ルームメイト
リリーに目をつけられるルームメイトであった。
ごく普通の町民である両親を説得し、必死に勉強をして、生ける伝説となっている英雄が、学園長になり運営している、憧れのこの学園になんとか入園できました。
相応の努力をしてきましたが、やっぱり運も良かったのではないかと思うのです。
入園してから、他の生徒が四人部屋や二人部屋に割り当てられる中、何かの事情でわたしのルームメイトになる予定だった人が入園できなくなって、そのまま二人部屋を一人で使うことになってから早数ヶ月。
一人で部屋を使う寂しさも多少ありましたが、他人に気を使わず広々と過ごせるのはいいものでした。
「こんなに運が良いと、いつか反動が来そうで怖いですね!」
今思えば、運が良すぎたのです。
そして、わたしの運はおそらくそこで底をついてしまったのでしょうね。
「今日から新しいルームメイトが来るんですねぇ!」
学校の先生から、転入生が私と同じ部屋に割り当てられたと聞いて、部屋を広く使えなくなって少し残念でしたけど、どんな人だろうか、仲良くなれるだろうかとわくわくドキドキしていました。
「やっぱり最初の印象が大事ですよね! どんな感じでいきましょうか……」
しばらくして、部屋のベッドに寝転びながら新たなルームメイトに想いを馳せていると、部屋の扉が開きました。
入ってきたのは、とてもかわいい女の子です。
丸みのある動物のぬいぐるみを両手で抱きしめながら、入ってきたではありませんか。
とてもかわいいです。
かわいい服とか着せて愛でたいです。
「初めまして、わたしは……えっ?」
目の前の子との今後に思いを馳せながらも、挨拶をしようとしたのですが、女の子はおもむろにぬいぐるみを床に降ろし、正座を始めました。
(なんでぬいぐるみが自立してるの!? そして、なんでこの子はぬいぐるみの前で正座してるの!?)
「……ごめんなさい」
(なんでぬいぐるみに謝っているの!?)
もう、ツッコミどころしかありませんでした。
わたしの頭がたくさんのはてなマークで埋め尽くされている間に、女の子が正座から三角座りに座り直して、さもいじけてますって表情をし始めました。
「……となかいなんか知らないんだから」
いじけている表情もかわいいですが、今はそれどころではありません。
既にわたしの頭の中が一杯一杯なのに、状況がわたしを休ませてくれません。
なんと、先ほどまで女の子の前で立っていたぬいぐるみが、両手を広げて女の子に近づいていくではありませんか。
そういえば転入生は魔道具を使う才能を認められて、この学園に転入してきたと聞きました。
もしやこのぬいぐるみが魔道具で、いまだいじけている女の子が操っているのでしょうか。
まるで自我を持っているかのごとく動いているぬいぐるみに、期待する目線をちらちら送りながらも、いじけ続ける女の子。
急にぬいぐるみが、女の子に近づくのをやめて一歩下がりました。
「あっ……うーっ!」
それを見てとても悲しそうな顔をする女の子。
(いや、なんなのこれ! 全くわたしのことに気づいていないように見えるけど、一人芝居をしているの!? 悪いことをして叱られてから慰められるまでの小芝居なの?)
もう自分が何につっこんでいるのかすら分からなくなるほどに驚いていると、ぬいぐるみが優しく女の子を抱きしめ、頭をなでなでし始めました。
「となかい……えへへ……」
女の子は先ほどまでの悲しそうな表情から一変し、目に涙をためながら幸せそうに撫でられているではありませんか。
(かわいい! そして、なんか甘い! 甘ったるいです!! わたしも彼氏にそうやってやさしく慰めてもらいたい! 彼氏いないけど! ……彼氏、いないけど)
さて、無駄に、心にダメージを負った気がしますが、少し頭が冷えました。
どうやら女の子はこちらのことを全く気づいてはいないようなので、おそらくこの一連の流れは女の子の趣味か何かでしょう。
遊びの要素を感じさせない、感情がふんだんに盛り込まれた一人芝居、正直こわいです。
狂気を感じます。
やはり、才能のある人は代わりにどこか頭のネジが飛んでいるんでしょうか。
この女の子がわたしのルームメイト。
これから毎日、一緒に過ごす、ルーム、メイト。
この女の子と関わってはいけない、そんな予感がビンビンです。
極力接触しないようにしなければ。
「……これは、あれですね。関わってはいけないやつですね。分かりました。わたしは、何も見ていません。何も聞いていません……今のわたしは、ただのオブジェ的なあれなんです」
わたしは、ぬいぐるみに甘やかされてうっとりしている女の子に背を向けて、耳を塞ぎました。
わたしは何も見ていない、何も見ていないと、そう呟きながら。
不意に、背後に近寄る気配。
目を離したのが悪かったのでしょうか。
わたしは心の中で必死に祈りました。
(どうか見逃してください! わたしは何も見ていませんし聞いていません! 何も悪いことをした覚えはないけど改心するので神さまどうか助けてください……)
そんなわたしの祈りを無視して肩に触れる女の子の手。
「!?」
小さな女の子とは思えないほどの力で肩を掴まれ、無理やり振り向かされるわたし。
恐る恐る視線を上げると、そこには無表情な女の子。
こわい。
さっきまでぬいぐるみに向けていた様々な表情はどこに置いてきたんですか。
ガタガタ震えるわたしを見て、女の子は低い声でこう言いました。
「……み……た……?」
(ぎゃぁぁぁぁ! やっぱりさっきのやり取りは、見てはいけないものだったんですね!? 秘密を知ったわたしの行く末は、行く末は……死!?)
恐怖が限界を超えて、わたしは意識を手放しました。
「ん……?」
気がつくと、目の前にはぬいぐるみと女の子が向かい合って何かをしていました。
なんだか頭がぼんやりしていますが、なぜ寝ていたんでしたっけ。
寝る前のことを思い出そうとしていると、女の子がこちらを向き、目が合いました。
「!?」
その無表情を見た瞬間、先ほどの流れを思い出し、滝のように流れる冷や汗。
これは、死ぬ。
そう直感したわたしは、なりふり構わず土下座して懇願しました。
「ごめんなさいぃぃ! 何も見ていませんでした! 絶対に誰にも喋らないから許してください! 殺さないでください! 何でもしますから命だけは……!」
泣きながら土下座をするわたしに向かって、女の子は言いました。
「……なんで?」
秘密を知った人間をなぜ見逃す必要があるのか、という意味でしょうか。
(お父さん、お母さん、どうやら娘の人生はここでおしまいのようです。先立つ不孝をお許しください。できれば充実した学園生活を送りたかった。彼氏とかできたらもっとよかった。学園で素敵な出会いとかあればよかったのになぁ……」
うつむき泣き続けるわたしに、目の前の女の子がしている表情を見る余裕は、ありませんでした。
「私はまだ、何もしてないのに……」
リリーはとても複雑な気持ちで、目の前の土下座少女を見ていた。
目が合った瞬間、必死に殺さないでと懇願してきたのだ。
確かに案の一つとして、物理的にいなかったことに、とは言ったが、本気でそんなことをしようとは思っていなかったのだ。
なぜそんなことを聞くのかと尋ねると、更に顔色を悪くしてしまった。
自分は姿が変わってもここまで恐れられる存在なのだろうかと、悲しくなった。
リリーはトナカイを抱きしめ、トナカイの背中に顔をうずめた。
「リリー……あ、そうだ!」
すると、トナカイがおもむろに背中のチャックをごそごそ、しようとしてリリーの頭をごそごそしだした。
「ん……」
「よーしよーし、リリーは悪くないのよー……じゃなくて、そんなに密着してたら背中に手が届かないから、ちょっと離してね」
リリーが密着しているため、背中のチャックに手を入れられないのだ。
「……わかった」
慰めてくれているわけではなかったようだとしょんぼりしながら、トナカイすりすりをやめるリリー。
やっと背中が自由になったトナカイは、背中をごそごそし、お菓子を取り出した。
そしてそっと、目の前で彼氏がどうとかつぶやきながら泣いている、ルームメイトに差し出した。
「はい、となかい特製のお菓子を食べて、元気になるのよー。リリーは、怖くないのよー」
「え……これ、くれるんですか?」
ルームメイトから見ると、トナカイは魔道具だ。
もちろん、魔道具は使用者の意思のとおりに動くのである。
つまり、ルームメイトはリリーがぬいぐるみを使って、お菓子を差し出しているように見えるのだ。
目に涙を溜めながらお菓子を受け取るルームメイト。
「私を、見逃してくれるんですか?」
「うむ……見逃すもなにも、最初から物理的に消す気なんてないのよ!」
うなずくトナカイ。
そして、トナカイに隠れるリリー。
トナカイが小さくて隠れられてはいないが。
「……ありがとうございますっ! ありがとうございます……うわあぁぁん!」
ルームメイトは自身の命の危機が去ったと知り、安堵の涙を流し出した。
「えっ、まさかのお菓子作戦失敗なん!? また泣き出したのよ……」
笑ってお菓子を受け取り、食べ始めると思っていたトナカイは、お菓子で懐柔作戦が失敗したのかと焦った。
「こういうときは、撫でると良いのよ! ちょっといってくるから降ろしてね。というか、いつの間にとなかい捕まえてたん……自然すぎて気づかなかったのよ」
「……うん」
「お菓子はおいしいのよー。泣くのをやめて食べるのよー。よしよーし」
トナカイは、リリーに自身を床に降ろさせてから、ルームメイトに駆け寄り頭を撫でた。
ルームメイトが泣き止むまで、トナカイはルームメイトの頭を撫で続けるのであった。




