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困惑のドラゴン

 ドラゴンとの、空の散歩としゃれこんだトナカイであった

 ドラゴンは少し前まで、生まれ育った山の地下奥深くに引きこもっていた。

 ところが、近隣の国の人間が豊富な資源を求めて山を掘り進み、ついにドラゴンの住居を掘り当ててしまったのだ。

(せっかくのんびりしていたのに……ほっといてくれないかな)

 ドラゴン的にはこちらに構わず勝手にやってくれという感じなのだが、人間はドラゴンが恐ろしく凶悪な存在だと認識していたため、ドラゴンの存在を確認するや否や、攻撃を仕掛けてきた。

 目があったから殺しますなんて、どこの魔王かとドラゴンは心の中でつっこんだ。

 世の中には人を見ると襲いかかるドラゴンもいるだろうが、大抵が高価なドラゴン素材を狙う人間に傷つけられたり、住居を追われ続けてキレたドラゴンなのだ。

 とはいえ世界は弱肉強食。

 自分の居場所は自分で勝ち取らないといけないのだ。

 人間にドラゴンの言葉なんて通じないので、話し合いなどという選択肢はない。

 襲いかかってくる人間がいるからには戦わなければならない。

 負けたらバラバラにされて加工品になってしまうのだ。

 居場所をかけた戦いは長く続いた。

(一体どこからこんなに沸いてくるの! 終わりゃしない!)

 人間はいくらでも沸いてきた。

 いくらドラゴンの力が強大とはいえ、傷はつくし疲れもする。

(静かに暮らしていただけなのに、何で私がこんな目に……)

 いい加減嫌になったドラゴンは、慣れ親しんだ住居を引き払うことにした。

 思い入れのある住処を手放すのは悲しかったが、命には代えられない。

 安寧の地を求めて旅立ったドラゴンだが、災難は続いた。

(もぉぉぉ! どこに行っても! 何をしても! しなくても! 人間が襲ってくる! もぉぉおお!!)

 その巨体のせいで、どこにいても、なにをしても目立つのだ。

 国の近くを飛べば恐ろしい形相の人間たちに矢や魔法を投げつけられ、山に降りれば隊列を組んだ近隣国の人間に襲われる。

(人間……私を殺しにくる。やられる前に、やらないと……)

 人間からの執拗な攻撃に、ドラゴンの心は荒んでいった。

 そんな荒んだドラゴンが森の上を飛んでいると、眼下にいる一人の人間と目が合った。

 人間は目が合ったら殺しにかかってくるのだ。

 なのでやられる前にやらないといけないのだ。

(人間! 殺す!!)

 荒みきったドラゴンは、目の前の人間が既に戦意を喪失していることなど分からなかった。

(殺す!!)

 大きく息を吸い込み、吐き出そうとしたその瞬間。

(くらえ……ガァッ!?)

 不意に頬を何かに叩かれた。

 以前人間が撃ってきた大きな鉄の塊かと思うほどの衝撃だった。

 謎の衝撃のおかげでブレスを変な方向に撃ってしまったが、ドラゴンはそれどころではなかった。

(何!? 別の人間!? どこ!! また私を殺そうと……)

 辺りを見渡すが、それを放ったらしいものは見当たらない。

(くっ……見つからない。とりあえず離れないと。後で必ず見つけ出して殺す!)

 ドラゴンは警戒し、急いでその場から離れた。

(あんなに強い衝撃だったのに怪我をしていない……なぜ?)

 先ほどの場所から十分に離れたのち、怪我の具合を確認したが、なぜか衝撃を受けた頰には傷一つなかった。

 夜になり自分の巨体が目立たなくなると、お腹の空いたドラゴンは狩に出かけた。

(もう何日も、何も食べてない。おなかすいた……)

 巨体に見合わず少食なのだが、少しも食べなければ腹は減るのだ。

(今日こそは何か食べたい……)

 夜は寝ている生き物が多いので、ある程度までは近寄れるが、なんせ体が大きいの音や気配ですぐに気づかれて逃げてしまう。

 狩に時間をかけると人間に見つかるため、あまり深追いもできない。

 狩の成功率は非常に低かったが、今回の獲物は違った。

(ん、あれは?全然逃げない)

 どれだけ近づいても逃げるそぶりを見せないのだ。

 もしや、死んだふりをしているのだろうか?

 ただ、眼前にいる獲物は首を左右に振っている。

 死んでいるから食べてもおいしくないという意思表示だろうか。

(ふふっ……何をしているんだろう?)

 バカな獲物だ。

 ドラゴンの嗅覚をもってすれば、食べてはいけないほど腐っているのかくらい判断できるのだ。

 そもそも少々のものを食べたところで体に支障をきたすことはそうない。

 鮮度のいい死体なら、追いかける手間が省けてとてもよい。

 ましてや、首を振っていては死んだふりにすらなっていない。

(面白いけど、私も生きるためには食べないといけないから!)

 微笑ましかったが、お腹が空いていたのでそのまま食べることにした。

 頭からかぶり付いて、もぐもぐと噛んでみたが、なにかおかしい。

 歯ごたえがあるのだが、いくら噛んでも噛み切れない。

(んん? 何これ噛みきれない……ここに長く留まるのは危険かな)

 あまり同じ場所に長居をしていては、また人間に見つかって面倒なことになるかもしれないので、行儀は悪いが噛みながらその場を後にした。

(ん、もぐ……!?)

 しばらく噛みながら飛んでいると、急に口の中に引っかかるものが生じた。

 これでは口をしめることができない。

(何なの一体……ええい焦げたものは美味しくないんだけど!!)

 久しぶりの獲物なので、あまり焦がしたくなかったが仕方ない。

 息を吸い込みブレスを放つと、つっかえていたものが取れたようだ。

(やっと口が閉まった……!? 逃げようとしていた? まだ生きてるの!?)

 安堵して口をしめると、なんと獲物が逃げようとしたのか、口先まで移動しているではないか。

 あれだけ噛み締めてまだ生きているとは、どれだけしぶといのかと、ドラゴンは呆れた。

(危なかった。久しぶりの獲物、逃すもんですか!)

 すんでのところで噛み直し、落ち着いて食事をできるところを探して飛び回るのであった。

(どこかいい場所はないかな……)

 その巨体ゆえに、適当なところに降りると人間に見つかってしまう。

 それに、どうも今回捕まえた獲物は、一筋縄ではいかないようだ。

 噛んでも死なず、ブレスを当てても死なない。

 とても頑丈なのだ。

 このままでは食べることができなさそうだ。

 かといって、せっかく捕まえたのに捨てるのはなんだかもったいない。

(あぁ、夜が明けてしまう。はやく降りる場所を見つけないとまた人間に襲われる……)

 身を隠せる場所を探しながら飛んでいるうちに、夜が明けてしまった。

(! あの山ならとても高いから、簡単に人間がこれなさそうね)

 ドラゴンはすぐに人間が来れそうにない、高い山を見つけて降り立った。



「終点は山の上なのね」

 空の散歩を楽しんでいたトナカイだが、どうやら空の散歩はここまでらしい。

 雲の上に頭を突き出している高い山に近づいていき、もうすぐ着陸するというところで動きが止まった。

 そして、トナカイは自由になった。

「となかいの華麗な着地! ぐべっ……」

 綺麗に回転しつつ地面に着地するトナカイ。

 残念ながら最初に地面についたのは背中だったが。

「oh……とても、大きいです」

 着地してから最初に目に入ったのは、とても大きなドラゴンだった。

 トナカイのおつむは、現状から一つの答えを導き出した。

「このドラゴンが、となかいに空の旅を提供してくれたのね! とても素晴らしい景色だったのよ!!」

 トナカイは寝転がりながらドラゴンにお礼を言った。

 もちろん、ドラゴンにもトナカイの声は届かなかったが。

 不意に、ドラゴンの爪がトナカイに刺さった。

「ごふぅ!? ……ドラゴンは遊びたい盛りなのねぇ。でもそれ、けっこういい感じでとなかいにささっているのよ?」

 きっと、ドラゴンは遊んで欲しいのだと感じたトナカイは、相手をしてあげることにした。

「さて、遊んであげたいのは山々だけどもー? ドラゴンでかすぎて困るのよ!」

 トナカイはドラゴンにつっつかれながら、ドラゴンと遊ぶ方法を考えた。

「あ、そうだ!いいことを思いついたのよ!」

 トナカイは画期的な道具を考え出した。

「大きいなら、小さくすれば、いいじゃない。さすがとなかい! 今日は一味違うのよ!」

 という訳で、トナカイはチャックから大きな首輪を取り出した。

 前回同様チャックと出すものの大きさが合わないが、そこは創造の力である。

「この首輪をー……ドラゴンにひょいっと!」

 取り出した首輪を、ちょうどトナカイに向かって顔を近づけていたドラゴンにすぽっと通した。

 はまった首輪は、一瞬でサイズ調整され、綺麗に首にくっついた。

 装着者の頭に、使い方の情報が流れる機能を首輪に付けておいたので、きっとすぐに使いこなせるだろうと考えながら、トナカイはドラゴンの様子を観察した。

 首輪をつけてすぐに、ドラゴンはみるみる小さくなっていき、トナカイと同じくらいの背丈になった。

「これで、となかいと一緒に遊べるのよ!」

 ただ、トナカイの道具の作り方が悪かったのか、余計な機能が付いてしまったらしい。

 小さく変身できる首輪というイメージで作った首輪なのだが、創造の力が変な方向に頑張ってしまい、小さくなれる、変身もできる首輪になってしまった。

「あれ? なんか思ってたのと違う……のよ?」

 変身後のドラゴンは、小さな女の子の形をしていたのだ。



 ドラゴンは、まさかの展開に戸惑っていた。

 山の上で獲物を降ろし、爪で引き裂いてしまおうと頑張っていたのだが、この獲物、爪を刺しても踏みつけても死なないのだ。

 躍起になって噛みつきにかかったら、獲物の背中から急に輪っかが出て着て、首にはめられてしまった。

(頭の中にこの首輪の使い方が流れてくる!?)

 その瞬間、頭の中に首輪が小型化と変身ができる道具であること、念じれば変身できる初心者にも優しい設計であるという情報が流れてきた。

 そして、目の前の獲物がどんどん大きくなっていく。

 いや違う、自分が縮んでいるのだ。

(なんで私が小さくなっているの!)

 特に念じてないのにと思ったら、首輪が心の中で思っていたことを叶えました、と直接頭の中に話しかけてきた。

 目の前の獲物と同じくらいの目線になった自分の姿をよく見てみると、鱗で覆われていない見慣れない手足と体がそこにあった。

「この、姿は……人間?」

 ドラゴンは人間の姿に変身していた。

「この姿なら、もう逃げなくても、いいの、かな?」

 人間の姿ならもう逃げ回らなくても良いのではないかと考えた途端、今まで張り詰めていた緊張が解け、座り込んでしまった。



「なんでこんなことに! なんか、泣いてるやん! と、となかいまだ悪いことしてない……よね?」

 トナカイは、焦っていた。

 遊ぶために小さくなってもらったが、なぜか人間の姿になり、座り込んで泣き出すドラゴン。

「ううぅぅ……うわぁぁああん……」

 小さな子供の姿で泣いているドラゴンは、少し前まで一緒に暮らしていたサラの姿を彷彿させた。

 サラが泣いていたとき、サラの母親が駆け寄り、泣き止むまで抱きしめていたのを、トナカイは思い出した。

「泣いてる子は、となかいがもふもふしてあげるのよ」

 トナカイは泣いているドラゴンに近づき、もふもふな体で抱きしめ、頭を撫でてやった。

「……ぐすっ……」

 しばらく抱きしめていると、ドラゴンは泣き止んだ。

「やっと、泣き止んだのよ。もう大丈夫なのよ。」

「!! もっと……!」

 トナカイがドラゴンが泣き止んだのを確認し、抱きしめていた手を離すと、抱きつかれるがままだったドラゴンが、トナカイの体に手を回し抱きついたのだ。

 ドラゴンは住処を追われてから一度も、誰かに優しくされることがなかった。

 出会うもの皆、自分の命を狙う敵だったのだ。

 そんなドラゴンにとって、不意に与えられたトナカイの優しさは、心のどこかで強く追い求めていたものだったのだ。

「もふっ!? ドラゴンは甘えんぼさんなのねぇ。よしよし……好きなだけもふもふしても、いいのよー」

 もしかするとこのドラゴンは、甘えたい盛りなのかもしれないと思ったトナカイは、ドラゴンの好きにさせることにした。

 それからしばらくして気が済んだのか、となかいから離れたドラゴンは、となかいに今までの行為を謝り、感謝の気持ちを伝えた。

「ありがとう」

 ドラゴンは人間の姿だと人間の言葉を話せるようだ。

「私はリリー。お母さんにつけてもらった名前なの。さっきは食べようとしてごめんなさい……何日もなにも食べていなくて、お腹が空いていたの」

「えっ!? となかい、食べられよったん?」

 思っても見なかった言葉に、動揺するトナカイ。

「元々生まれ育った山の奥深くで静かに暮らしていたんだけど、人間がたくさん来て私を山から追い出したの。生まれたところなら魔力が豊富で食べなくても生きていけたけど、そこ以外では何か食べないとお腹が空いて、死んでしまいそうになったの。でも、体が大きいからろくに狩もできなくて……」

「大変だったのねぇ。おなかがすくのは、悲しいことなのよ……」

「それに、どこに行っても人間が襲って来た! 私はなにもしていないのに……ドラゴンは生きていてはいけないの? 私が一体何をしたというの! そりゃ向かって来た人間は殺したよ? でも、やらなければこっちがやられる! 言葉も通じないし、通じたところで変わらないのかもしれないけど……」

「言葉が通じないと、辛いのよねぇ……となかいも、誰にも言葉が通じないのよ。ドラゴンにも伝わらないけどね」

「逃げても逃げても、人間は私を見たら殺しにくる! それならば……私も人間を殺す! 目につく人間を! 殺される前に……!?」

 リリーの言葉を遮るように抱きしめるトナカイ。

「大変だったのねぇ、辛かったのねぇ。辛いことがあったら、となかいをもふもふすればいいのよ? となかいのもふもふで、リリーを癒してあげるのよ?」

トナカイはリリーをもふもふし続けた。

「……ありがとう。今までドラゴンの姿のせいで人間から逃げ続けていたけど、これでもう逃げなくても、ぐすっ……いいかも、しれない」

 トナカイはリリーが落ち着くまで、微笑みながらもふもふし続けた。

 顔はいつものように張り付けたような笑顔のままだが。

「さて、おなかがすいたら、ごはんを食べに行くのよ!」

 リリーはお腹が空いているらしいので、トナカイは近隣の町に行き食べ物を調達しようと考えた。

「あ……でも、ごはんをもらう時って、何か綺麗な、おだいってやつを渡さないとだめみたいなのよ?」

 しかし、幸薄青年レンにご飯を食べさせてもらったとき、レンが店の人に、コインを渡していたことに気づいた。

 恐らくこのまま町に行っても、ご飯を得ることはできないだろうと、トナカイは予測した。

「んーー? どうする! 考えるのよとなかい!」

「あの、私、これから行くあてもなくて……もしよかったら、あなたと一緒にいさせてもらえませんか……?」

 トナカイがどうしようか考えていると、リリーが若干顔を赤らめながら、上目遣いで遠慮がちに言った。

「いいのよ。となかいと一緒に、ごはんを食べに行くのよ!」

 トナカイは特に断る理由もないので、うなづいて了承の意思を示した。

「あなたは何も話さないけど、うなづいてくれているから、いいんだよ……ね? ありがとう!!」

「もふっ!? 急に抱きついたら危ないのよ? リリーは、甘えん坊さんなのねぇ。もふもふー」

 今まで色々やらかしていたので、付いていくことを断られるかもしれないと緊張していたリリーは、自分が受け入れてもらえたと安堵し、とても嬉しそうにとなかいに抱きついた。

 こうして、一人だったトナカイの冒険に、仲間が増えたのである。

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