ」


 武器を持ってなかったら、ちょっとした大きさの違いなんか関係ないよね。


「赤熊が迷いの森を大きく回って、ここまで来ることはないだろ」

「そっち側では、暴れてんのね。乱暴者ね。もしかして熊で一番強かったりするの?」


 強いから暴れる。とか、最悪だよね。

 力の使い方を間違えてるってやつ?


「いや…多分、一番強いの雪熊だな」

「雪熊…」

「一年中、雪が降ってるような北の方に住んでるやつら。滅多にこっちには降りて来ないな。だけど、あいつらが一番強いんじゃないかな。ガタイも赤熊と同じくらいだったと思う」

「雪みたいに真っ白なんだって。僕、会ったことない」


 雪みたいに真っ白な…白熊?

 北極熊はかなり強いって聞いたことあるけど、こちらでも同じなのか。


「すげー頑固だって、じいちゃんから聞いたことあるなあ」

「へえ…ちょっと閉鎖的な感じ?」

「かもな。だから、赤熊みたいに他所の里にちょっかいかけたりはしないんだろうけどな」


 他所様に迷惑かけないなら、ちょっとくらい頑固でも構わないよね。


「熊にもいろいろいるんだね…もしかして…白黒な熊はいたりする…?」

「白黒?」


 そう、白黒のパンダさん!

 パンダさんはいるの?


 私の問いにラルガたちは首を傾げた。


「白黒って…縞?」

「縞じゃなくって」

「斑?」

「ブチでもなくって」

「白い長靴みたいな?」


 あぁ、黒猫とかにたまにいるよね。白い靴下履いたみたいなの。


「いや、そういうのでもなくってね」

「じゃあ、なんなの?」

「んーと…耳が黒くて目元も黒くて腕と脚も黒くて?」


 パンダの配色っこうだっけ?


「それ模様か?」


 ラトリはまだ首を傾げている。


 くっ。伝わってなぃ、伝わってない。


 パンダって説明難しい。


「それ本当に熊か?」

「熊だよ」

「あんま、聞いたことないな」

「いないかもってこと? ちょっと残念だね」

「そんなに会ってみたいの?」

「まあ、なんとなく、だけどねー」


 絶対ではない。


 いたらいいな、くらいの気持ち。


 もっと言うなら仔パンダをころころと転がしてみたいだけだよ。


「誰に聞いたら解るか?」


 あっさり諦めた私とは逆に、ラルガは暫く考え込んでいた。




パンダはどう説明したら良いのか。

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