時速75キロの絶望
モンド・ムッボシは最強である。
かつて、六星文道と呼ばれていた頃はただのしょぼい男だった。
しかし、不慮の事故で死んだあと異世界に転生し最強となった。
そんな、モンドにからんでくる哀れな野盗どもがいた。
「あ゛あ゛! 誰が雑魚だって~!! 」
となりにいる神の使者を名のる少女シュヴ・ディユーがこいつらのことを『雑魚』と言ったのが気に入らなかったらしい。
力量の差は歴然。
初めて使うモンドの力のチュートリアルすら努められないレベルだろう。
ただし、モンドはビビっている。
まだ、自分が最強である自覚がないのだろう。
外は最強、中身はしょぼい
それが、モンド・ムッボシという男だ!
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太陽が一番高く登るとき、山道を走る一台のワイン色の軽四車があった。
その中には、たった一人の青年がいた。
彼の名前は 六星 文道、性別は男、歳は二十歳だ。
文道はスピードメーターを確認する。
「75キロか……。」
文道は高速道路以外で時速60km以上を出したことはない。
これは、文道という青年がルールを守る人だからではなく、たんに事故が怖いと思う臆病者だからだ。
文道には親がいない、物心つくまえに他界してしまったそうだ。
親がいない、ということ以外は山も谷もない人生を送ってきた。
運よく、いじめというものに、かかわらず生きてこれた。
運悪く、友達というものに、かかわらず生きてしまった。
運よく、テストで赤点をとらなかった。
運悪く、テストで平均点をとれなかった。
運よく、運動会でビリにはならなかった。
運悪く、運動会で三位すらなれなかった。
いつも、下の上な人生を送っていた。
努力せずこれならまあ、いいかな。
きっと、これからもこんな感じだよね。
なんてことを考えていた。
しかし、この世界は努力しないものに微笑みを向けることはいない。
それを知ったのは、半年前だった。
文道は会社をやめた。
想像以上に社会というものは厳しかった。
耐えられずにやめてしまった。
親がいない文道を育ててくれた祖父母は何も言わず、老体に鞭打って文道を養うために働いてくれた。
家を追い出されなくてよかった、そう文道は安堵した
でも、それは長くはもたないだろう。
この車の速度と同じ、加速的でも緩やかな、絶望だった。
(まったく、俺の人生はどこまででも下の上だな、でも世界は下を生かす程、優しくはなかった、それだけだ)
文道はいりくんだ山道を時速75kmという意外に高い速度で走りながら、くだらないことを考えていた。
突然
ガン!
大きな音と衝撃が文道を襲った。
「うぐお!! 」
一瞬だが、意識が真っ白になる。
しかしそのあと、意識は加速し、時間がゆっくりになったように感じる。
文道は自分の置かれた状況を知ることとなった。
車が百メートルぐらい下にある地面へ向かって突き進む。
もちろん、コントロールはできない。
運転中に考え事をしちゃ、ダメだな。
人生の瀬戸際なのに、そんなくだらないことを考えながら
六星文道の二十年間の人生は幕を閉じた。