進化したトナカイ
山の上のお店で、大物っぽい男に様々なことを教わるトナカイたちであった。
「となかいは、賢くなった!」
「どうしたんだ……急に叫び出して」
「となかいが突拍子も無いのはいつものこと。残念ながら私には聞こえないけど……」
トナカイとリリーが隠れ大物な男の店に来てから数か月が経った。
「リリーは非常に、戦闘に関する筋が良い。もう、そこらの英雄クラスには負けないだろうな」
「師匠には一向に勝てないんだけど……」
「ははっ! おれも老いたがまだまだ若いもんには負けんさ。こう見えても昔はちょっとしたもんだったんだ」
「それ、自分がそこらの英雄クラスでは歯が立たないって言ってるのと同じね」
「ま、そうとも言うな! なんせ、おれだから「あ、となかいがお菓子作ってる! となかいー!」……このやり取りも、もう慣れたな」
リリーは男の持つ膨大な知識を吸収しており、更に戦闘の手ほどきまで受けていた。
元々国一つを滅ぼせるほどの力を持つドラゴンであるリリーが、英雄クラスの戦闘技術を身に着けてしまっていた。
リリーは一体どこに向かっているのだろうか。
さて、リリーが主人公している中、トナカイはというと。
「今日はケーキをつくるのよぉぉ!」
お菓子作りにはまっていた。
「となかいが戦うところを見たことがないけど、となかいは訓練しないの?」
「となかいはお菓子作りに忙しいのよー! あ、戦う練習は夜とか暇だから時々やってるのよ? リリーがしがみついてあんまり抜け出せないけど……」
「と言っても、となかいはあまり戦えそうな感じじゃないもんね。やっぱり私がとなかいを守ってあげないと!」
「いや、となかいも少しは戦う訓練、してるのよ? と言っても聞こえてないんだろうけど」
トナカイも一通りの知識をつけ戦闘訓練を受けていたが、興味の対象がお菓子に固定されてしまったようで、ひたすら菓子作りに力を入れていた。
トナカイは手先の器用さと想像力に長けていたらしく、メキメキとお菓子作りの実力をつけていった。
ちなみにトナカイも戦闘訓練を受けたが、一部の武器に尋常ではない適性があったものの、他の武器はからっきしだった。
「的に向けてナイフ投げたらなぜかとなかいの後頭部にささったのよ。店のじいちゃんが唖然としてたのよ……」
繰り返すが、適性のない武器はからっきしだったのだ。
滞在している数か月の間に一度だけ、店の男の古い友人が数人訪ねてきた。
どこで出会ったんだと突っ込みたくなるほどの、若く美しい女性、歴戦の戦士の風格を持つ壮年の男性、元魔王を名乗る男と、多種多様な友人であった。
「遊びに来たよー!」
「フハハハ!! 勇者よまだ生きてるか?」
「こやつがそう簡単に死ぬわけなかろう」
「よく来たなお前ら。おれは見ての通り元気さ。あと剣士! ……いや今では国王様か? おれはもう勇者じゃねぇって何度言えば分かるんだ!」
「こいつはバカだから言うだけ無駄だって」
「剣士は、無駄な筋肉と腕っ節以外はからっきしであるからな」
「おいおいみんなして俺のことをバカ呼ばわりか! まぁ否定はできんがな!」
「なんだかすごそうな人たちが来たのよ。」
「あの大きい人、師匠のことを勇者って呼んでたね。今更驚かないけど」
店の男は友人を店に招き入れ、倉庫から酒を大量に運んできた。
「フハハハハ! いやー懐かしいな! 昔はよく皆で朝まで飲み交わしたもんだ!」
「剣士は早々に潰れて朝まで飲んでなかったじゃない」
「そうだそうだ! 見た目だけは酒豪なのにな!」
「そういえば状態異常の耐性がないのは剣士だけであったな! 我との戦闘時は魔法で真っ先に間抜けづらして寝ておったな!」
「この人たち酒樽で乾杯してる……」
「みんな体のどこにお酒が入っていってるのか不思議なのよ……」
店の男と友人は夜遅くまで酒を飲み交わし、楽しげに軽口をたたき合っていた。
店の男と友人に共通するのは、皆、戦闘狂ということだった。
「やっぱりたまには体を動かさんとな!」
「こんな山の中で隠居してたら衰えるんじゃないのー?」
「フハハハ! 王の仕事は書類仕事ばかりで性に合わんのでな! たまには暴れんともたんわ!!」
「我とまともに戦って平然としていられるのは、後にも先にもそなたらしかおらぬよ」
「となかいとリリーも混ぜてやろうか?」
「となかいたちはここでゆっくりしてるのよ!」
「遠慮しておきます。あとお酒くさいです」
「付き合い悪いな……まぁリリーはともかく、となかいは下手なもの持たせて戦わせると危ないか」
「となかいは何を使ってもなぜか頭に刺さるのよ! 悲しいのよ!」
「となかいに戦う才能がなくても、私が守るから大丈夫」
「いや、となかいは……まぁいいか! 待たせたなお前ら! 挨拶がわりだ受け取れぇぇい!」
店の男たちは大量の酒を飲み、いい感じに酔ったまま外に出て、いきなり派手に戦い出した。
トナカイとリリーは店の屋根の上で、店の男と友人の過激なスキンシップを眺めた。
「ほらほら! やっぱり鈍っているんじゃないのー?」
「誰に向かって言っているんだ? もうそこには戦士しかおらんぞ!」
「転移はずりー……なっと!」
超高度な魔法であるはずの転移をぽんぽんと使用する。
「そんなに転移したければ我が手伝ってやろうではないか! そこの隕石前まで送ってやろう!」
「まてぇぇぃ! そんな気遣いいらーー」
「うわ……魔法を剣で斬るとか、引くわー」
「あいつも充分人間離れしてるよな。バカだけど」
隕石を大量に降らせる、その隕石を剣で細切れに刻む。
「そなたらもそんな上空では寒かろう。我が暖めてやろう! 死ねぇぇぇぃ最大出力だ!」
「うわバカ殺す気か! 暖める気ならせめて闇じゃなくて炎の魔法にしやがれ!」
「そのツッコミはどうなの? あと元魔王らしい物騒な発言ね」
街一つを軽く消し去りそうな威力のビームを放つ、そしてそのビームをさも当然かのように無効化する。
「笑顔で物騒な魔法を使いながら戦う人たちです。さすがのとなかいもドン引きです」
「師匠がこんな山の上に住む理由がわかった気がする……」
店の男たちの戦いは、まるで勇者たちと魔王との最終決戦であった。
自分以外全員が敵と言わんばかりの戦い方だが。
「世の中にはいろんな魔法があるのねぇ。すごいのねぇ」
「世の中には色んな魔法があるのね。すごいね」
その光景は、並の者なら見ただけで絶倒ものだが、トナカイとリリーも割とおかしい部類なので、興味深そうに眺めていただけだった。
「いやーいい運動になったな……また遊びに来いよ」
「あなたと違って私は忙しいのよ! ……まぁ、また時間ができたら遊びに来るわ」
「俺も同じくなかなか暇ができんわ! とは言っても、大臣達が持ってきた書類を見て判を押すだけだがな! フハハハ!」
「我も元部下と新たな地を繁栄させるべく忙しいのだ! むしろそなたが我を手伝え!」
「さーて、店の仕込みをしねぇと! またな!」
「客なんて見たことがないのよ」
「お客さんなんて来ないじゃない」
「うるせぇお前ら! もう遅いから早く寝やがれ!」
「じゃ、元気でね!」
「おい待てこら! 何さりげなくとなかいたちを持って帰ろうとしてやがる! 置いてけ!」
「……ハッ!? いつのまにか小脇に抱えられているのよ!?」
「いつのまに捕まっていたの!? 気付かなかった……」
「いやよ! こんなかわいい子たちは私の学園にお持ち帰りよ!」
一通り暴れて気が済んだ男の友人達は、忙しい身らしく、そそくさと帰っていった。
自由なのはどうやら店の男だけのようである。
それからまた、しばらく経ったある日。
「となかい、ちょっと用事だ。こっちに来い!」
「いま創作のお菓子作りに忙しいから無理なのよ!」
「知るか! んなもん後だ後! 早く来やがれ!」
「しょうがないのよ。いま行くのよ!」
「いや、お菓子が入った容器抱えて、食いながら来るなよ……」
いつものようにトナカイが自分で作ったお菓子の出来を確かめていると、店の男に呼ばれた。
「おまえに取って来てほしいものがあるんだ」
「あーとなかい、用事が立て込んでるから無理なのよ! むしろ転移が使えるじいちゃんが自分で行った方が絶対早いのよ!」
「ほう。一応聞いといてやる。用事とは何だ?」
「もちろんお菓子作りなの「やかましい! んなことだろうと思ったよ! あるダンジョンに咲く花を持って帰って来い! これは教えたことをちゃんと実践できるかの試験でもあるから、サボるなよ!」……わかったのよ。試験ならしょうがないのよ」
トナカイが店の男に用事と言う名の試験を言い渡されていると、話を聞いていたリリーが話に混ざってきた。
「話は聞かせてもらった……私ととなかいにかかればダンジョンのお使いなんて「リリー、お前にも別のダンジョンで花を取ってきてもらうぞ?」!? なんでとなかいと別々なの!?」
トナカイと引き離されると聞き、戦慄するリリー。
「となかいが一人で行くことが試験なんだよ。正直あいつが一番教えたことを活用できるのか怪しいからな。それに、おまえもとなかいにくっついてばかりじゃだめだ」
「……わかった。ちゃんとお花を取って来たら、何か報酬が欲しい」
「ほう。どこぞの菓子バカとは違ってしっかりしているな。良いだろう、それなら……ちょっと耳を貸せ。――が報酬ってのは、どうだ? 「ぜひやらせていただきます!」お、おう。おまえはとなかいに依存しているところがあるからな。平常心を心がけてな」
「……わかった。やってみる」
「リリーもおなじようなおつかいを頼まれたのね。お互い頑張るのよ!」
リリーはトナカイと一緒にいられないことを悲しんでいたが、依頼を達成したときにもらえる報酬を聞いて、やる気を出したようだ。
どんな報酬なのかは、トナカイに背を向けて小声で話していたので、トナカイには分からなかった。
こうしてトナカイたちは、初めてのおつかいをこなすべく準備を始めるのであった。