食べ物を求めて
ドラゴン娘のリリーが、仲間になった!
「山があったらー! 降りるのよー!」
トナカイは絶賛下山中である。
巨大なドラゴンだったリリーに、雲を突き抜けるほどの高さの山にお持ち帰りされていたため、食べ物を求めて麓に向かい歩いているのだ。
「私が飛んだ方が早いと思うけど……本当にいいの?」
「うむ! この山を歩いて降りた方が、なにか楽しいことがある気がするのよ!」
今は五歳児の姿になっているリリーだが、もとは巨大なドラゴンなのだ。
そのリリーからドラゴン化して麓までトナカイを運ぶ提案をされたが、トナカイは首を振り、それを断った。
「もしかして、私のことを気遣って……!」
「もふっ!? リリーはもふもふが好きねぇ」
トナカイが、巨大なドラゴンの体にコンプレックスを持つ自分のことを案じてくれていると思ったリリーは、感極まってトナカイに抱きついてもふもふした。
残念ながらトナカイは、歩いた方が楽しいことがありそうな気がしただけなのだ。
提案するリリーが少し無理をしているように見えたので、嫌なことをさせたくなかったというのもあるのかもしれないが……本当のところどうなのかは、その場の気分と直感で生きるトナカイには、わからないのだ。
「「……」」
黙々と下山するトナカイとリリー。
繰り返すが、リリーは幼い容姿でも、中身はドラゴンである。
多少の能力低下はあるものの、それでも並の人間とは比べ物にならないほどの力と体力を持っている。
割と険しい道なのだが、リリーにとってはなだらかな道を散歩する程度の負担なのだ。
トナカイも精霊なので疲れとは無縁だった。
そんな二人なので、下山のペースはとても早かった。
「ん? なんだか甘い匂いがするのよ?」
「なんだか甘い匂いがするね?」
しばらく歩いていると、何やら甘い香りが漂ってきた。
「この匂いはどこからするのっかなーっと!」
「えっ……この匂いを辿るの?」
こんな人気のない山の上で甘い匂いがするなんて普通は何かおかしいと疑うところだが、いろんな意味で普通じゃないトナカイは疑うということを知らないので、甘い匂いを辿ってみた。
ちなみにリリーは何かあるのではないかと疑ってはいたが、トナカイが自信ありげに進むので、きっと問題ないのだろうと特に何も言わず付いていった。
甘い匂いはどんどんはっきりしてくる。
匂いの元に近づいているようだ。
どんどん進むトナカイに、付いていくリリー。
「ここは? 誰かのおうちかな?」
「……」
そうしてたどり着いたのは、一軒の店。
まだまだ標高の高い山の上は、岩だらけで殺風景だ。
そんな中、不自然に佇む一軒の店。
あやしいにも程があった。
だが、重ねて言うが、トナカイ、である。
「なにか面白いものはあるかなー? あのおうちに突撃するのよ!」
面白そうなものが目の前にあるなら、進むしかないのである。
「何者も恐れない堂々とした振る舞い……ステキ……」
そして、トナカイよりはまともな判断ができると思われるリリーは、自信に満ち溢れているように見えるトナカイに、目を輝かせながら付いていった。
残念なドラゴンであった。
「あんまり面白そうなものは、ないのねぇ」
「……」
トナカイたちは店の中に入り周囲を見渡した。
特に装飾のない壁、普通の木製机に椅子、ピカピカに磨かれた石の床、奥には座敷もあるらしい。
カウンターには精密に作られた人型の人形、厨房に通じていると思われる、のれんで区切られた通路と、のれんの隙間からこちらを見る年配男性の顔。
特に特徴のない、普通の店だった。
甘い匂いはどうやらのれんの奥からしているらしい。
「たぶんここは、お菓子のお店なのね! お菓子はおいしいけど、残念ながらとなかいはおだいってやつを持ってないのよ!」
「……」
トナカイは、このお店がお菓子を売っている店だと悟った。
残念ながら、トナカイたちは金を持っていないので、お菓子を買うことができない。
しょんぼりしたトナカイは、とぼとぼとお店を出て行こうとした。
「ちょいと待ちな」
「!?」
不意にトナカイを呼び止める声がした。
振り返ると、そこには年配の男性が立っていた。
「おまえは、精霊か? なぜこんなところをほっつき歩いている? ここらに精霊はいなかったと思うが……なにか大きな力を感じるな。一体何者なんだ?」
「よく分かったのねぇ。となかいは森の精霊なのよー」
「ほう。この岩しかない山の上に、なぜ森の精霊がいるんだ?」
「「!?」」
「となかいの言葉がわかるん!?」
「おう、わかるぞ。精霊と会話をするための術を、昔習得してな」
店の男は精霊と会話することのできる特殊な人間だった。
「すごいのねぇ。よく見てみるとなんだか魔力が普通の人と全然違うのよ」
「昔、色々あってな。まぁ隠居して長いからかなり衰えたが、まだまだ若いもんにゃ負けんよ」
「彼は精霊、だったんだ……」
どうやら、店の男はトナカイが精霊であることを見抜いているらしく、なぜこんなところに精霊がいるのかと不思議がっていた。
無理もない、普通精霊は場所に縛られるものなのだ。
「となかいは、森に住んでたけど、空から力が降ってきて、外に出られるようになったのよ! そんで歩き回っていたら、ここにたどり着いたのよ!」
トナカイは、ここまできた経緯を適当に説明した。
雑である。
「お、おう。精霊は本当に説明が雑いやつが多いな。名前は、となかいか。どうみても丸々とした栗饅頭なんだが……まあいい。となかいの後ろに隠れている君は、何か事情持ちのようだな。危害を加える気はないから、そう殺気立たんでくれ」
「……」
店の男はトナカイの説明を聞いて、聞くだけ無駄だと判断した。
トナカイよりまともそうな、トナカイの後ろに体半分隠している幼女に話を振ったが、返事はなかった。
人間の体になり、人間から狙われなくなりそうだと喜んでいたリリーだが、かつて人間から受けた仕打ちが無かったことになるわけではない。
人間と気軽に会話できるような状態ではないのだ。
「……ふむ。二人とも、とりあえずこっちに来い。まさか、店に来て何も食わずに帰る気じゃ、ないよな?」
「となかいはおだいがないのよ!」
「おだい? あぁ金か。精霊にんなもん期待してねえよ。いいからこっちに来て座ってな」
警戒しているリリーを見て何かを悟った店の男は、とりあえず二人を座敷に案内し、厨房へと消えていった。