外伝_リリーの決意
これは、トナカイたちが山の上の店で様々なことを勉強していた頃のお話。
「今日は大収穫だったな。いい酒が仕入れられた」
ある良く晴れた日の昼頃、店の男が買い出しから帰ってくると、店の外にドラゴン娘リリーの姿があった。
「お? リリーか。今日はとなかいを追い回さなくていいのか?」
「おかえり。別に私は毎日となかいを追い回しているわけじゃない」
店の男の言葉を聞いて、リリーは口を尖らせながら反論した。
「そうか。じゃぁ聞くが、昨日となかいと三歩以上離れた時間があったか?」
「そのくらい、普通に……あった、はず?」
「なんで疑問形なんだよ。少なくともおれが見た限りでは、一度もなかったぞ? そのうちの半分くらいは、となかいに抱き着いてたよな?」
店の男からの指摘を否定しきれないリリーであった。
「……とな分の補給はとても大事。やむを得ないことだった……」
「何だよその、とな分って……」
リリーは毎日トナカイと共に起き、トナカイと共に一日を過ごし、トナカイと共に寝ていたのだ。
ちなみに、トナカイは精霊で寝るという概念がないので、夜通しリリーにしがみつかれて動けない状態に陥っていた。
トナカイは基本的に自由で、店の男がものを教えているとき以外は調理場でお菓子を作っていたり、店の外で適当なものを作って遊んでいた。
リリーはそんなトナカイを追い回し、隙あらばもふもふして恍惚の表情を浮かべていた。
「まぁいい。そんなところで一人突っ立ってたってことは、おれを待っていたんだろ? 何だ?」
「この前言っていた、意中の彼を落とす方法について、詳しく教えてほしい」
店の男は、非常に幅広い知識を持っていた。
この世界の常識から戦闘に関する知識、果ては魔王の倒し方と、どこで知ったのかと突っ込みたくなるようなことまで知っていた。
トナカイとリリーは、そんな物知りな店の男から、住み込みで様々なことを教えてもらっているのだ。
「ほう、そんなことを知りたいとは……となかいを落としたいのか?」
「と、となかいは別に関係ない。今後何かの役に立つ可能性があるから、念のために知っておこうと……」
店の男がニヤニヤしながら問いかけると、リリーは目を泳がせながら言い訳じみた言葉を返した。
「そうか……そうだな。リリーも一端のレディとして、覚えておいて損はないだろうな」
「うん。レディのたしなみとして、覚えておくべき」
以前リリーをからかいすぎて店を半壊させられた店の男は、適当なところでからかうのをやめ、要望通り意中の彼の落とし方についてレクチャーすることにした。
「さて、意中の彼を落とすといっても、様々なケースが存在する。何事もそうだが、まず大事なのは、情報収集だ。相手を知り、己を知れば、百戦危うからずというからな!」
「なるほど……まずは相手を知る事が大事。記憶に深く刻み込んだ」
真剣な表情で話を聞くリリーに、真面目な顔をしながら指示を出した。
「よし、それでは実技だ! リリー、となかいの情報収集をしてこい!」
「!? べ、べつにとなかいをどうにか私は思っていないのです!」
「口調が大変なことになっているぞ……別におまえがとなかいをどうとか言っているわけではないんだ。ぶっつけ本番でうまくいくとは限らんだろう? まずはとなかいで練習しろと言っているんだ」
明らかに動揺しているリリーに、涼しい顔をしながら言葉をつづける店の男。
「なるほど……確かに、練習は大事。そう、練習だから仕方ない」
「わかったなら早く行ってこい。とりあえず好きなことは何なのか調べてみろ」
店の男に言われ、リリーはとなかいのもとへ向かっていった。
「あれ、本気でバレてないって思っているんだろうな。まぁ、となかいも大概だから何とも言えんが……さて、そろそろ飯でも作るか」
店の男は誰もいない店内で一人つぶやき、昼ご飯の調理に取り掛かるのであった。
「今日は何をして遊ぼうかなぁ」
トナカイは大きな岩の上に座り、のほほんとしていた。
そんなトナカイの背後に一人の少女が突っ込んでいった。
「となかいー!」
「もふっ!? ……リリーは今日も元気ねぇ」
トナカイは背中から突撃され、前のめりに倒れ込んだ。
「……はっ!? つい、いつもの癖でくっついてしまった……不覚」
「リリーは本当にもふもふが好きねぇ」
リリーは不覚とつぶやきながらも、しっかりトナカイを抱きしめもふもふを堪能していた。
「……じゃ、店に戻るね」
「ん? 今日はもふもふ時間が短いのねぇ。となかいはしばらく遊んでから戻るのよー」
リリーは、トナカイに別れを告げ、店に戻った振りをしてトナカイを遠くから観察し始めた。
「私には、となかいの言葉が残念ながら聞こえない。となかいの行動を見て調べよう」
リリーが遠くから監視していることに気付かず、トナカイはのほほんと何をして遊ぶか考えていた。
「今日は……そうだ! 創作料理を作るのよ!」
トナカイは急に立ち上がり、店に向かって走っていった。
「!? となかいが店に向かって走り出した! 何をするんだろう?」
リリーは極力音と気配を消しながら、トナカイの後ろを付いて行った。
無駄に店の男から受けている戦闘訓練の成果がでているリリーであった。
「じいちゃーん! 厨房を借りるのよ!」
「今調理中だ! 後にしろ後に!」
昼ごはんを作っている店の男は、トナカイのお願いをばっさり切り捨てた。
「じゃぁ、となかい後ろで料理するところを見てるのよー。見て技を盗むのよ!」
「ははっ、面白いやつだ。おれの技術を盗めるものなら、盗んでみろ!」
店の男はすさまじい包丁さばきで人参や大根を飾り切りしていく。
「食材が繊細なオブジェに変わっていくのよ! となかいも挑戦してみるのよ!」
店の男の包丁さばきを見てテンションを上げたトナカイは、背中のチャックに手を入れ、創造の力で包丁を創り出した。
トナカイ印の、いい感じでよく切れる包丁の誕生であった。
ちなみに、この包丁は特別な機能が付与されていない、ただよく切れるだけの普通の包丁である。
普通の包丁と違うところがあるとすれば、柄にトナカイの顔を模した装飾がしてある程度である。
「お前の能力は便利だよなぁ。おれも万能なほうだが、さすがに物を作り出すことはできないな」
「むふー! この力のおかげでとなかいは森から出ることができたのよ!」
トナカイと店の男が楽し気に会話している光景を、窓の外から覗くリリー。
「ぐぬぬ……私もとなかいと楽しくおしゃべりしたい」
リリーは精霊の声を聞く術を持っていないので、店の男を介さなければトナカイと会話できないのだ。
店の男に、精霊の声を聞く術を教わろうとしたことがあるのだが、そのとき店の男に散々トナカイと深い関係になりたいのかと、からかわれたのだ。
リリーは取り乱してうっかり元の姿に戻り、店の半分を吹き飛ばしてしまったため、結局片付けやら何やらで教わりそびれてしまっていた。
ちなみに、そのときトナカイは部屋の中で全長三センチの超ミニトナ人形を何匹積み上げられるかチャレンジしており、最高記録に到達する直前でリリードラゴンのしっぽに吹き飛ばされ、切ない気持ちになっていた。
そんなリリーが窓の外から覗いていることを知っている店の男は、さりげなくトナカイに問いかけた。
「ところでとなかい、今日の昼飯にもう一品加えようと思うんだが、今回は特別にお前が好きなものを加えてやろうじゃないか。何かリクエストはあるか?」
「え、そうなん!? となかいねー、おいしいものはなんでも好きなのよ!」
「あのなとなかい、何が食べたいか聞いて何でもって答えられたら、何を作ればいいのか困るだろ? もっと具体的に言えよ! あと、おれが作るものは何でもうまいからな!」
トナカイの回答に苦言を呈する店の男。
「えーっとねー、んー……何がいいかなぁ。あ、となかいお菓子が大好きなのよ! このまえ食べたおまんじゅうがいいのよ!」
「そうか。となかいは菓子が大好きで、饅頭を食べたいのか。なるほどなー」
店の男はわざとらしく聞いた内容を復唱した。
「……なるほど。となかいはお菓子が大好きで、特にお饅頭を食べたいのね」
トナカイの好きな食べ物情報をゲットしたリリーは、更に何か得られるものはないかと、改めて耳を傾けた。
「そういえばとなかい、お前誰か気になる子はいないのか?」
「!? 何聞いてるの!! でも、気になる!」
店の男はいたずら心で、トナカイに恋愛関係についてド直球な質問を投げた。
「気になる子? となかいが気になるといえば、リリーなのよー」
「ほう……その子のどこが気になるんだ?」
「!? 気になる子って誰!? ぐぬぬ……気になる!」
リリーはもどかしい思いを抱えながら、話の続きを待った。
「リリーはねー、住んでいるところを人間に追い出されて、攻撃され続けて、すごくつらい思いをしたって言ってたのよ。となかいと初めて出会って、色々あってリリーが人間の姿になったとき、もう攻撃されないかもって、めっちゃ泣いていたのよ。となかいがもふもふしてあげたら、泣き止んだけど」
「そうか……そんな過去があったんだな」
店の男は、思わぬところでリリーの過去について知ってしまった。
リリーが初めて店に来たとき、人間である店の男に対して恐怖と憎悪をむき出しにしていた理由がわかった瞬間であった。
「となかいにどんな過去が……直接聞けないのがもどかしい」
リリーは店の男とトナカイの会話がシリアスな展開になっていると知る由もなく、一人モヤモヤするのであった。
「リリーが人間好きじゃないから、人間だらけの世界だって聞いたときちょっと困ったのよ。行く先でリリーが怖い思いをするのは、となかい的にだめなのよ! だから……リリーが安心して楽しく暮らせる場所を見つけるまで、となかいがリリーを笑顔にしてあげるのよ!」
「おまえ……意外と色々考えていたんだな。新しい場所を見つけたら、お前はどうするんだ?」
「そのときになってみないと、わからないのよー。でも、となかいは世界を見て回るために森から出たから、たぶんリリーとお別れしていろんなところを見て回ると思うのよー」
「もしお前と付いて行きたいって言ったら?」
「となかいは、来るものを拒まないのよ! リリーが一緒に行きたいって言ったら、喜んで連れていくのよ!」
店の男の問いかけに答えるトナカイ。
「となかいの気になる人が、となかいと一緒になったら……私はどうすればいいんだろう」
リリーは店の男の話しか聞こえていないため、自分の話をされていることに気付かなかった。
リリーはトナカイと出会い、文字通り自分を変えてくれたトナカイに好意を寄せていた。
しかし、トナカイは精霊でリリーとはそもそも種族が違う。
更に、トナカイはリリーに対して優しく、いつ甘えても受け入れてくれるが、そこから深い仲に発展するようにはとうてい思えなかった。
どちらかというと、親が子供にする接し方だったのだ。
そのため、リリーはこのままトナカイのそばに居られればそれで良いと考えていた。
しかし、今トナカイには気になる子がいるという話であった。
トナカイが気になる子と一緒になってしまえば、もしかしたら自分が邪魔になってしまうのではないだろうか。
そもそも、トナカイが他者と仲良くしている光景を見て普段通り振る舞えるのだろうか。
悩むリリーは窓から離れ、一人に慣れる場所を求めて歩いて行った。
「……」
山のてっぺんで、膝を抱えて座るリリー。
一人遠い空を見ながら、トナカイと自分の関係について考えていた。
(となかいは私の恩人。私はとなかいの近くにいられるだけで、幸せ。となかいがもし、他者と仲良くなったら……幸せになれるよう祈るべき)
リリーは自分にそう言い聞かせ、自分の気持ちを心の奥底にしまうのであった。
「リリー、ごはんなのよ!」
リリーが必死に自分の気持ちをしまい込んでいると、後ろからトナカイが現れた。
トナカイの気配に気づき振り向くリリー。
「……となかい」
「んー? どしたんリリー? なんだかしょんぼりしているのよ?」
トナカイは、心なしか表情の暗いリリーをみて、首を傾げた。
「どうしたの? 私を呼びに来たの?」
「そうなのよ! ごはんの時間だから一緒に店に戻るのよ!」
となかいは身振り手振りで、店に戻るよう伝えた。
「わかった。今行くね」
リリーが店に戻ろうと歩き出したが、トナカイはその場から動かなかった。
「なんだかリリー、無理をしているように見えるのよ? 辛いときはとなかいをもふもふして、いいのよ?」
トナカイはその場で両腕を広げ、リリーをもふもふに誘った。
「! ……何でもないの。大丈夫だから、早く店にもどろ?」
リリーはトナカイのもふもふに飛び込まず、大丈夫と言いながら笑顔を見せた。
そんなリリーに歩み寄るトナカイ。
「リリーは嘘が下手なのよー? はい、もふもふー」
リリーをなかば強引にもふもふするトナカイ。
「何が辛いのか、言いたくないなら言わなくてもいいのよ。でも、あんまり無理しちゃだめなのよ?」
トナカイは、リリーをもふもふしながらそう伝えた。
残念ながらリリーには届いていないが。
「となかいは、いつも優しいね。……もう少しだけ、甘えていても、いい?」
「リリーが好きなだけ甘えていいのよ? よしよし」
リリーの問いかけに頭をなでながら答えるトナカイであった。
(となかいが気になる子と一緒になるその日まで、もう少しだけとなかいに甘えさせてほしい……)
リリーはトナカイに撫でられながら、そう心の中でつぶやくのであった。
それから一時間後。
「……あいつら、いつになったら帰って来るんだ」
店の男は一人、椅子に腰かけ冷めている昼ご飯を眺めながら、ため息をつくのであった。




