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磨けば磨くほど冴えるもの


『そのまままっすぐ。次の角を左へ。――対象はどこかに向かっているようです』

『泳がせてみよう。そのままナビゲートを頼む』

『はい』


 映像の中の晶樹と稔が会話をしている。何を話しているのか、琴音から通訳してもらいつつ、ウィズは改めてぐるりと周りを見回した。


 中空に無数に浮かぶ映像。この場からはるか離れた二か所をとらえているのは稔の魔法。


(超遠距離空間魔法……。認識外からの魔法か。……条件さえそろえば勝てる、と断言するわけだ)


 魔法というものは通常、魔法を発動させる魔法使い自身を起点とするものである。つまり、自分の右側どれくらいからどこに向かって打つだとか、自分を中心にこれくらいの範囲に結界を展開するだとか、知覚の中心に「自分」を置いて発動させるのだ。そして発動する場所が「自分」から離れれば離れるほど、精度は低くなり、発動は難しくなる。それが普通だ。


 けれど稔の空間掌握能力は桁が違う。魔法使い同士の戦闘の際、戦闘範囲とみなされるのが直径一スタディオン。稔は、優に五万スタディア先の空間に正確に魔法を展開し、数十の映像と音声を同時に拾い、またそのすべてを把握したうえでそれぞれに指示を出している。


 いくら「機械」というものの補助があるとはいえ、空恐ろしくなるほどの能力だった。


 目の前にいれば。――例えばウィズの視覚か感覚が届く範囲に稔がいれば、速さに勝るウィズが勝つだろう。しかし、距離が離れていれば稔の独壇場だ。ウィズはどこから攻撃されているのかさえ分からないまま封殺される。


――自分より強い相手に勝つ方法を知っているかい?


 戦いの様子、もっといえば今の魔法使いたちがそれぞれどんなふうに戦っているのか見てほしい。とウィズに告げた晶樹は歌うように言った。


――「これだけは絶対相手に負けない」。その技能の勝負に持ち込むことだ。僕はね、一瞬に注ぎ込める魔力の最大火力には自信がある。だから君をそのフィールドに誘い出した。


 真正面から戦えば晶樹に勝ちの目はなかった。総合力はどう見たってウィズが上だった。

 だから晶樹は最初から総合的に勝とうなんて考えは捨てていた。

 一瞬。たった一撃さえまともに食らわせられれば、晶樹の破壊力はウィズの防御を貫ける。彼は初めから自分が有利なその部分でしか勝負するつもりがなかったのだ。


――ウィズ。君の力は確かに脅威だよ。君自身が自分の力を恐れるのもわかる。まともにぶつかればたいていの相手は君に屈するだろう。でもね……。


 それはまともにぶつかればの話だ、と苦笑した。


――才能は確かに大きなアドバンテージを与えてくれる。でもね、試行錯誤した努力は、粗削りな才能より上を行くんだよ。

――よくみんなの戦い方を観察してごらん。今から戦うのは全員、アイズで上から何番目、くらいの戦闘のプロたちだ。君が自分の才能に振り回されない工夫のヒントが絶対あるから。

――才能に振り回される?

――ん? うん。僕らには君が自分の才能……潜在能力を制御できずに振り回されているように見えたよ。


 ウィズは戦いの様子を映している映像をゆっくり見回した。単なる魔法の打ち合いであっても、よくよく観察すればそれぞれ魔法の使い方が違う。同じ魔法でも、より自分に使いやすく。そして同じ場面でも、より自分が得意な魔法を。洗練し、選択する。それが晶樹のいう「工夫」。


(確かに、彼らに比べれば俺の魔法は練度が低いだろうな)


 ウィズは初めて「戦闘の工夫」という形で自らを客観視してみた。豊富な魔力量と思うだけで発動する魔法体系、イラクス式。他者を魔力任せに蹂躙するばかりの戦場。それはウィズから工夫の機会を奪っていた。


(工夫、か……)


――すぐにできるわけがない。試行錯誤を繰り返して、自分の才能を飼いならすんだ。それができれば君は君を恐れる必要がなくなるよ、ウィズ。


 このごたごたが終わったら力を貸すから、まずは第一歩。みんなを観察してみるんだ――。乗せられた感もなくはないが、晶樹が諭したことはウィズにはその通りのように思えた。魔法体系が異なっているので難しくはあるが、各地の戦いの様子を見つめる。


 その時、ざわりと周囲が騒いだ。

 驚きらしき声が上がった後、凍り付いたような沈黙が部屋を覆う。不審に思ったウィズは周囲を見回した。皆、同じ方向を見ている。

 その視線を追って、ウィズは怪訝そうに眉をひそめた。

 彼にはそれが何の映像なのかわからなかった。


「なん、て……なんてことを……!」

「正気の沙汰じゃないっ」


 あえぐように言葉がもれる。ウィズは戸惑ったまま、琴音を見た。いつも親しみやすい笑顔を浮かべていた彼女は唇を引き結び、険しい表情をしている。その黒い瞳に浮かんでいるのは嫌悪だろうか、侮蔑だろうか。あるいは――憐憫にも似ていた。


〈……コトネ。いったい何が……?〉


 琴音ははっとしたようにウィズを見た。視線が揺れ、瞼が落ちる。


〈……そっか。ウィズは見たことがないのね〉


 彼は再び映像に視線を戻す。彼の目に映るのは何かを透明な液体につけたものや、そこに複数の管がつながっている様子だった。ウィズの知識の中で最も近いのは、食事をする必要がある魔法使いたちが作る保存食品の瓶詰だった。それが大量に並んでいる。


 琴音は息を吐いた。


〈……あれは、生き物の体の一部よ〉

〈……何?〉

〈動物の体の一部……。それから、人間。……魔法族は死ねばすぐに世界に還るけど、アーバの生き物は死んでも体が……遺体が残るのよ。その遺体を、使ったのでしょう、ね〉


 言葉を選びつつ、琴音はウィズの疑問に答えた。


 ストアと呼ばれる核を除き、魔力という単一の要素からなる純血の魔法族は死ねば体が魔力に分解して世界に還る。彼らは遺体を残さないのだ。それが常識のウィズにとっては、遺体が残り、さらにそれを何かしらの実験に使っているというのはピンとこない状況だった。彼はまだ、この非常な嫌悪と忌避感の意味が分かっていなかった。琴音も説明するつもりがなかった。


「……ディーターの研究は、やっぱり使われていたのね」


 琴音はやるせなくつぶやき、目を閉じた。




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