2-6 森のジェットコースター
また、増えた。
着るものも最低限何とかなってひと安心の私たちだ。
ウィリアムたちが来るのは来月だから、一ヶ月は頑張るしかない。
まあ、まめに洗濯すればいいし。
洗剤あるし、乾燥は熱風出せばいいし。
防寒着はどうしたものかと思ったけど、ミーアお婆ちゃんの外套でなんとかなる。
助かった。
しかし、問題は靴だった。
やっぱり、ミーアお婆ちゃんの靴が再利用できたので、セトとフォリはなんとかなった。セトにはちょっと大きいけれど、靴下や詰め物で困らない程度には調整できた。
けど、ラトリは駄目だった。
男の子だもんね。一番足が大きい。
服は少しくらい小さくても何とかなるけど、靴はダメだよね。
足に合わない靴を無理に履いていたら足を痛めちゃうよ。
育ち盛りに足を痛めるのは、絶対に良くないよね。
とりあえず、靴の代わりに足に毛皮でも巻いてもらうしかないか。
家の周囲だけなら、裸足でも大丈夫らしいけど。
ホント、靴は盲点だったなあ。
そんな風に靴をどうしようねー、とか話していたらアシダカ軍曹が来た。
「おはよー。今日は早いねー」
なんて、玄関から出て朝の挨拶をした途端、私はアシダカ軍曹の糸に軽く巻かれて背中に担ぎ上げられた。
「はああ!?」
「え、リムどこに行くの?」
「わかんないー」
戸惑うフォリたちを置き去りにして、アシダカ軍曹は森を駆ける。
後ろからアルが付いてきているようだ。
ひぃちゃんたちは付いてきてるかは解らない。
お留守番しているかもしれない。
アシダカ軍曹の背中の上では何も解らない。
「軍曹、どーしたの?」
声をかけてもアシダカ軍曹は止まらない。
足元をアシダカ軍曹の糸で固定されているから落ちる心配ないけど、森を進むには結構なスピードだ。
絶叫マシン、真っ青。
枝に当たりそうで怖いから、私はアシダカ軍曹の背中にぺったりと伏せている。
この勢いで枝に当たったら、絶対に痛いよね!
顔面行くよね!
一体どこまで行くんだろうと思っていたら、不意に止まった。
森の中だ。
迷いの森だと言うことはわかるけど、ここがどの辺りかはさっぱりだ。
場所が場所だけに、迷いの森の地図はない。
この森を縦横無尽で歩き回ることの出来る人はいないんだろう。
私なら作れる気もするけど、今のところ必要ないか。
森を深部まで歩き回る予定ないんだし。
どうやら目的地らしいんだけど、なんでここなんだろう?
「畜生っ!」
首を傾げていたら、怒鳴り声のようなものが聞こえた。
アシダカ軍曹が声のした方へと移動すると、赤と言うかエンジ色した三頭の蜥蜴に囲まれている狼獣人がいた。
取り囲んでいるのは…レッドリザード? 皮が固いんだって。
しかも獰猛。
ヤバそうだね。
あれ?
あの狼獣人の毛並みは、ラトリと似てる?
確かラトリたちは、赤熊に終われて森に逃げ込んだんだっけ。
先導したのは…ラルガだっけ?
狩りの名手? 確かに弓と短剣を持ってる。狩人的な格好だ。
でも短剣では、レッドリザードへの威嚇にもなっていないような。
うーん、ラルガでいいのかなあ。
アシダカ軍曹はラルガだと思ったから、私をここに連れて来たんだろうか?
「軍曹、ちょっとだけ近寄ってくれる?」
私のお願いに、アシダカ軍曹が数歩を進む。
まだ、誰も私たちに気付かない。
「ねえ、君はラルガで合ってる?」
「はっ? お前なんだ! なんで俺の名前知ってるんだ!」
おお、どうやらラルガらしいよ。
いや、まだまだ決定打に欠ける。
これで決めるの早すぎる。
「だから、何だよ!」
「あ、余所見してると危ないよ」
私に意識が逸れるのは、今は危険だ。
いきなり話しかけた私が言うことじゃないけど。
でも、ラルガかどうかははっきりさせたいじゃない。
「ラルガのことは、ラトリに聞いたよ」
「ラトリっ!? あいつは無事なのか? フォリは? セトは? 二人は無事なのか?」
これは間違いなく本物のラルガだね。
ラトリの名前を出して、真っ先に心配したのはポイント高いし、フォリとセトのことも聞いてきた。
三人を知っているってことだ。
しかも、はぐれたのがこの三人だってわかっている。
オレオレ詐欺みたいに、こちらが出した名前に乗っかってきてるだけなら、要注意だったけどね。
これは、大丈夫でしょう。
「三人は私の家にいるよ。もちろん元気だよ。ってことで、軍曹、やっちゃってください」
アシダカ軍曹は私の言葉に間合いを詰めると、レッドリザードをさくっと一撃で仕留めた。
「嘘だろ…」
ラルガは呆然とアシダカ軍曹を見上げている。
「お前、一体なんだ? なんでフォレストブラックスパイダーと一緒にいるんだ?」
「なんでって、軍曹と友達だからだよ」
「グンソウ? トモダチ?」
ラルガは、『何言ってんだ、こいつ』って顔で、アシダカ軍曹の背にいる私を見上げている。
「本当に友達だよ。でなきゃ、ラルガのこと助けてくれないでしょ?」
友達じゃなかったら、お願いなんて聞いてくれる訳ないじゃん。
「そ、そうか…」
ラルガはこの状況を無理やり飲み込もうとして、目を白黒させている。
「ま、それはいいとして。ラルガはどうするの? ラトリたちは無事なんだから、どこかは知らないけど、帰る?」
聞くとラルガは首を横に振った。
「悪いけど、この目で見ないことには、信用できねぇ」
「だよね」
確かにそうかもね。
見ず知らずの相手の言葉なんか、鵜呑みに出来ないよね。
「じゃあ、うちに来る?」
「そうさせてくれ」
「わかった…ところでさあ」
「なんだ?」
「そのレッドリザードって、食べられるもの?」
よく見れば、皮も素材になりそうな気がする。
ほら、ワニ革のバッグとか、背中一枚まるまる使ったのって、凄く高いじゃない?
私は欲しくないけど、通販番組で見たことあるんだよね。
「ああ、レッドリザードは鶏肉に似てる」
やっぱワニ的に鶏肉っぽのか。いやなんだこの日本語。
ワニが鶏肉みたいって言うのはテレビで見たことある。
とりあえずワニ的イメージだとすると。
「皮は売れる?」
「こいつらは、かなり高く売れるだろうな。破損も少ない」
「了解。軍曹、ちょっと下ろして。レッドリザード、回収したいから」
アシダカ軍曹が固定の糸を切ってくれたので、背中から降りる。
そして、空間収納にレッドリザードをぽいぽいと放り込んだ。
「収納持ちか。どんだけ入るんだよ」
「どれだけだろう? 調べたことないねぇ。じゃあ、行こうか」
レッドリザードを全部放り込んで、アシダカ軍曹に言うとひょいと背中に引っ張り上げられる。
ラルガはどうする? って聞く間もなく、アシダカ軍曹に簀巻きにされ、背中に積み上げられた。
「なにしやがる!」
「暴れられると面倒だから? 口は閉じておいた方がいいよ。舌噛むから」
「はっ? うおおぉぉ!?」
予告もなく、アシダカ軍曹号は発進した。
絶叫マシン再び。
私は二回目だから、ちょっとは慣れたけど、ラルガは文字通り絶叫している。
身動き出来ない状態で、高速で運ばれるのは怖いよね。
そう思うと、ラトリはよく気絶しなかったね。
それだけ、フォリのことが心配だったんだね。
いいお兄ちゃんじゃん。
ラルガはしばらく絶叫していたけど、力尽きたのかぐったりしている。
気絶寸前なのか、全部諦めたのか。
それを確かめる余裕は、私にもない。
ひたすら、アシダカ軍曹にしがみつき、ようやく帰り着いた時には、腕がプルプルしていた。
糸で固定されていても、手放しでヒャッハー! と言う訳にはいかないよね。
ワニとトカゲは近いのか遠いか。
 




